今 愛は・・・《第3章》




       今 愛は・・・


  《 第3章 展開 》



高木の葬儀に参列した。

悲しかった。
高木の死が・・・だけでなく、信じていたものすべてが急に僕の手の中から消え去ったような気がしていた。

僕はそんなに信用がなかったのか・・・。
裏切られたのか。

そんなはずはない。

『何故、何も言わなかった・・・?
 僕に、お前を救うチャンスさえくれなかった。
 バカ野郎・・・!』

遺影を前に、涙さえ凍ってしまっていた。

『必ず事件を解決して、お前の真実を聞いてやる・・・。』

献花の白い花をたむけながら、そう誓った。
参列者でいっぱいのホールを抜け出したとき、声をかけられた。

高木に似ていた。
弟だという。
「このたびは・・・。」
再度、頭を下げた。

「今日はありがとうございました。」
高木の弟は、赤くなった目を伏せがちに話し始めた。
「兄がずっとお世話になって・・・」

僕のことを知っていた。 意外だった。
「いえ、こちらこそ・・・。」
うまく言葉が出てこなかった。

「兄はうちに戻ることは少なかったんですが、話をする度にあなたのことを褒めていました。
 あなたの友人であることを自慢しているかのようでした。」

更に意外な言葉を聞かされ、胸が熱くなった。
高木を守ってやれなかった自分を責める気持ちが強くなる。

「これを・・・。」
彼が差し出したのは、5センチ四方くらいのシルバーの板に何かレリーフが施されたものだった。

「ただの飾り物なんですが・・・。
 お守り代わりに、兄に持たせようと母が用意していたものでした。
 間に合いませんでしたが・・・

 いろんな種類があるんですが、これは『聖家族』です。」

手渡された小さな金属の板の中には、子どもの頃のキリストとその両親である聖ヨゼフと聖母マリアの三人が寄り添っている絵が彫られていた。

「うちの母が一番好きなデザインなんですが、これをあなたにさし上げたいと・・・。
 恋人がいらっしゃると兄から伺っていました。
 必ず幸せな結婚をして欲しいと母からの言付けです。

 兄は運悪く・・・殉職してしまいましたが、あなたには無事でいて欲しいんです。

 こういうものは返ってご迷惑かもしれませんが、どうか母の意を汲んで、
 ぜひ兄の形見代わりに受け取ってやってください。」

悲しみでいっぱいのはずなのに、彼は穏やかに話をしてくれた。
目の奥が熱くなった。
礼を言って、教会を後にする。
『待っていろよ・・・高木。』


******* ******* ********


僕だけがとり残されそうになる程、理解できないことが続く。

沙紀から携帯電話にメールが入った。
彼女はいつも電話をする前にメールをよこす。

仕事中の僕の邪魔にならないように、気を使ってくれていた。


意外だった。
4日前、あんなに激しく拒絶されたのに・・・。

『僕からかけるよ』
そう、メールしてから電話をかけてみる。
緊張していた。

「もしもし・・・和也?」
いつもの声、いつもの口調・・・
声は少し元気がなかったが、沙紀の声は何も変っていなかった。

「沙紀・・・大丈夫なのか?」
「え?何が・・・?」
「何って・・・その・・・今、病院だろう?」
どこかがかみ合わない。

「どうして知っているの?」
「あの・・・お姉さんが連絡をくれて・・・」
話を合わせていく。

「よくわからないけど、ホームで倒れていたらしいの。私・・・」
「・・・いつ? ケガをしたの?」
「土曜日の夜、ですって・・・どこもケガはないわ。大丈夫よ。」

冷静というより、記憶がないようだった。
ショックとはいえ、そう簡単に忘れるものなのか・・・

彼女に合わせて話をする。
夕方からの記憶が消えているようだった。
高木と会ったことも、出てこなかった。

僕のことは、何も疑っている様子はない。
さすがに、事件以降のことは何も聞けず、いつものように電話を切った。

会いに行こうかと迷った。
電話で話す限り、いつもの沙紀だった。

だが、あのときの恐怖に怯えた彼女を思い出すと、ためらいが出た。
理由がわからないだけに、何かがありそうな気がする。


仕事で遠出しているとごまかして、数日は電話だけで様子を伺った。
それでも、事件の話ができない。
彼女も全く触れない。
意識して触れないという感じではなく、まるで知らないようだった。


