《 見つけて… ~後編 》




<< 見つけて・・・ ~後編~ >>


工事現場はいつものように、土埃だらけ。
重機のコンクリートを叩くけたたましい音。
男ばかりの仕事場だから飛び交う声も荒々しい。
気がつくと、ケイタイに着信が入っている。


建物の外に出て、着信の番号を確認する。覚えのないケイタイの番号だ。
どこかの業者かな・・・とにかく電話をかけてみる。
「もしもし・・・」
「はい、『クリエイトM』です」
透明な女性の声が耳に飛び込んできた。

今の仕事と平行して、前回携わった新築マンションの半年点検と補修工事をやっている。
そこの床補修を依頼していた業者だった。
明日の手配を確認し、時間を打ち合わせる。

未だに・・・休む暇がなくても仕事は忙しい方がよかった。
どんなに辛いと思っていても毎日同じことを淡々と終わらせると時間は勝手に積み重なっていく。

仕事だけをこなしているうちに、いつのまにか時間が過ぎていた。
俺ひとりにかまうことなく、季節は決められたように移り変わっていく。
あいつがいなくなってから3年という月日が過ぎていても、俺の心はどこかが凍えたように重いままだった。


翌日、改修工事をしている渋谷の現場で『クリエイトM』の作業員を待つ。
時間を10分過ぎても現れない。連絡もない。
段取りを指示した後、また今の杉並の現場に戻らなければならないので今日は少しあせっていた。
外に出てみる。そこで姿が見えなかったら、電話だ。
今日は怒鳴りつけてしまうかも知れない。

『クリエイトM』は、前回も雑な仕事でやり直す無駄を作った。
床一枚、壁紙一枚だって商品だ。でも、どんなに気をつけてもたまに傷がつくことがある。
また床を剥がして張りなおし・・・となるとたいへんな作業になってしまう。
そこで小さい傷は補修をする。材料も進歩したがやはりうまい職人の手にかかると全くわからなくしてしまう。
今回もお粗末な仕事だったら、業者を変えよう。


外に出ると、エントランスの先の植え込みの角でしゃがみこんでいる二つの人影があった。
年配の女性と若い女性。
年配の方は具合が悪そうだ。

若い女性が紙切れを見ながら、携帯電話で住所を言っている。
「どれくらいで着きますか?」

俺が近づくと彼女が話をしながら手招きする。
俺・・・?

「あ・・・ちょっと、お待ち下さいね。」
そういうと、一旦電話を下ろした。
「あの・・・『クリエイトM』の者です。
 西沢建設の監督さんですよね?」
「あ、君が・・・。
 そうだけど、どうしたの?」
俺の作業服姿でわかったらしい。

年配の女性は青ざめた顔をして、肩で息をしていた。
額に汗も浮かんでいる。

「この方、気分が悪くなられて、ここに座り込んでいらしたんです。
 自宅はお近くらしいから、今ご家族に車での迎えをお願いしたんです。
 大きい通りからここまでの道案内をお願いできます?
 私、ここは電車でしか来たことなくて・・・」
彼女は俺の返事を待たずに携帯電話をよこした。

確かに、ここは一番近い交差点から入ってしまうと一方通行が多くてわかりにくい。
ひとつ先の交差点から回った方が簡単に入ることができる。
一年近く通った場所だから、少しはこの辺りもわかっていた。
仕方なく電話を受け取り、説明する。

電話を切ったあと、エントランスに移動させ管理人にいすを借りた。
さっきより少し顔色がよくなっているようだ。

「救急車じゃなくてもよかったの?」
今になって、気になった。
「心臓も少し弱いらしくて迷ったんですけど、行きつけの病院がいいとおっしゃるから・・・。
 息子さんと連絡が取れたから、お砂糖で様子を見てからで大丈夫かなって・・・。」
「砂糖?」
何のことだかわからなかった。

「この方、糖尿病の薬を使っていらっしゃるの。
 今日は朝ごはんが少なかったのと、いつもより動き過ぎたことが重なったみたい。
 病院の言いつけどおり、ちゃんとお砂糖を持ち歩いていたわ。」
少し安心したのか彼女は笑顔になっている。

