山口小夜の不思議遊戯

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2006年01月03日
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 ──あんた・・・・・誰なんだ。荒神じゃ・・・・・ないな?

 直接は答えず、神人は自分の肩を抱く。

 ──荒魂(あらみたま)と和魂(にぎみたま)を知っておろうが。ふたつの魂は表裏一体・・・・・互いが相対することはないが、我が知恵はおぼろげながら少しずつ相方の中にたくわえられているのだ。荒魂の神をなめてはいかん。

 ──なめてません。
 面倒くさかったが、即答しておいた。体勢的にはそれどころではないのだが。

 荒魂の神が消えた滝洞の真ん中を、ひた・・・・ひた・・・・和魂の神の異様に響く足音が、まっすぐ豊のほうに近づいてくる。

 どんな相手にも、ハッタリならば気圧されはしない──豊は眉をはね上げ、蔓に身体を繋がれたまま、涼しい顔で見返していた。

 ──おまえは、和魂の神を‘知って’いるな? きゃつの・・・・・においがする。


 ──知ってる、ってか? 知らねーことだらけ。
 謙虚に豊は言っておく。

 きらっ・・・・・、と氷じみた神人の眼が、ガラスの破片のような光を浮かべた。
 ──いい度胸だ・・・・そういえば、我の頭の上から、あの芳しい血が降り注いできたとき、おまえを見たぞ。明るい窓みたいに見えた。それで、そのにおいを辿ってここまでやってきたというわけだ。
 神人は自分の身体を指して言った。

 ──・・・・・・・・っ。
 和魂の声だろうか、今のが。
 穏やかならぬ、荒魂の神と寸分違わぬ響き。

 はったと見返すと、滝よりの風になぶられた横顔が白く冴えわたっていて──たしかこういう瞬間が前にもあった気がする。
 思い当たることはといえば唯一・・・・・今日の朝まだき、風呂場で邂逅させられた──。
 今思えば、あれはどちらの神だったのか。


 あまり・・・・助かったような気がしてこないのは何故だ。

 ──それで・・・・・どうなるんですかわたしは。山の神を‘知って’しまったからには、ここで取り殺されるとか?

 いや、もう死んでいるのかもしれないが。
 豊はそっと目を流して自分の置かれた状況を確認してみた。
 五感が完全に戻った今となっては、相変わらず後ろ手にきつく戒められた身体が蔓に絡まったままでいることは、常人ならば恐怖以外に感じるものはないに等しいはずの有り様だ。


 ──我には歴代の守宿たちの声が、重なり合って聞こえるよ。堕ちてこいと叫ぶ声と、助けてくれと泣く声と。

 責めるような口調ではなかった。
 だが、言われた豊は、密(ひそか)と名乗った少年のいまわのきわを思い返し、唇を噛む。

 同時に、からりと開き直った気持ちがしぼんでいき、後悔が大波のように押し寄せてくる。
 なぜあの時、手を伸ばさなかったのだろう。否、伸ばそうとした──が、この戒められた手が、密の腕を携えることかなわなかった。
 だが、一瞬でも、手を、眼を、気持ちを──危なっかしい子だってことは、夢見の裡でもわかっていたのに。

 身体の痛みより、感じたこともないような後ろめたさに胸をえぐられ、息をするのもつらくなってくる。
 たくさんの蛾が集まってくる、常夜灯に浮かび上がった、夜咲きの白い花のような密の顔。
 触れようとした豊の気持ちを払いのけたときの激しさが、心に刺さるほど鮮やかだった。

 ──三番守宿までのこと、ぬしが気に病むことではない。さだめゆえ。
 だが、白銀の髪を風に揺らめかせて、神人はあっさり言った。

 ──たしかに、守宿(すく)は危うい生を生きている。
 和魂の神はすべてを射通すような極寒の海の色をした視線を、先ほどの荒神の欲望で沸騰したような夜の残り香の中で細めた。

 ──守宿はおおむね、三代ごとに転生を繰り返すときには顔かたちも性格も、前とは違うものになる。そうでなくては転生する意味がないからな。
 ──・・・・・・・。
 ──だが、はるか七代を巡る守宿多(すくのおおい)は違う。顔も心も、名さえほぼ同じ・・・・・・・。‘などか’‘さやか’‘ひそか’‘ゆたか’──そうでなければ、大神の依代(よりしろ)となることが適わぬゆえな。これは危ういことだ。なにか苦しみや強い想いがあると、守宿多の身体は凍りつき、かつて幾度もくぐり抜けてきた死の中に心は彷徨い戻ろうとする。誰のせいかといえば、我のせいであろうよ。
 ──それは・・・・・。