10日後。
もしかしたら、大丈夫かもしれない・・・
そう思って、病院を訪れた。


電話でのことを医師に話す。
医師は判断しかねていたが、僕はどうしても彼女に会いたかった。

しぶしぶではあるが、医師の立会いの元でという条件で、沙紀に会うことを許可してもらった。


だが・・・
状況は同じだった。
僕の顔を見るなり怯え、泣き出す彼女がいた。


僕はどうしいいのかわからなかった。

打ちのめされた気持ちのまま、理由を考え続けた。

気がつくと、僕は静かに落ちてきた白い雪の中を歩いていた。
いつから歩いているのか、どこに向かって歩いているのか、わからなかった。



理由はどうであれ、僕は愛する沙紀から怯えられる存在であることに変わりなかった。
僕と事件が沙紀を追い詰めたようだ。

僕が彼女を傷つけた。
彼女のことで涙が出たのは初めてだった。

どうしてこうなったのか、わからない。

彼女を抱きしめるどころか、会っても貰えなかった。
それなのに、電話の向こうには、いつもの沙紀がいる。
そのまま、抱き合ってもいいくらい甘えた声で話す彼女がいるのに・・・。


どこで、何が違っているのか、何かが僕を陥れようとしているのか。
僕たちは・・・僕は、これから、どうしていけばいいのだろう。





数日後、医師に呼ばれ話を聞いた。

事件の時の細かい状況はわからないままだが、僕の存在が恐怖を与えていることは明白だった。
だた、電話では今までのように話ができる。

「以前から、電話で話をすることが多かったとおっしゃっていましたよね。
 ・・・おそらく・・・」
言葉を選びながら話をする医師の顔を見つめた。

沙紀が僕を恐れる理由はわからないままだった。
「事件そのものを心の奥に閉じ込めていると思われます。
 あなたの声には穏やかに、話ができる。
 いろいろと質問しても、よりどころであるあなたの記憶はそのままですが、
 恋人であるはずなのに、あなたの顔だけが思い出せないと言います。」

「顔・・・ですか? 僕の?」
予想しなかった言葉だった。

医師が続ける。
「何故そうなのか、直接の原因を見つけることは、事件が解明されたとしても、
 簡単ではないと思われますが・・・
 あなたに関連して、何かのショックを受けたのは間違いないでしょう。
 それで、精神の均衡を保とうと・・・防御的に、恋人であるあなたの顔が
 記憶から無意識のうちに消されたのではないかと考えられます。」

医師に言われていることはわかる。

だが、あの日・・・僕がたどり着く前に彼女は何かの衝撃をすでに受けていた。

でも、沙紀の怯えようは、僕のせいとしか、考えられない。

ただ、高木もあの時、僕を見て驚いた顔をしたのが引っかかっていた。
何も結論は出なかった。



何かのきっかけで、思い出すかもしれない・・・。
諦めきれずに、何度か病院に足を運んだ。

当然のように、医師の許可は下りず、そして家族からも拒絶されるようなった。

「もう来ないでください。
 お願いですから、これ以上、あの子を苦しませないで・・・」

初めは、事件に彼女を巻き込んだ僕を責めていた彼女の母親も、
状況を理解したのか、穏やかな対応になった。
だが、結局は僕に別れるよう、促してきた。


自宅療養になったと、沙紀から連絡が入った。
相変わらず、電話で話すときは以前と変らない沙紀だった。


もう会えなくなって1ヶ月を超えた。
どんなに忙しくても、こんなに会わない時はなかった。

さすがの沙紀も、なぜ会えないのかと口にするようになった。

「会えなくて不安になったのは初めて・・・。
 寂しくて、怖くなるときがあるの。
 お願い・・・。」

だが、何も状況は変っていない。会うわけにはかなった。
外国で、捜査をしていると言ったら、素直に信じたようだった。

その素直さが、余計に僕を哀しくした。


******* ******* ********


僕は別の捜査を指示され、肝心な事件のことは何も触れることができなかった。


密輸に絡む事件が続いた。

港の先に大きな倉庫が立ち並ぶ一角がある。
そこだけで一つの街になっていた。

大きなタンカーも停泊する港から、そのまま5キロ以上海に沿って続く道は、ただ広く、何もなかった。

その海沿いの道から陸に向かって、格子状に道路が整備されていた。
似たような大小の倉庫が立ち並ぶ。
その中に入ってしまうと、どの通りも同じような風景で、迷子になってしまいそうだった。

