BONDS~絆~

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Last Love 2

ハート(白)


哲は本当に眠ったのだろうか。静かにノックしてみた。
「はい」
寝起きの声ではなく、普通の声で返ってきた。
「入るよ。あ、そうそう。母さんが自分の部屋は自分で掃除してね、だって。寝てなかったんだね」
「寝るって言わないとお袋、俺の部屋まで掃除しにくると思うからな」
「うん。だからあたしも勉強するって言っちゃった」
「部屋は神聖な場所だから、むやみに他人に出入りして欲しくないよな」
「うん!」
「義理とはいえ、一緒に住んでるから価値観合うな」
「そうだね」
「本題に入るんだけどさっ・・・昨日甲斐に何かされた?」
「何もされてないよ」
「昨日、甲斐きたじゃん。話聞いたら、あいつ途中で仕事入って帰ったんだろ?その前から機嫌悪そうって言ってたからさ」
「あ~うん。仕事で帰ったのは仕方ないよ。でも、妹って・・・」
「妹?妹って何?甲斐が織を妹みたいって言ったのか?」
『妹』という言葉だけで、理解してくれた哲は、義兄を超えた本当の兄のように思えた。
「うん。妹として織と一緒にいるのは落ち着くよって」
「あいつに好きだっていった?」
「いえるわけないじゃん!」
「そうか・・・」
哲は内心ほっとした。部屋が綺麗になっていたり、織の服装も女らしくなったりして、甲斐に告白して、仮にフラれていたとしたらと考えると、哲は身震いがした。
「あたし、もう会わないほうがいいのかも」
「ますます気まずくなるだけじゃないか?」
「でも・・・」
「妹としでても仲良くするんじゃ嫌?」
妹としてなら、甲斐とはずっと一緒にいられるだろうと、哲なりに考えた。
「嫌だよ!先の見えないまま、ずっと恋なんてしていられない!」
「そっか。そこから恋を発展させる気はもうないんだな?」
「・・・うん」
ベッドに横たわり、頬杖をつきながら話をする哲は、織を試すような口ぶりだった。
織は部屋に戻ると、孤独を感じた。もう甲斐に恋心を感じないということは、もう哲の協力も終わりということだ。それは別にいいのだけれど、何だか孤立した気分になった。ベッドに横たわり、溜息をひとつついた。溜息は不思議と孤独を忘れさせてくれた。

「織」
暫くしてから誰かに名前を呼ばれた。
「はい」
いつもの癖で返事をしてしまった。誰にも会いたく無いのなら返事なんてしなければ良かったのに。
「・・・入るよ」
声の主は哲よりも低く、太い声だった。ドアを静かに開けた主は、父だった。
「あれ?父さん、接待じゃなかったの?」
「この天気だから中止になったんだよ」
カーテンを開けると外は強風と豪雨で隣の家の窓を見るのもやっとであった。自己の問題に囚われすぎて、織は外の状況に気付かなかった。
「すごい。ってか、父さんが部屋来るなんて珍しいね。どうしらの?」
「いや、な。最近お前機嫌悪いだろう?それは、お父さんが母さんと再婚したことかなぁと思ってさ・・・」
「違うよ」
笑える。娘の不機嫌の原因が自分の再婚のせいだなんて。実行する前ならまだしも、既に再婚して数年経った今言うなんて・・・人間の気持ちを考えられない人の典型だと、織は思った。
「そうか、ならいいんだ。寝てたのか?邪魔したな」
「別に」
父さんはいつも大事なことを、時事が終わってから言う、ダメな人。
「はぁ」
再婚する前の苛々の元はいつも父であった。そういえば、今はどうして怒っていたんだっけ?・・・全部哲が悪いんだ。そう思い込むことで織の気は少しだけ晴れた。
結局その日は部屋から一歩も出ずに一日を過ごした。
翌日学校に行くことが憂鬱だった。推薦入試で大学も合格した今、学校に行く意味が見出せないからだ。単位も出席日数も足りている今、登校する意味がどこにあるのだろう?週末になると、織は必ず考えていた。