・・・が、俺にはさっぱりわからなかった。
「砂糖で治るの?」
質問ばかりするのもしゃくだったが、わからないことには話が進まない。

彼女は年配の女性の脈をとりながら、
「血糖値って聞いたことがあるでしょう?
 高すぎるから、それを下げるお薬を飲むんだけど、食事が足りなかったり
 運動量を超えたりするとお薬が効きすぎて、逆に血糖値が急に下がることがあるんです。
 高いのは慌てなくていいけど、低いのは危険なんです。
 こういうときは、糖分を補給するのが一番。
 だから、このお薬を使っている人は砂糖とかジュースとか甘いものを
 いつも持ち歩いていた方がいいんですよ。」
小難しい話だがわかり安い話し方だった。

「どうして君、そんなに詳しいの?
 補修工事に来ただろ?
 看護師なの?」

女性に話かけている様子は確かに看護師さながらだった。
手馴れているし、女性に対して彼女の話しかける言葉は優しかった。
そして、笑顔が爽やかだった。

彼女が俺の質問に答える前に、女性の家族が到着した。
その頃には顔色もだいぶよくなっていた。
何度も礼を言って、女性は家族と共に去っていった。


時間がなかったのを思い出した。
こういう場合、慌てても仕方がないが・・・。
とりあえず彼女を作業する部屋へ案内して作業箇所説明し、俺はそこを後にする。
彼女の正体を聞きそびれたのが気になった。

その日から、補修工事の依頼をするたびに『クリエイトM』は彼女をよこした。
俺は工事に入る業者にとって「口うるさい現場監督」らしい。
彼女を現場によこせば、工事で文句がつかないと思われたようだった。
確かに、彼女はいい仕事をした。

彼女が現場に入るのはほとんど完成した時期で、細かい補修作業だけだが、そんな時期でもやり直し作業や遅れた設備の設置工事でかなりの男たちが作業に来ている。
そんな男ばかりの工事現場でも物怖じしない。

彼女は会う作業員一人ひとりにいちいちあいさつし、笑顔を振りまくので現場を柔らかくしてしまう。
オーナーの検査日が迫って時間に追われているから、この時期はみんなピリピリして仕事をしているはずだった。だが、ここでは誰も大声を出さない。
いかつい顔をした設備屋の親父も顔が緩んでいる。
彼女もこんなところで平気で仕事をするんだから、けっこう肝が据わっているんだろうな。


ある日曜日。
交代でもらった休みだったが、現場の様子が気になった。
今日出勤している後輩に電話をすると、5件の業者が仕事に入っているという返事だった。
その中に『クリエイトM』の名前もあった。
昨日のうちに作業は終わっているはずだ。
聞くと、昨日の夜オーナーから所長に電話があったらしい。

他の業者が工事中にまた床を傷つけたようだ。
「それで所長が急遽、呼んだみたいですよ。
 さっき連絡が取れて、ここに来るのは3時ごろになるって言っていましたが・・・
 僕、今日は残業になるんですかね~。」
後輩はのんびりとしゃべっている。自分の心配だけだな。
この分じゃ、傷ついた床の様子もろくに見ていないだろう。
ため息をつく。

来るとしたら彼女だろう。
どれくらい時間がかかるのか、後輩の説明からはわからなかった。

「何で休みの俺が・・・。」
自分でもわからなかったが、気になって結局現場に向かっていた。
日曜なので近くの駐車場は空いているだろう。
久しぶりに車を出した。

現場に着くとどの業者も仕事を終えて帰っていた。
5時半を回っている。日が短くなって、もう外は真っ暗だ。
エレベーターホールで彼女に出くわした。

すぐには俺だとわからなかったようだ。
「あら!どうしたんですか?
 私服?」
いつものようにテンションが高い。
様子を見るだけのつもりだったから着替えていない。
作業服以外で彼女に会うのは初めてだった。
なぜだか、照れている自分がいる。