待機するように指示され、車を止めたとたん、一台の白いセダンが目の前の角を左から飛び出してきた。
タイヤをきしませ、右折すると、僕の横を通り抜け後方へ走り去った。

すぐにエンジンを再始動する。
先輩になる松田室長がセダンを追って走り出てきた。

「やつを確保だ!」
叫びながらセダンを指差す。
「了解!」

ここでUターンする時間が惜しかった。
ギアをバックに入れる。

左向きに体をひねり、左腕で姿勢を支えながら、背後の視界を確認した。
その後ろ向きの姿勢のまま、右手だけでハンドルを操作し、アクセルをいっぱいに踏み込こむ。

車は苦しげなエンジン音を上げ、バックのまま100メートルほど走り、そこの広くなった道路で急ブレーキと急ハンドルを切った。

タイヤが耳障りな音をたて、僕の車は180度反転した。
ギアをドライブに入れ替える。
アクセルを更に踏み込んで、白いセダンを追った。

学生の頃、レーシングチームにいた友人に誘われて、サーキットを走っていた時期がある。
僕はそのスピードに魅せられ、B級ライセンスまで取った。

友人がケガをしてからは、走るチャンスも遠のき、それっきりだ。


ドライブテクニックには覚えがあった。



海の方角に向かって走る。
遠い先に見えた白い影は、陽の光を反射した後、海の少し前で右折した。

こちらも先に右折して、格子状の通りを平行して追う。
一つ目の角を通り抜けたとき、黒いライトバンと黒のセダンが後方に現れた。

先の白いセダンを逃がすために、僕の動きを阻止しに来たようだ。
次の角を、左折してみる。 やはり、追ってきた。
さっきより広くなった道路をどんどん近づいてくる。

今日が作業員のいない日曜日でよかった。
ドラマじゃあるまいし、平日にこんなカーチェイスをしていたら、何人をひき殺すかわからない。
こんな場所で時速80キロを超えて走るなんて、白バイから睨まれてしまう。

ライトバンはこっちに追突してきそうな勢いだ。
このまま直進を続けると、海に突っ込んでしまう。

加速する。 
向こうも更にスピードを上げ、ついに僕の右手に並んだ。
幅寄せして、横から体当たりしようとしている。

そうはいかない。僕も急いでいるんだ。相手をしている暇は無い。

次の角の直前、ブレーキを踏む。不意をつかれたライトバンは、そのまま前方へ走り抜く。
相手をやり過ごして、急ハンドルを切って右折した。
タイヤがきしむ。
久しぶりに手に汗をかいていた。

その後ろにいた黒のセダンはついてきた。
「なかなか・・・やるじゃないか・・・。」

更に左折し、再び海の方へ向いた。

黒のセダンはぴったりついてくる。

どうする・・・?

右前方に見えた倉庫。壁の一部に貼り付けてあるステンレスの板。
角の左影にさっきのライトバンの姿を鏡のように映しているのが見えた。

その角で体当たりする気だ。
向こうも必死らしい。

ギリギリのスピードを保って、左ギリギリを走る。
後ろの黒のセダンも逃さまいと、同じように左に寄って車間距離を狭めてきた。

ライトバンが飛び出し、行く手を塞ぐように止まった。

僕は一瞬早く、ブレーキとハンドルに集中する。車は直前できれいにUの字を描き反転した。

止まりきれなかった黒のセダンと、道を塞いでいたライトバンの激しい衝突音を聞きながら、僕は白いセダンを追う。



この倉庫街を抜けて、橋を渡ってしまうと、一般の住宅街に出る。
そこまで逃げられると厄介だ。

その前に確保しなければならない。
まだこの中にいるはずだ。

いくつ目かの角を通り抜けたとき、左隣の通りを平行して走っているセダンを見つけた。
加速して先回りする。
海沿いの広い通りに出た。

向こうの橋の手前には、応援要請を受けたパトカーが数台、止まっている。

セダンが現れた。並んで止まっているパトカーの間を無理やり抜けて、橋に出ようと思ったのか、減速する気配がない。

直前、諦めて減速する。
・・・が、相手も必死なのか、更に向きを変え、加速する気配を見せた。
「往生際が悪いな・・・。」
結局、飛び出した僕の車に行く手を阻まれ、あえなく停止した。