「織、話があるから一緒に行こう」
「えっ?うん」
「あら、仲良しね」
哲は織の気持ちを知っていたかのように話し掛けた。朝食を食べ終え、一緒に家を出た。
「・・・何?」
「んあ?」
「話あるんでしょ?」
「あ~・・・いや、いいや。大したことでないから」
「そう・・・」
このまま哲と歩いていたい、学校に行きたくないという気持ちでいっぱいになった。
「じゃあ、俺こっちだから」
「うん」
「織、辛くても頑張れ。途中でやめることは誰にでも出来る。最後までやったヤツにしかわからないことだってあるんだ」
織は学校のことなのか、恋のことなのかわからなかった。が、とりあえず頷いた。
その日は哲のその言葉のせいか、最後まで授業を受けた。学校は代わり映えのない場所。織の席は一番後ろだから、景色はいつも真っ黒なんだ。たまに、茶色いのもいるけど。誰も織に肌色あるいは白い面を見せない。ただ、授業中には黒いのが不規則的に上下して右手がかしゃかしゃと動いているのを眺めるだけ。織と同じく大学や就職の決まった人も、この時間はアパート探しに忙しそうだ。織は自宅から通うので、部屋探しは不要。つまんない。毎日同じ景色。話す人いない。・・・つまんない。そう思いながら4時間目を終え、帰宅した。(4時間目以降、3年生は学校に残って勉強するか、否かは自由なのだ)校門には哲がいた。

「ちゃんと全部出たんだな、偉い」
「・・・いつからいるの?」
「さっきだよ」
「あたしが帰ってたらどうするつもりだったの?」
「それは、それで家に帰ったらしかろうかなと。なんてな」
「・・・帰る」
織は哲の優しさに涙が出そうだった。
「え~飯食おうぜ。腹減ったよ」
「哲のオゴリ?」
「・・・わかったよ」
織の目は『ご褒美頂戴』という目をしていた。
「やった!」
「けど、学校行くのは当り前なんだからな!行けるヤツは行けるとき行っといたほうがいいんだ」
「大学だって学校じゃん」
「大学は高校じゃないだろ?青春は今だけだ」
「青春?哲が青春なんて言葉吐いた・・・あはは」
「笑うなよ~!お前のために、俺はだな・・・」
そのとき、哲の顔から笑顔が消えた。
「・・・冴」
冴とは、哲の彼女だ。織は自分は今ココにいてはいけない存在だと思った。
「哲、あたし、やっぱり帰・・・」
織はためらいがちに言った。哲とご飯なんて久しぶりだ。もし、ご飯というきっかけがなかったとしても、織は哲と一緒に居たかった。哲といると、織は素直でいられるから。だから、織は帰りたくない気持ちがあった。だけど、今この状況だと織はココにいてはいけない気がしていた。それは、哲に対する申し訳なさなのか、自分が傷つきたくないからなのかは、わからなかった。
「悪い・・・」
織は正直傷ついた。織には無関係な話だから、ココにいないでくれ。とまとめて言われた気がするから。織は常に哲と一緒に居たかった。常に哲といるつもりでいた。
「ごめんなさいね」
彼女は本当に申し訳なさそうに言った。織は複雑な気持ちのまま独りで帰宅した。
「ただいま」
「おかえり。織の好きなケーキがあるわよ」
「ありがとう。後で食べるよ」
「そう・・・」
階段を登り、部屋に閉じこもり、ベッドに横になった。しばらくすると、誰かが階段を登る音がした。哲が帰宅したのだ。
「さっきは、ゴメンな。明日は行こうな」
ドア越しに哲がそう、言った。織は無言で頷いたから、哲には伝わっていないだろう。すぐにドアの閉まる音がした。
「・・・甲斐さんは彼女いないのかな」
ふと言葉が出た。しかし、織はもしそうだったら・・・と考えても辛さはそんなに感じなかった。さっき哲の彼女を見たからかもしれない。もし、この前喫茶店で電話の相手が彼女ではなく彼女だったとしたら・・・と考えてもしまう。あんなに良い人に彼女がいないわけがないと、織は長い間信じて疑ったことはない。
織は甲斐の存在を哲を通して知った。初めて甲斐の姿を見たのは、哲が織の家に来たときに哲の部屋に放置してあった中学校の卒業アルバムを見たときだった。ヒトメボレだった。織は部屋を片付けている哲に気付かれないようにアルバムを見ていたのに、この人格好良い!と言ったことで、ばれた。哲は初め、勝手に拾って見るなよ~と言ったが、その言い方は優しかった。織はその優しい表情や声に引き寄せられ、すぐに哲になついた。哲はそういった後、写真の男は甲斐 嘉人といって、仲良かった、今はこの付近の高校にいると説明した。そのときから、織は生の甲斐を見て見たいと思うようになった。そして、写真を見た数日後、哲が織の部屋にやってきた。その頃の織の部屋は今と比べようのないくらい汚かった。格好も家内では、トレーナー(夏はTシャツ)にジャージだった。哲は人のそういう所は気にしない人間だった。だから、織もすぐに哲になついたのだろう。哲が織の部屋に来たとき織は、鼻をかんでいた。間抜けな表情に哲はつい笑ってしまった。

