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百万回死んだネコ 




百万回死んだネコ






一匹のクロネコがいました。
彼は百万回死にました。
そしてそのたびに、生き返ったのです。






クロネコはある時は
一人の男に飼われていました。
その男はたくさんの部下を引き連れていて
とても偉い人でした。


その男はクロネコに
たくさんのお金をくれました。
なぜならクロネコは
とても役に立つネコだったからです。


でも、クロネコは嬉しくありませんでした。
お金は嫌いじゃありません
けれどもそんなもので
自分を全部買った気でいる男が
嫌いだったのです。


その男はとある戦で死にました。
けれどもクロネコは
哀しくなどありませんでした。
そしてこう思いました。


「戦で死ぬなんて
バカのすることだ」


 自分以上の何かの為に
 死ぬということが
 クロネコには理解出来なかったから
 そう思ったのです。


 そしてクロネコは
 その男の戦に巻き込まれて殺されかけました。
 けれどもクロネコは死ねませんでした。
 そして男も戦も
 とても嫌いになりました。







 クロネコはある時は
 ただの野良ネコでした。
 それはそれで
 とても気楽でした。


 もう誰かに飼われることに
 うんざりしていたクロネコは
 これで少しは嫌いになったりイヤになったり
 しなくていいと思っていました。


 けれどもちっとも
 そんな気分にはなれませんでした。
 一人でいても
 回りのヤツラは変わりなく
 クロネコをイヤな気分にさせるからです。


 クロネコはとても強くて
 勝手に回りのヤツラはそんなクロネコに
 すりよってきたり、遠巻きにしたりします。
 そしてそんなヤツラを、クロネコは心底嫌っていました。


 ちっとも変わらない。
 クロネコは心の中で不満に思います。
 何回死んでも
 何回生き返っても
 ちっとも変わらないのが、とても不愉快でした。


 けれどもある日
 クロネコは一匹のサルに出会いました。
 そのサルはお世辞にも強くはありません。
 けれども、クロネコにすりよってきたりはしませんでした。


 小さなやせっぽっちのサルは
 クロネコがとても強いことを知っていました。
 知っていても、守ってほしいなんてそぶりは
 かけらも見せませんでした。


 クロネコはそんなサルが珍しくて
 それと同時になんだか
 苛立たしい気もしました。
 だからある時にサルに向かってこう言いました。


「オレは強いよ」


 それにサルはだまったままで肯いて
 こう答えました。


「知ってる。
 けど、オレには関係ないよ」


 小首をかしげてサルは言い
 真直ぐな瞳で見返してきました。
 それがなんとなくムッとするよな
 それと同じくらいに愉快なような気がしました。


 クロネコは更にサルに向かって
 こう言いました。


「オレは百万回死んだよ」


 サルは大きく目を見張りましたが
 ただほんのちょっとだけ笑って


「けど、オレには関係ないよ」


 と、言います。
 本当にその言葉通りに。


 クロネコはすでにムッとしてはいませんでした。
 ただ、嬉しいような
 なんだかヘンな気分で
 サルを見詰めていました。


 あんまりにも長い間
 クロネコはサルを見詰めていたのでしょう。
 目がとても痛いような気がして
 まばたきをしようとすると
 そっとサルが近づいてきました。


 やわらかい舌が
 クロネコのまぶたを舐めました。
 そこでやっと、クロネコは気が付きました。
 自分が泣いていることを。


 いままで
 どんなによくしてくれた飼い主が死んでも
 クロネコは泣いたことはありませんでした。
 けれども、クロネコはその時
 泣いていたのです。


 やせっぽっちのサルの一言で
 クロネコは泣きました。
 そしてクロネコは気が付きました。
 今まで嫌いだったのは
 誰でもなく、自分自身だということを。


「オレのこと、嫌い?」


 クロネコはそっとサルに尋ねます。
 それにサルはただ
 やさしく涙を舐めとってから
 また笑いました。


「ううん、好きだよ」


 あんまりにも簡単に
 サルがそう言うものですから
 クロネコは思わず笑ってしまいます。
 そしてそのせいで、自分が嫌いなことも
 忘れてしまえました。


 クロネコはそれからずっと
 サルと一緒にいました。
 そして前よりもずっと自分が好きになれました。
 ずっとラクに、満ち足りた気分になれました。


 ずっと、ずっと・・・・・・・・・。










 二匹はずっと一緒にいました。
 春も夏も秋も冬も
 何度も何度も
 一緒に過ごしました。


 クロネコもサルも
 とてもしあわせでした。
 けれども年月は流れるとともに
 サルはだんだんと年をとっていきます。


 やせっぽっちで小さいのは
 かわりませんでしたが
 毛並みにはだんだんとツヤがなくなり
 あんなに身軽だったのも
 いまでは走ることも億劫そうです。


 ある日のことです。
 いつもの森の中でクロネコは
 動くことも辛そうなサルの横に座っていました。
 すっかり細くなったサルの身体を
 腕を回して抱きしめていました。


 もうそろそろ
 お別れの時が近づいてきていることが
 クロネコにもサルにも
 分かっていました。


 クロネコはサルを抱え上げました。
 そうっと、そうっと
 大切そうに抱き上げて
 あの日にサルと出会った場所へと行こうとしました。


「もうすぐだ」


 今にも眠ってしまいそうなサルに
 クロネコは元気づけるように囁きます。
 それにうっすらとサルは目を開くと
 ふるふると首をふります。


「もう、ここでお別れしよう」


 力なく垂れたしっぽが
 よろよろと持ちあがってクロネコの頬を
 やさしく撫でました。
 クロネコはなんだか胸が妙なもので
 一杯になるのを初めて感じました。


 また泣いてしまうかもしれない。
 クロネコは胸にせりあがってくる
 その痛いような、苦しいようなモノに
 満たされながら思います。


 けれども泣けませんでした。
 そしてあの場所まで
 もうほんの少しというところで
 サルはクロネコの手の届かないところへ
 いってしまいました。


 クロネコはもう自分に向かって
 泣いても笑ってもくれなくなった
 サルをじっと見詰めながら
 呟きました。


「時々・・・・。
 約束を守らないのは、オマエの悪い癖だな」


 呟いてからクロネコは
 あの場所に辿りつきます。
 そしてそこにサルを下ろすと
 初めて誰かのために泣きました。


 ちっちゃくて、やせっぽっちのサルを
 腕の中に抱きしめたまま
 クロネコは静かに
 両の目から涙を流します。


 何日も
 何日も
 クロネコはサルを抱きしめたまま
 その場所にいました。


 そしてクロネコは
 サルを抱きしめたまま
 死にました。




 クロネコは
 生き返ることはありませんでした。



 百万回死んだネコは
 生き返りませんでした。


 ずっと、ずっと・・・・・・・・・・・・・・。




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