事務所に後輩の姿はなかった。
「平井を見なかった?
事務所にいなくてさ。」
いつものように話すためには、意識しないとうまくいかない気がした。
「平井さん、さっき帰りましたよ。
 私、鍵を預かりました。ほら!」
そう言ってニコニコと鍵を掲げて見せた。
「え・・・。」

あいつは全く・・・!
明日はまたヤツを絞らなきゃいけない。
業者を残して帰るとは・・・。

明るい調子で彼女が言う。
「ちゃんと朝一番にこの鍵は持ってきますよ。大丈夫!」
どんな時間でも元気だ。
でも、そういうコトじゃないんだけど。

「どれくらいかかりそう?」
「ん~。あと30分ちょっと。思ったよりうまく乾いたから早く終われそうですよ。」
「わかった。事務所にいるから終わったら電話して。」
「え?わざわざ待っているんですか? 鍵なら・・・。」
話している間も、目がくるくると動いていろんな表情を見せる。

「いや、・・・書類を忘れたから取りに来たんだけど、
 来てしまえばここでやった方が速いから。」

本当の所、仕事はない。
なぜ、ここまでやるのか自分でもわからなかった。
彼女がエレベーターで最上階へ上がるのを見とどけてから、管理人室とエントランス周りの仕上がり具合をチェックしながら時間をつぶす。

彼女がうちの仕事に来るようになって1年近くになる。
作業によってはかなりうるさく言ったこともあって、ふくれっ面されたことも何度かあった。
だが、必ず最後まできちんと終わらせる。
何より現場の雰囲気が温かくなるのが嬉しかった。


作業が終わったと電話をよこした彼女を待つ。
「世田谷だっけ? 今日は車だから送って行くよ。
 急に呼びつけたお詫びだ。」
「え? ホントに? でも、・・・下心ない?」
嬉しそうに笑うくせに小憎らしいことを言う。
「・・・いい加減にしろ・・・!」

一緒に駐車場に向かう。
見上げた空は真っ暗で、今日はひとつも星が見えなかった。

星のない夜空は、闇の底にいるようで寂しくなる。
あいつがいなくなったときを思い出してしまうから。


彼女のうちまで40分くらいだった。

プライベートの話をしたのは初めてだった。
私立病院で働いていたらしい。
彼女の直接のミスではなかったらしいが、そのミスに気がつかなかった自分をかなり責めたようだ。被害にあったのが子どもだったようで、その時の病院の対応も含めて、思うところがあったらしい。
「私、すごく傷ついたのよ。これでも!」
明るさを装って見せていたが、なるほど・・・その瞳は悲しげだった。

気持ちが落ち着くまでアルバイトをと、今の会社に入ったらしい。
元々、美術畑に進もうか迷ったくらい絵心はあったらしく、今は辞めたくても会社が辞めさせてくれないと嬉しそうに話している。
「でも、やっぱり病院の仕事が好きなんだけどね。」

「君なら確かに向いているだろうな。」
つい思ったまま言ってしまった。
爽やかな笑顔はそのために神さまが与えてくれたものだろう。
「ホント? なんだか褒められたみたいで嬉しい。」
そうだった。彼女は何でもすぐに喜んでしまうという得技があった。


「今でも奥さんのこと愛している?」
突然聞かれて、ブレーキを踏みそうになった。
「どうしてそれを・・・?」

「別の現場の監督さんが教えてくれたの。だいぶ前に。
 どうして、あんな悲しい目をしているのかな~て言ったら・・・。」
おいおい・・・誰だよ。そんなことを話すようなうちの社員・・・?
吉井だな・・・!

彼女は人に話をさせるのも得技だったようだ。
誘導されてしゃべってしまう自分にまた、ため息が出てしまった。



次の吉祥寺の新築マンションは工期が短かった。
だからってやる仕事は変わらない。
年度末になると他の業者も忙しくて思い通りに進まず、前回の現場より厳しかった。

どこか気持ちが焦っていたのか・・・うっかり、現場で左足をくじいた。
もう7時を回っていたし、たいしたことはないだろうと思って病院にいくことも考えずうちに戻った。
結局2時間後、痛みと腫れあがった自分の足に驚いて救急病院に駆け込んだ。