 ──けだし、人間という存在が、すでに調和と破壊だ・・・・。胸の裡に慈悲の光をともすのも人の子ならば、闘争の炎に酔うも人の子・・・・同じ人間でありながら、ままならないものもあるだろう。加えて守宿多が人の子のすべての属性を担うものとすれば、彼らは己のなかで調和と破壊を繰り返してしまう。我の言うことがわかるか、守宿多よ。

 ──はあ。なんとなくわかるような。
 ──まったくわかってないな。まあわからなくて当然だ。おまえの守宿多としての生は、まだ短いゆえな。

 なぜかうつむいて、和魂の神は眉間に皴を寄せた。
 その様子がどこか苦しげに見えたのは、豊の気のせいなのだろう。彼の視線に気づいて顔をあげた和魂の神は、この上もなく優美な微笑をたたえていた。

 ──だが、おまえの属性は全き調和だ。もとより、守宿多とは守宿の中の守宿。四番守宿は、このうちでも守宿の一還二十八代をもってようやく迎える、守宿御統(すくのみすまる)にあたる。歴代の守宿の因果を、すべて調和させる役割を担って生まれるのだ。

 守宿御統。
 というと、今回が守宿のミレニアムってこと──?
 なにか・・・・・いいことでも起きるのかな。

 出た──この、向きだけは前向きな思考が、本人の自覚のあるなしに関わらず、これまでに何度も豊の窮地を救ってきた。
 今もすでに・・・・・わくわく、といった心持ちで、豊は和魂の神の顔を見上げてしまっている。

 和魂の神は口元に微笑を浮かべたまま、愛おしそうにその目を見交わした。
 ──調和と破壊といっても、人間の属性がこれだけに二分されるわけではないが。ただし、その中でも調和は多く散在する属性ではない。破壊は・・・・いるところにはまとまっているが・・・・。
 (↑相生村の不二屋敷方面にまとまっているような気もするが)。

 ──では、破壊とはどんな属性なのですか?
 一体いかなる存在のことを言うのか、興味はある。
 豊は持ち前の好奇心にかられて、無邪気に訊いた。だが、豊がそれを訊ねると、神人は笑い出す。笑うと印象は一変し、外国人の俳優のように華やかに人なつっこくなるのだ。

 ──破壊を言うなら、荒魂の神あたりがそれだ。きゃつの性格が凄まじかったおかげで、我は破壊の属性が理解できた。

 それ、すっごくわかるよ!
 豊も和魂の神の屈託のない笑顔につられて、無防備、といった感じにうなずいてしまっている。

 ──世界に対する悪意、敵意などという生易しいものではない。きゃつ自身を覆っているのは、殺意と同義の欲望だ。

 こえぇ。

 ──あやつが何故そこまで強烈な感情を抱いているのかはわからぬが、本来山の神とはそういう存在よ。とにかくも、今は不二の者と二十八年ごとに一交することで鎮静して、己が属性と折り合いをつけて何とかやっているようだ。

 山の神と混血なんて世も末な。だが、和魂の神は、相変わらず屈託なく笑っている。
 だが、好青年とも言い得る表情をして破顔していた神人が、豊の次の質問にふと真顔に戻った。

 ──えーと。ところで、和魂の神の属性とは何ですか?
 ──我の属性を訊いてきたのはおまえが初めてだな。
 和魂の神は弓なりの眉を上げた。
 ──まあいい。教えてやろう。属性とはまた別の意味かもしれないが、我が自分の属性として支配しているのは死だ。死、闇、絶対の安息だ。

 ──・・・・・・・!!
 ええっ! ‘死’!? よりによって和魂が‘死’。
 この状況で──縁起悪くないか、それは・・・・・。

 ──どうだ。素晴らしかろう。万能属性というやつだ。
 だが死神、もとい和魂の神は、こころなしか誇っているようにも見えた。

 ──いずれにしても、誰も‘死’には勝てんのだから。
 ──・・・・・・。

 なんとなく納得させられたような気分になって、豊は実に数時間ぶりに肩の力を抜いてみる。

 あまり落ち着いている場合ではないのかもしれないが──この神さまと向き合っていると、闖入者だというのに、妙になごみムードに流されそうになってくるのだ。

 対峙してみると、頭ひとつぶんだけ背が高い。
 覗き込んでくる顔は、いつか絵本で見たアシジの聖者──無邪気で野放図な聖フランシスコのイメージだった。月の光を浴びた銀河色の髪が、滝の方からわたってきた風になぶられている。全体的に外見はかなり人外の者であるというのとは別に、不二一族でいえば・・・・・ちょうど長兄の遼がとろんと眼を閉じている時にも似た、穏やかな風格も漂っているような気もした。

 事情を知らない人が聞いたら腰を抜かすかもしれない状況での、淡々トーク。
 いつの間にか──‘引き込まれて’いる自覚なんて、その時にはなかった。

 ──守宿御統よ。全き調和の主よ。どうだ、我と調和してみないか?
 ──ん・・・・・・?

