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2005年11月03日
鳥取物語 第四章 臥竜は誰か 第五節●不二少年の事件簿●
(7)
テーマ:
連載小説を書いてみようv(10282)
カテゴリ:
カテゴリ未分類
そして、よっこらせ──と言いながら立ち上がった。
彼が呪(しゅ)を唱えてから立ち上がるまで、この間数秒──。
これらの一連の振る舞いがあまりに自然であったので、目の前にいた小角さまですら、豊がつかのま別の世界に意識を飛ばしていたことに気づいていない様子だった。
豊は立っていくと、文字通りその場に仁王立ちしたままでいる小角さまと対峙した。
そして、父の目をじっと見つめて言った。
──骨壷が動いたことについて、皆に話すことがあります。
父親はその柳のような眉をしかめたまま無言でうなずいた。
この息子の言葉を聞いて、小角さまにはうすら寒い考えがうかんできた。
もしもこの子供じみたばちあたりないたずらが、ほんとうに豊の仕業だとしたらどうする。
今日もまた、己の息子のふがいなさに歯噛みすることになるのだろうかと暗鬱たる見通しをたて、彼は内心でうめき声をあげた。
豊は父の心臓がどん底まで沈みこんでいきつつあるのをまったく意に介するふうもなく、その突っ立っている脇をすり抜けていくと、ひとところに集まってまだ首をひねっている村人たちのところにまっすぐ歩いていった。
人のいい皆の衆は、まだ豊を犯人と目してはいないようだった。
猜疑の心が働いていないうちに、彼は先手必勝の一声をあげた。
──雨水だっちゃ。
みんなふり返って豊を見つめた。彼は続けた。
──あの雨で、墓穴に水がようけ溜まって、それで骨壷を浮かしたのだが。
豊の言ったのはたったこれだけだった。
騒ぎはおさまって、村人たちは晴れ晴れとして、再び墓地の掃除にせいを出し始めた。
───
ほっと肩でため息をつき、そのまま屋敷へと戻ろうとして、父は何気なく豊をふり返った。
そして、つとその眉が寄せられた。
小角さまには見えたのだ。
息子の着物の膝から下に、びっしょりと濡れた小さな手の跡が無数についていることを──。
前編のおわり
本日の日記---------------------------------------------------------
【箱根用水の沿革】昨日の日記のつづき
昨日、昔の農村が飢饉に遭ったときの困窮と悲惨について書きました。
今日は、その惨状から目を逸らさなかった江戸町人のお話をさせていただきます。
その人の名は友野与右衛門(とものよえもん)。
浅草に屋敷を構える、江戸の大商人です。
現在、静岡県の三島市は湧き水にあふれる美しい町として有名ですが、これは富士山の湧き水ではなく、実は芦ノ湖から人工的に引かれた水であることを知る人はいません。
現在の三島市は、江戸時代中期までは水資源の少ない土地で、農民たちは貧困にあえぎながら毎日を暮らしていました。
けれども、山をひとつ越えればそこは芦ノ湖が満々と水をたたえているのです。
あの水が引けないものか──その一帯の庄屋であった大庭源之丞(おおばげんのじょう)は、幕府になんども直訴をしましたが受け入れられず、失意のうちに江戸から帰る折り、浅草の豪商に最後の賭けをしてみようと思い立ち、友野のもとを訪ねました。
生粋の江戸っ子であった友野は義侠心にかられ、この通水計画に私財を投じることをふたつ返事で承諾します。
とはいえ、芦ノ湖の水を三島側に引くには、峠ひとつ分を掘り抜かなければなりません。
しかも、その峠の頂には全国三大権現のひとつである箱根権現の磐倉があり、幕府からは公費をいっさい求めず、私財を投じて着工するという念書を書かされた後にやっと工事を認められても、箱根権現を崇敬する京の公家たちの猛反対に遭ってしまいます。
また、芦ノ湖の水が減るなどとイチャモンをつける芦ノ湖側に住む農民たちとの折衝だけでも相当な苦労の末、寛文三年(1666年)ようやく工事に取りかかることができました。
その後の数々の艱難はここに書くことはできません。
ここでは、のべ10万人を動員し、三年半をかけて峠を掘り抜くことに成功したとだけ書くにとどめておきましょう。
三島からは湧き水が噴き出し、水田は毎年500町歩の勢いで増えていきました。最終的には27ヶ村が充分にうるおったとも伝えられています。
しかし、箱根用水の通水成功を見た幕府は、友野の威光をよく思わないようになりました。
友野は捕らえられ、工事にキリシタンの秘法を使った罪で、沼津の牢獄であっさりと斬首されます。
時に友野与右衛門四十歳。
妻りつとひとり息子であった十五歳の与市を長崎に逃がした直後の悲劇でした。(身内を長崎に流したことからみても、確かに友野はキリシタンであったのかもしれません)。
友野座の禄は幕府の取り崩しに遭い、その後歴史に名を残すことはありませんでした──。
私はいつか必ず、この友野与右衛門の生涯について、物語に書き起こしたいと思っております。
偶然にも、私は中高時代、この箱根用水の三島側の随道口に近い寄宿学校に住んでいました。
その学校は中高一貫教育だったのですが、中三のときに‘卒業論文’なる課題を個人で取り組まなければなりませんでした。
私は迷うことなく‘箱根用水の沿革’というテーマでその研究に心血を注ぎ、入ってはいけない随道に入って箱根権現のタタリを受けたりしました(常人はマネをしないように)。
このように、困窮した農村と、それを救おうとして戦った人の誰も知らない物語は、全国のどこにでもあるのでしょう。
鳥取のしゃんしゃん傘踊りのルーツも、雨乞いのために命を落した青年を弔ったのが始まりです。
このお話は、第五章で詳しく申し上げましょう。
明日はこの章の後編●山窩の道●です。
このお話も皆さまにぜひとも聞いていただきたい物語です。
タイムスリップして、サンカという不思議な響きの言葉の意味を見い出しにきなんせ。
あ、そうそう。
今日は文化の日で、休日ですね。
皆さまはどこにおでかけですか?
私はね、久しぶりに動物園にでも行ってみようかな。
上野の──。
そこなら、美術館もあるでしょう。
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最終更新日 2005年11月03日 07時42分18秒
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