骨には異常なかったのが救いだったが、じん帯をかなり痛めたようでネンザなのにギプス固定されてしまった。
左でよかった。車には乗ることができたから、何とか休まずにすむ。
これが電車だったらと思うとぞっとした。

ネンザがこんなに辛いとは思わなかった。
ホントはヒビでも入っているんじゃないかと思うくらい、痛みもかなりこたえる。

痛みにも増して、ここにきて現場の中を動き回れないのはもっと辛かった。
所長はもう一つの現場をかけ持つことになって、工程が遅れ気味のこっちは悲鳴を上げそうだ。
こうなると普段から気が利かない後輩でも頼りにするしかない。
それでもつい動いてしまうから、医者からは同情して貰えそうにない。


事務所で書類の山を整理していると彼女から電話が入った。
「ネンザですって!?」
見舞いにしては明るすぎないか、その声。

「これからそっちに手直しのチェック表を持っていきますけど、
 何か必要なものありますか?
 お昼はもう食べたの?」
気を使ってくれる割にはテンションが高いが、一応気が利いているようだ。

確かに、昼食さえ買いに行くのが不自由だった。
後輩は言わなけりゃ何もやってくれない。

彼女は昼食と水分補給のペットボトルをたくさん買い込んできてくれた。
そして、
「そんな姿勢でいたら血流に悪いわ!」
と口と手も出していった。
姿勢を変えたら、確かに痛みが楽になった。


その後も、日に数回、暇を見つけては事務所に顔を出して世話を焼いていった。
後輩が焼きもちを焼くほどに。
「もしかして、先輩たちって付き合っているんですか?」
とたんに、ヤツは彼女からその辺にあったファイルでひっぱたかれていた。


1週間で何とか歩けるようになった。
所長にまで疑われるくらい彼女は事務所にやってきて、俺を…正確には俺の左足を気にしてくれた。

看護師の血が騒いだのか、世話をすることが楽しそうだった。
楽しませてやったんだから、感謝して欲しい。
だが、・・・俺は本当にありがたかった。

工事が完了した後、時間がたっていたがお礼くらいは・・・と、彼女を飲みに誘った。
アルコールは嫌いじゃないが、街に飲みに出るのは久しぶりだった。

彼女はビール一杯で頬をピンクに染めている。
飲むより食べている方がいいらしい。

サラダをほおばりながら彼女が思い出したように言った。
「あの日・・・車で送ってくれた日。
 ただ待っていてくれたんでしょ?」
最初は何のことだかわからなかった。少し間をおいて記憶がつながる。

「なんだ。わかっていたのか?
 暗くなってから、工事現場に女ひとり置いとけないだろ?」
あっさり認めてしまった。まずい、俺も酔いがまわっている。
今更、どうでもいいか。

「本当はすごく嬉しかったの。」
いつものように微笑んでいる。
「君は何でもすぐに喜んでくれるもんな。
幸せな性格だ。」
「羨ましい?」
得意そうに返す。
二人で笑ってしまう。
そうだな・・・羨ましいよ。俺は。

彼女の食べっぷりを見ながら俺だけ飲んでいる状態だった。
彼女はほとんど飲まないまま、食べるだけ食べたら短い時間で店を出た。

歩きながら、夜空を見上げる。
天気がよくても見える星の数は決まっている。
『星の数ほど』なんて言葉は、ここにはない。
夕方まで吹いていた風はやんだようだ。


駅の手前の公園を通り抜ける。
あとひと月もすれば桜が花開く。
その頃にはここも賑わうのだろう。

さっきまではしゃいでいた彼女が急に静かになっている。
「寒い?」
「ううん。平気。ちょっと手が冷たいだけ。」
所々にラメが光る手袋を取り出した。

「まだ、辛いの?」
いきなり彼女が言った。
「え?」
思わず立ち止まってしまう。

「暗い空を見上げるときって、いつもそんな顔をするから・・・。」
「そうだっけ?」
そういえば、夜空を見上げる癖があった。

「まだ、引きずっているんだ・・・」
「どうしてそんなこと言うんだ?」
いきなり、そういう言い方をされてカチンときた。

「僕、寂しいですって顔をしているのを見ると、意地悪を言いたくなるんだもん」
手袋についた毛足の長い房をクルクル回しながら、つぶやいた。
さっきまでの笑顔は消えている。