「あによぉ」
風邪で鼻をつまらせていた織は鼻声でナ行とマ行が上手に話せなかった。織が辛いということはわかっていても、哲はつい笑ってしまう。
「悪い悪い。明日、甲斐が家に来るよ」
それを聞いた織の表情は哲を爆笑の渦に巻き込んだ。口をあんぐりとあけ、鼻に詰めていたティッシュもそのままで、じーっと哲を見上げていた。哲はそんな織を見て、笑いと同時に愛おしさも感じた。
「明日までにその風邪治さなきゃな。鼻にティッシュ入れたまま甲斐に顔合わせられないもんな、アハハ」
哲はからかい、部屋に戻っていった。織はその日必死に風を治そうとした。翌日、その効果が出た。完璧とまではいかないが、ティッシュも鼻に詰めるほどではなく、鼻声も若干解消された。昼頃チャイムが鳴り、織の胸は急にドキドキ鳴った。
「はい。おぉ、久しぶり。入れよ」
哲がそう言ったあと低くて、よく通る声が聞こえた。
「お邪魔します」
愛しい甲斐の声。茶の間にいた織はソファーの上でクッションを抱きながら座り、微動だにしなかった。そんな織を見た哲は、含み笑いをしながら織を甲斐に紹介した。
「甲斐、俺の義理の妹の織。織、織の大好きな甲斐」
そう言われて振り向きたくなかった首が勝手に甲斐のほうを向いた。背は哲より少し高めで茶髪で目が大きくて、でも小顔で織の理想の人だった。織は思わず、わぁ・・・と言ってしまった。
「ほら、な?」
哲が何故、甲斐にそんなことを言ったのか織にはわからなかった。
「うん。よろしくね、織ちゃん」
織は生の甲斐を見られたことで、もう何もいえなかった。
「織、固まってやんの。甲斐、俺の部屋行こうぜ。引っ越したばかりで汚いけど・・・」
「織ちゃんも、来ない?」
階段に片足を乗せて、こちらを向いている哲の表情はとても柔らかかった。織は二人の愛情に包まれながら、ゆっくりと首を縦に動かした。
「よし、じゃ行くぞ」
甲斐が家の中にいる間、織の心臓は爆発寸前だった。織が一息ついたのは、甲斐が帰った数十分後だった。
「織、緊張しすぎー」
甲斐を駅まで送っていった哲が帰宅し、その第一声がそれだった。
「だって・・・」
織の声は震えていた。
「何?まだ緊張解けてないの?」
「だって!」
「はいはい。んじゃあ、緊張を解かしてあげましょう。甲斐が織のこと可愛いって言ってたぞ」
織は更に体がこわばった。
「哲の意地悪!」
「あはは。彼が甲斐でした!初のご対面おめでとうございます。まっかっかの織ちゃん」
ベッドの上でそんなことを思い出していた織は、少し噴出してしまった。そういえばそんなこともあったなぁと。織は甲斐が好きだ。それは、織の右隣にいる哲も知っている。甲斐のことは好きだけど・・・側にいて欲しいのは、哲。織は考えることをやめた。甲斐に彼女がいても、織はそれほどショックを受けないだろうと、自分で自分に言い聞かせた。そうして、織は階段を降りていって、茶の間へ向かった。
「母さん、ケーキ食べる」
織が席につくと、哲も階段を降りてきた。しかし、茶の間には来ないで、そのまま玄関へ行った。
「哲、出かけるの?」
「うん。甲斐のところいくわ」
「そう」
「多分、帰らない。明日真っ直ぐ大学い・・・かないで、やっぱ帰ってくるかな・・・多分」
「変な子ねぇ。終電には間に合うようにね」
「大丈夫だよ」
織は義母と哲の会話が聞こえていた。何故甲斐の家に泊まらないのだろう。そうして欲しいとかではなく、何故途中で考えを変えたのか、織には理解出来なかった。それと同時に、さっき織は甲斐のことを考えていた。口に出して『甲斐に彼女いないのかな』と言った。それを聞かれていたのか、だから甲斐の家に行くのだろうかと変に考えすぎていた。
その日、哲は帰宅した。


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