警官が取り囲む。

運転していた男を引きずり出したとき、後ろの座席にいた初老の男がいきなり拳銃を出した。
男の目の前にいた若い警官を、僕は無意識に突き飛ばす。

銃声がなり響く。

左胸に熱い衝撃を受け、僕はその音と共に後ろへ勢いよく押し倒される。

痛みを感じたような気もするが、すぐに意識が遠のいた。



***************************


目の前には青く光る海が広がって、足元の砂浜には白い波が寄せてくる。
周りを見回しても誰もいなかった。
波の音がするはずなのに、違和感のある機械音にしか聞こえない。


気がつくと、僕は白い天井を見つめていた。
モニターの機械音が僕の鼓動に合わせて響いている。

いつか沙紀と行った海の景色を夢の中で見ていたようだ

「気がつきましたか?」
白衣の女性が覗き込んだ。
「ここは・・・?」

「病院ですよ。」
ゆっくりと記憶を引き出す。

そう、僕は撃たれたはずだった。
胸に衝撃を受けたのを思い出した。

生きているのか。

医者が呼ばれ、状態を見ていった。
そのすぐ後に、上司の塚原が訪れた。

「大丈夫か・・・?」
安堵の顔で、塚原が声をかける。
「はい・・・」
まだ僕は状況がわかっていなかった。

「全くお前は運が強いやつだ。」
何の事かわからなった。
あんなに至近距離から胸を打たれて生きているはずがないことはわかっている。

あの時は、聞き込みの途中からあの場所に移動したので、防弾チョッキも付けていなかった。

「これを・・・。」
上司が僕に見せたのは、高木の弟からもらったあの小さなレリーフ板だった。
「これが、お前を救ったんだ。」
形は少しつぶれていた。
あの日以来、警察手帳と一緒にいつも胸ポケットに入れていたものだった。

鼓動が早まるのがわかった。
高木・・・!



塚原の話で、事件の真相が解明されたことを知った。

事件そのものはおおよそ予想された流れだった。

驚いたのは、その証拠となるディスクの行方を追う男の存在だった。

利用された沙紀の上司である近藤は、闇のデータが入っているとは知らず、預かったディスクを沙紀に管理させていた。
会社にある保管場所の、そのディスクファイルの場所は沙紀と近藤だけが知っていたらしい。

男の写真を見せられたとき、背筋を冷たいものが走った。

「どうだ。お前に瓜二つだろう。」
自分でも驚いた。確かに・・・よく似ている。

声は違うらしいが、顔は自分でも驚くくらいそっくりだった。
左の目の下に傷があるが、見る方向によってはわからない。
背格好・・・濃紺のスーツに身を包んでいるところまで似ていた。

彼女のいろんな誤解と、戸惑いと恐怖はここから始まったんだ・・・。

その男は、渋谷にある女のマンションに出入りしていた。
よく二人でうろついていたらしいから、それを沙紀が見かけたんだろう。

沙紀の上司である近藤を調査していた高木は、沙紀と接触することになる。
事件の存在を知った沙紀は、僕の捜査のことを確かめたかったようだ。

そしてあの日、二人は近藤を待っている間に、ある議員の秘書が殺害される場面にて食わしてしまった。
僕と同じ顔をした男が人を殺している光景。
二人は混乱したに違いない。

見られたことを知ったその男は二人の口を封じようと襲ってくる。


僕を信じるがゆえに、高木は確認するまで報告ができなかったのだろう。

そして、僕の顔をしたそいつが高木に銃口を向け、引き金を引いた。

許せなかった。




           続く~

* 第4章 蘇るとき





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