ふじのさんのぐだぐだ日常日記

ふじのさんのぐだぐだ日常日記

2004年03月03日
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第一子 長女(おはるしゃん)AM11:03 1725g


退院前に先生から言われました。
「二人目がなかなか出て来なくて子宮を横だけでなく縦にも切っています(つまり逆T字型)。その傷によってもろくなって
いるので次の妊娠もあまりお腹を大きくすると破裂しちゃうかもしれないから、早めに管理入院してもらうことになるかもしれません。お腹を大きく出来ないので、帝王切開になります」と。

二人を助ける為には仕方なかったけれど、ちょっとショックでした。
新米のお父しゃんにも話をして、このとき次の子を諦めました。
自分自身・家族の負担もつらいけれど、なによりも子どもをまたNICUに入れる事が決まってしまっていたので、これが決定的な理由となりました。

さて、お父しゃんにお迎えに来てもらって退院して、その足で二人のお見舞いに行くことにしました。



子どもっちはそれぞれ違う病院に入院していました。
同じ市内に病院は点在していましたが、自宅からは1時間弱です。

病院の面会時間の都合上、まずおはるしゃんの方から見舞いに行きました。
時間外でしたが、特別に入れてもらいました。

・・・そこには『温泉まんじゅう』(伊豆長岡みやげ)がいました( ̄_ ̄ i)タラー。
小さかったけれど、顔がまんまるで若干黒っぽくなっていたので第一印象がそれでした。
いっぱいのコードに繋がれていて、人工呼吸器を付けていました(もううろ覚え)。

それでも、この1週間病院でちゃんと管理してもらえていたのが解り、安心して次にゆうしゃんのいる病院へ行きました。

・・・次には『干からびたカッパ』がいました(大汗)
おはるしゃんよりも小さくてしおしおで、なんだか人間の形はしているけれど、不思議な生き物(?)でした。
これはかなりショックでした。


このショックが大きかったのかこの後、私はあまり見舞いに行きませんでした。
電話でも様子が聞けると言われていても、電話も苦手でかける勇気もなかったです。
そんな自分を責めたりもして。

この時の自分は親として冷たいヤツだと思っていました。

子どもがかわいいと思えるようになったのは、二人が退院してしばらくしてからだった。

きっと毎日お世話してくれる看護師さんや先生の方がよくて、ホントの生みの親である私を親と思ってくれないかも。

それでも、週に一度義務的ながらも見舞いに行った。
水曜日頃には一度母乳パックを届けに行ったりもしていたけど。

不思議なもので、吸ってくれる子どもはいなくても母乳は出るんですね。
自然分娩じゃなくても出るんですね。

私自身は産後の検診は順調でした。
血圧もうそのように下がり、腎臓機能もほぼ元に戻ってきていました。
『妊娠中毒症』とはよく言ったもので、妊娠の継続をヤメたらすぐに回復し始めたんです。
体重も61kg→51kg→45kgと減りました。

この時期つらかったのはお風呂。
寒い時期なのにシャワーだけでお風呂場は寒いし。
おまけに筋力低下でフラフラだったので、だんなが一緒に入ってくれました。
(だんなの下心じゃないっす)

子どもっちの見舞いも丁度今頃思い出します。
ゆうしゃんの病院では夜、まだつぼみもない桜並木を歩いたことを。
とても寒くて急いで病院まで向かったことを。

おはるしゃんの病院は駐車場が地下にあったので、そこから登っていくときの夢を今も時々見ます。

一度、自力で見舞いに行って、帰りに眠気で居眠り運転しそうだったこともあり、それ以来無理はヤメました。
子どもっちの世話する前に事故で死にたくなかったので。

退院の目安は体重が2500g超えること。
おはるしゃんは、予定日だった3月半ばには超えたけれど、「時々呼吸をお休みしちゃう」ことがあって、調べたら心臓の筋肉が普通よりも少し厚くなっている『心筋症』だったとのことでした。
そのせいで、血液が上手く送り出せずに呼吸が止まってしまったりしたとか。
でも、大きくなれば心臓の筋肉も成長と共に引っ張られて通常の厚さになるでしょうと言われて(^。^;)ホッ。
ただし、急激に身体を大きくしちゃうと、血液を送るのが追いつかなくなっちゃうから体重制限しながら様子を見て行きましょうということになった。

入院は、呼吸が止まる心配がなくなるまでということになった。

最初はコードだらけで栄養も点滴や鼻からチューブを入れてミルクを直接胃に送っていました。
ゆうしゃんはおはるしゃんよりも小さく半分しかなくなってしまい(新生児の体重減少なのだが、元が小さいから700gくらいにまで減ってしまっていた)、増えても日々数グラム。
もどかしい思いでした。

でも、日が経つにつれて大きくなり、コードが取れてミルクも口から飲めるようになって、保育器から出て産着を着せてもらった姿を見たら、ああ赤ちゃんなんだな~って思いました。
それまでは、裸んぼうの塊にしか見えなかったから。
博物館の展示品みたいに。

おはるしゃんは、体重管理のためミルクの制限はあったものの、自力で呼吸出来るようになりミルクも口から飲めるようになったので、4月10日に退院しました。
その他の検査も異常はなかったです。
桜も散っていた時期でした。
おはるしゃんの病院は、城跡の公園近くにありましたが、そこのお堀に桜の花びらが落ちていく光景の中帰った記憶があります。
初めての1時間の長旅はどうかと心配でしたが、ずーっと寝ていてくれました。

まずはおはるしゃんとの生活がスタート。
初めてづくしで解らないことだらけ。
心臓のこともあるから、夜寝ていても息をしているか心配で。
寒いから踏まないように気をつけながら私の布団に入れたりして(おかげで今も私の布団に入ってくる)。

お父しゃんは「こうすると落ち着くみたい」とお腹に乗っけて二人で昼寝していたこともあったっけ。
この頃から「おはるしゃんはお父しゃん似だよね~」と言われていたので、まるで拡大・縮小版が一緒に寝ているみたいだった(笑)

ゆうしゃんの退院は5月27日。
めどが立ってあといくつかの検査を残して1週間というときに「他の子を受け入れたいので、あとは検査だけですから他の病院にうつっていただきたいのですが」と先生から言われた。
ゆうしゃんの病院は未熟児の受け入れがパンク状態だったのだ。
より多くの命を救う為に・・・。
ゆうしゃんも助けてもらって、もう大丈夫だったら次の子の為に空けてあげてもいいね・・・とお父しゃんも納得して、他の病院へうつることにした。
病院は地元へ戻るよりもおはるしゃんのいた病院の方がこちらも事情が判って安心だし、ゆうしゃんの病院からも近くだから搬送しやすいということもあってそちらに移ることにした。

検査も異常はなく終わって、退院が決まった。

おはるしゃんのお世話に慣れて来てはいたが、すぐに二人目が来るという双子育児。
どんなドタバタが待っているのか?

-次回育児編につづく-
※いつ書くかは未定






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最終更新日  2004年03月04日 01時00分35秒
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