 さらりと耳に入ってきたことば。

 ──調和だ。言い換えれば、契約。まさか一族の者に聞いていないわけではあるまい?
 兄たちに聞いているのは、山の‘姫’(←強調構文)との契約だ。
 姫さまはどこにいるんだ姫さまは!

 ──我に、おまえの万物調和の力を与えてくれはすまいか? 我はおまえに死の支配の力を与えよう。ふたりがひとつになれば、この世に右に立つ者はいなくなる。

 この上もなく優しい声色で訊ねてくるその目が・・・・・・据わっているのだ。







 本日は荒魂と和魂という本文の内容につき、「霊魂」について申し述べさせていただこうと考えていたのですが、やはり字数オーバーとなりましたので(笑)、無闇に大きな勾玉だけを無意味に掲載しつつ、ご説明は明日に差し替えさせていただきます。


 明日は●邂逅●です。
 シリアスな展開だったはず──ですよね?
 この神様、なんだか海千山千のカンジもして。
 なにやら起承転結の‘転’の部分に入ってきた様相を呈してきたかにも思われますが・・・・・。

 この三が日、ぼくと一緒にいてくれてありがとう。
 タイムスリップして──明日も会いにきてくれますか?


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最終更新日  2006年01月03日 05時36分03秒
コメント(8) | コメントを書く


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Re:鳥取物語 番外編 不二一族物語 第24節●荒魂と和魂●  
ふじっこファミリー さん
糟谷いけーっ! (2006年01月03日 12時58分21秒)

Re[1]:鳥取物語 番外編 不二一族物語 第24節●荒魂と和魂●(01/03)  
小夜子姉貴  さん
ふじっこファミリーさん

君も応援してたのにね。

(2006年01月03日 16時48分29秒)

Re:鳥取物語   
万物調和の力
-----
>いよいよ雄大なテーマに入って来ましたね。
私も万物と調和する力が欲しいです。
いつも甘い話に乗せられて調和を崩しています。

salayさんも舞台裏で出演の準備をしているのなら
「鳥取物語」も華やかになるでしょうね。
何となく「ジャンボ」宝くじが、当たりそう。
敦煌で12杯も酒を飲んで新記録ではないですか。
(2006年01月03日 18時17分42秒)

Re[1]:鳥取物語 (01/03)  
小夜子姉貴  さん
ゆうじろう15さん

実は私、‘わんこそば’でも記録保持者なのです。

北上川ボート川下り大会(仮装部門)に例年出場していた折り、ミッチーとともに川下った後、駅前の老舗のわんこそば屋さんで、食べに食べた!

ちなみに、わんこそば7杯がもりそば一杯に相当し、男性の平均は60杯で、女性の平均は40杯だそうです。

私は──127杯食べました。

その後、賞品にわんこそば音頭のCDやら置き物やら、いろいろといただきました。今でもそのお店には私の色紙が掲げられていることでしょう(笑)。

ゆうじろうさん、ひかないで~。
鳥取に行ったときは、ちゃんとsolya兄がおごりますから!


(2006年01月03日 18時27分08秒)

Re:鳥取物語   
追加
「Yahoo検索」の「鳥取県の由来」で303万件中
11位になりました。
「飛鳥と鳥取」「ちの話」「としの話」「豊という言霊」
など了解を得ないで編集中です。
よろしいですか?

(2006年01月03日 19時10分40秒)

Re[1]:鳥取物語 (01/03)  
小夜子姉貴  さん
ゆうじろう15さん

おおー。
『鳥取物語』を愛して下さってありがとうございます。

ちなみに、「鳥取物語」をYahooで検索してみると、鳥取県賀露町からリンクを下さっているようなのですが、ちょっと嬉しい☆

(2006年01月03日 19時19分23秒)

Re:鳥取物語 番外編 不二一族物語 第24節●荒魂と和魂●(01/03)  
愛、燦々と さん
なんだかおかしいのは、アプローチの仕方でこうも
違って感じられること。。和魂との調和・・・。
豊さん!どうするのお?!

明日も楽しみにしてまするぅ。

(2006年01月03日 20時13分18秒)

Re[1]:鳥取物語 番外編 不二一族物語 第24節●荒魂と和魂●(01/03)  
小夜子姉貴  さん
愛、燦々とさん

確かに!
あの手この手ってか・・・(笑)。

にゃはぁ☆ゆったん、モテモテじゃん!

明日もハラハラ見守っていてください☆

(2006年01月03日 22時18分14秒)

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