山口小夜の不思議遊戯

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2005年08月29日
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 豊にしてみれば、家畜の世話のない日に、朝から誰かに会ってしまえば、その日一日中その相手をすることになりかねないので、てっとり早く誰も足を運ぼうなどとは考えないところに行ってしまうのが一番だった。

 それには墓地がぴったりだった。
 間もなく、朝なに墓地に通う豊のことは、村人たちの知るところとなった。しかし彼のこの思いつきは功を奏し、たとえ豊の所在が知れても、場所が場所であるだけに訪ねてくる者は誰もなかった。
 この言い方が適当かどうかはわからないが、豊にとって墓地はまさに天国に続く場所だった。
 それから数日、豊は朝っぱらから思いきり一人を満喫できる幸せにひたっていたが、ふと何塔もの墓が草茫々になっているのに気がついて、それらを草むしりすることを思いついた。
 幸運にして、彼は家畜の世話の入らない日も、つれづれを口実にできる仕事を見つけたのだ。

 あまっちょが一人、迷い込んできたのは、いつものごとく豊が墓磨きに精を出しているそんなある朝のことだった。朝といっても、夏の太陽が昇り始める、といった時刻だ。
 ふと名を呼ばれたような気がして、立ち上がった豊の目に、小さな女の子の姿が飛び込んできた。
 自分を呼んだのは、その子であるらしかった。女の子は寝間着を着ていたが、寝ぼけているのではなさそうだった。


 どう思い返してみたところで、彼の記憶する限り、里の子供たちのその兄弟の中にもこんな子は見かけなかった。
 それになんと言ってもこの風体(ふうてい)。それは里の子たちの遺伝子という名の判で押したような面差しとはまた違うものだった。そしてこの髪の長さといったら!
 豊は背中に落ちる長い髪というものを見たことがなかった。しかしそれは他の子供たちとて同じだっただろう。里の人のうち、年配の女性で髪をひっつめている人もいたが、それとこれとは別だった。あまっちょたちはみんな耳の下で髪を切りそろえていた。

 彼の常なる静かな面持ちの下に完璧に隠されていたが、豊は諸々の事情をあわせて、戸惑っていた。

 ──きっとたいこうがなる(久松山)の神さんのおつかいかもしれん。
 わしはこの子を知らなんだが、この子は自分の名前を知っておったがな。
そして、ふとここがどういった場所であるのかを思い出してしまって、豊の肌はぞくりと粟だった。
 ──墓地にきつねは寄り付くのやろか。豊は思った。聞かない話だが、目の前にあまっちょの形しているこの子がほんとうはきつねであるならば、自分は化かされないように気をつけねば。
 豊は何かが起こるのをそのまま待った。

 ──うち、小夜っていうん。横浜から来たんよ。

 そんなとこから・・・境港とちゃうぞ。豊は鳥取で最も大きい漁港を思った。
 横浜いうたら、確かもっと大きゅうて、ようけ魚も捕れるとこだが。
 だが、そこはずいぶんと遠くであるはずだった。
 なにゆえじゃ・・・豊は考え、それを口に出した。女の子は明らかに自分より年下に見えたが、神さまのおつかいかもしれないので、一応ていねいな言葉をつけたしておいた。

 ──何をしに、ですか。

 わしも自己紹介をするがえかった・・・しかしその必要がなかったことに、豊はすぐ気がついた。
 この子は自分の名前も知っていたではないか。

 そしてともかくも豊は、呪(まじない)の血をひく者として、ご神託を聞くために心の準備をした。
 ところが、何を思ったか、その女の子は笑顔を満面に浮かべると、豊をその場にほっぽったまま、どこぞに駆けていってしまったのである。
 残された豊の方は、しばらく呆然として少女の駆けていく後ろ姿を目で追っていたが、やがてそれは森の影になって消えてしまった。
 さすがに薄気味悪くなった豊は、そうそうに身支度を整えると、朝めしを食いに家に戻ることにしたのである。





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最終更新日  2005年08月31日 12時53分57秒
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