今 愛は・・・《エピローグ》





《 エピローグ 》


肌にはまだ冷たく感じる風も、春らしい日差しのせいか、芽吹いた木々には素直に迎え入れられていた。

落ち着きを取り戻した沙紀と一緒に、高木の墓を訪れた。
郊外にある小さな山に墓標が規則正しく並んでいる。

入り口の駐車場に車を止め、山の上へ続く道を歩いて上る。
所々に小さな梅の木が白い花をつけている。
名前のわからない、ピンクの花がその根本を飾り、愛らしく並んでいた。

中腹にある一角に高木は眠っていた。

事件の報告と・・・一瞬でも彼を疑ったことを改めて詫びた。
そして、沙紀と僕の命を守ってくれたことを感謝した。

あの事件以来、あのレリーフは肌身離さずもっている。
大切なことを忘れないように、そして、大切なものを守っていけるように・・・。

墓にはすでに新しい花が飾られていた。
その下に沙紀が自分で選んできた花を手向ける。

「ありがとうございます。」
後ろから声をかけられた。

高木の弟だった。
報告をかねて、何度か電話では話しをしていたが、会ったのは葬儀のとき以来だった。

その後ろから若い女性に伴われて車椅子に座った初老の婦人が追いついた。

「どちら?」
穏やかな声だった。

高木の母親だと紹介された。

互いに挨拶と礼を交わした後、
「それじゃ、こちらが?」
と沙紀に優しい眼差しを向けてくれる。

来月、結婚することを伝えた。

息子を亡くした悲しみはまだ癒えないはずなのに、高木の母親は穏やかな笑みを浮かべ、僕たちに温かい言葉を贈ってくれる。

そして、祝福を込めて沙紀の手を握ってくれた。



笑顔で感謝を返す沙紀を見て、ふと思い出したように高木の母親が尋ねる。

「あなた・・・あの時の方ですね?」
思い当たらない様子の沙紀に向かって続けた。

「いつ頃だったかしら・・・もう随分前、私がまだ車椅子に頼る前の頃よ。」
嬉しそうに、そして、だんだん思い出した様子で話す。

「新宿の大きな交差点で、横断歩道を渡り終わらない私に手を貸して下さったでしょう?
 その頃は、まだ車椅子じゃなくて、杖を頼りに何とか歩けていたのよ。」


「あ・・・!」
沙紀が思い出して小さく叫んだ。
思わず僕も一緒になって声を上げた。

まるっきり記憶から消え去っていたものが、一瞬で蘇った。



あの時・・・沙紀と初めて出逢った日、杖をついて横断歩道を歩いていた婦人だった。

「思い出しました。あの時の・・・?」
沙紀は嬉しそうに答え、僕を振り返った。

僕がその光景を見ていたことを沙紀に話したことがあった。


偶然というのか、必然というのか・・・。
人間は見事につながり合っているものだと感心する。

運命がそうするのか、その出来事が運命を形づくるのか・・・。



もしあの時、沙紀がこの婦人を振り返らず、横断歩道を後戻りしなかったら、
僕たちは出会うことはなかったかも知れない。

今・・・
僕の運命は、彼女の優しさによって形作られてきたんだと思えた。




    おわり



  ありがとうございました♪



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