「忘れられないものはどうやったって、忘れられないさ。」
胸の奥の扉を勝手に開けられたようで、俺の言い方にもトゲがついた。

「すごく愛していたんでしょう? なら、忘れなくていいじゃない。」
意外な彼女の言葉を、俺はどう受け取っていいのかわからなかった。
「さっき、引きずっているって言ったじゃないか」

彼女はゆっくりとした話し方になる。
「自分にとって大切な人のことは、忘れちゃいけないと思うの。」
いつもの澄んだ瞳で見つめる。ただ、いつもより悲しげな表情だった。
俺は彼女を見つめている自信がなくて空を見上げてしまった。

「その人があなたの心を育ててくれたんでしょ?
 人は誰とどう出会うかで、思いも生き方も変わっていくわ。
 良かった悪かったっていうのは比べられないけど、
 出逢えてよかったと思えるのは、幸せな時間があったからだと思うの。
 それは、その人に感謝しなきゃ・・・。」
彼女がこういう口調で話すのは初めてだった。

言葉が見つからず、俺は黙って聞いていた。
でもなぜだか、どこかで聞いたような、とても懐かしい感覚があった。

少し間をおいて彼女が続ける。
「『引きずっている』っていうのは、『そこで止まっている』ってこと。
感情を閉じ込めてしまって、本当に笑っていない気がする。」

「言いたい放題だな。」
そういう言い方をされたのは初めてだった。

「辛いなら辛いって言えばいいのに・・・
 寂しいならさびしいって、誰かに話せばいいのに。
 ずっと、ひとりで我慢してきたの?」
あっさり言ってのける。普通はもっと言葉を選ばないか?

でも、どう反論していいのかわからなかった。
我慢していくしかないと・・・ずっと思ってきたから。

「奥さんの気持ち・・・どうだったと思う?」
「あいつの気持ち?」
空に向けていた視線を彼女に戻す。
彼女の強気な口調とは逆に、目を潤ませていた。
泣いているのか・・・。
「あなたの幸せを・・・考えていたと思うけど。」

彼女の言葉で蘇っていた。
ずっと無意識に胸の奥に封印していたはずの、あいつの残したメールの言葉。

『その人の心の底に私はいるから・・・
 その人をちゃんと見つけられるかどうかは、あなた次第よ。

 いつまでも悲しいままじゃダメなの。
 ちゃんと前を向いて歩いていないと・・・
 必ず、私を見つけてね。』


言葉の意味を頭では理解していても、心は納得しなかった。

あいつの他に誰かを愛することは、もうないと思っていた。
あいつを忘れてしまうことを恐れたのかも知れない。

忘れなくていい・・・という彼女の言葉で、俺を覆っていた硬い壁が急に壊れたような気がした。
あいつの言葉が気持ちの中に入ってくる。

俺は何を我慢してきたんだろう。
何を待っていたんだろう。

『大切に思う人のための辛さや寂しさ・・・ 
 そんな気持ちも自分の心を育ててくれている』

あいつの言葉を思い出していた。

『愛されることも大事なこと、でももっと大事なのは誰かを愛すること、
 それが温かい心で生きるための糧。』

あいつの言うとおりかもしれない。



いつからだろう。

冷えきって重かったはずの心が楽になっていた。
朝、目覚めたとき、あいつではなく、彼女のことを思うようになっていた。
気がつけばいつのまにか、彼女のことを考えている時間を楽しんでいた。

やっと今、素直に・・・それを認めることができた。



こんなところで・・・
彼女の前で涙が出るなんて思わなかった。





俺はあいつを見つけることができたのかな。

『私を見つけて・・・』

それはあいつそのものではなくて、
俺の『幸せ』という意味だったのかも知れない。


抱きしめた彼女の温もりはあいつと同じだった。

目の前の闇を越えれば、夜空には常に無数の星が瞬いていることを思い出した。




                  おわり♪




★ ショート ストーリー






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