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書き出すとブログって不思議。見ぬ人々に書いてる。 天国の人々への通信のつもりが、変化して来て、この世の人々につながっている。 母が亡くなった。子供達への手紙を私が読み上げた。1枚の用紙を読んで行くうちに凝縮して書かれた文面から感謝の意をどの様に描けるのかとしんどかったろうと思った。母はどの人にも理解できるように書いていた。 我が家に帰り、ひとり読み返しているうちにあれもこれもあったでしょうにが出てきた。そして、歳を重ねても子である自分に気づいた。子はいつまでも親にもっともっとと甘えたがるものかと。長男の嫁としての位置関係で親子関係に終始した母の手紙だった。 母は手紙をいつ書く気持ちになったのか。どんな時に書いたのか、涙なしで書いたのかなど遺された1枚の手紙から想像した。そのうち風に消されていくであっても。そして、我が身の今後の身の振り方をふと覚えた。 1枚の手紙を渡した兄は、電話で原本を紛失したとがっかりしていた。それぞれに在るコピーだけが唯一の母の最期の手紙。付添い、お葬式が終わってから、体調を崩したのもある意味、亡き母への私流の弔いと感謝なのか。今度の納骨までに私たち兄弟、それぞれに心も整理されてるだろう。 一人の時代の終わりとそして、その一人に続いてる線。小さな星屑の小さな存在。されど愛おしい存在。そう思えるに感謝、
2013.01.31
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母が点滴で生かされ、孫たちがポツポツ集まり息子から従妹同士で酒を飲みかわすと、それぞれにメールと電話あり。兄嫁の仕事が増えなければいいけれど。へんな気分。 母の付添いで30数年ぶりに、従妹が病室に現れてビックリした。妹が不安そうに名を呼んだので時間を遡ることが出来た。7人のお孫さんがいるとニコニコ笑顔の従妹。親しみある目に焦った。お互い未亡人同士もあってか、肩を抱いて親交を深めた。 もう一人の従妹は、ひどく疲れていた。なのに、空港で短い再会の為に雪道を運転して来てくれた。母の生家で幼い頃、従妹達といつも一緒に暮らしていた時代を笑いながら懐かしんだ。 みんなのこころはあのころの古い母の家へ。 眠っている母の病室での一コマ・・・・。不謹慎と思われることが、違和感なく長い年月越えて会えた従妹。母が亡くなったなら、父の時の様にポッカリくるだろうな。家の雰囲気が変わるだろうな。母のいない家、実感に来ない。従妹と遊んでいた祖母の家は瞼に。 兄の寂しそうな横顔。年のせいか、涙もろくなった。母が居なくなったならきついだろうな、ひとりの存在って大きすぎる。
2013.01.19
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母危篤で付添いして帰って来た。兄からの電話が来てから10日め。意識はあったから、しっかりと会話が出来た。絶飲絶食から10日・・・・・対処療法が今日も続く。危篤状態は継続。 気持ちが定まらないへんな気分・・・・夫で充分鍛えられていたのに全然関係ない。ボランティア仲間の言葉が身に染みる。気分転換になるから、外出や活動は普通がいいよと励ましてくれた。 無理ない程度に、その通りにした。木彫りの仲間がまた、一人去って行った。新しい出会いに、一人来た。出会いと別れの繰り返しは世の常。母も残されて随分寂しい思いをして来ただろう。 絶食の札が下りずに、食べられないのなら死にたいと子供のような母。牛の様に働いて来た母、老いても子供を心配する母、有難うをいう母、ベッドで最期のお別れに手を振る母。お互い我慢くらべ、涙を仕舞い込んで。 「また、来るからね。」と別れて来たけれど、奇跡的にもう一度会えたなら嬉しい。5日間で、美化していた母が人間くさく可愛く感じられた。 今日、長男からお別れに行くと電話が来た。不思議な時間。記憶に残る時間。久しぶりに出会えた従妹達。歌会始で89歳の人を聞く。人はひとで・・・・ベッドでも生かされてる母に感謝です。母に意識があることは大きな慰めでした。付添いをさせてくれた兄夫婦に感謝です。
2013.01.18
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夕べ、クローズアップ現代でスーパーコンピュータ京を取り上げていた。人が想像したものを迅速にシュミレーションし、コストを大幅に低く抑えて産業革命が推進していく話。日本と外国の例を挙げて説明されていた。 医療現場、車産業、職人の技の精密さなど他にも応用範囲が飛躍的に期待できると。 良い事の裏に出てくる問題提起はと思いつつ見た。 今朝も、ラジオから4Kテレビのことが聞こえてきた。声でチャンネル(ないけれど)選択が出来ると言う。画素数も増えて鮮明にきれいらしい。後は価格で勝負か。今のテレビだって充分なのに、技術革新の進歩はどこまで行くの。 古いテレビはアダプター付けて写るらしいけれど、Pボタンの楽しみに参加は出来ない。そして、たまに写らないという。物を大切にの声が小さくなってしまう。 PC8だってマウスがなくて、指タッチの時代・・・・・・始めからの人には楽ちん?後ろの方から、ピーピーと電子音・・・・加湿器が水入れてねとサイン音。水入れてくれたなら、お年寄りの人助かるかも? 水いれる、重いなと私。くるくる動く掃除機は、可愛いけれど どうなんだろう。車に乗るようになって体重増え、動脈硬化気になりだんだん便利さだけが進化して行く。 1月9日、一休さんの日。とんちでピンチを切り抜けた一休さんは感心で微笑ましい。即座に知恵が出ることが、とんちだと言うけれど動脈硬化の混じった持ち主のピンチは、絶妙にとんちが出てくるのか。許される限り、何とか笑いで切り抜けて今。
2013.01.09
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肩こりを軽くするヨガがラジオから流れる。声だけが流れて行く。故尾崎紀世彦の「また会う日まで」を聞きいつも胸の奥が悼んだ日が、今朝は少し違って聞こえた。年齢と経験値のお蔭かしら? お別れにまた会う日までと言える、思えるってなんと優しい響きかと感じた今朝。 散歩道: 散歩するなんて考えたことも無かったけれど、気持ちが良いことも知った。 2か月前に未亡人になった若い人、中学生の子供に「お母さん、再婚したらどうする?」って聞いたそうな。それでかどうか解らないけれど、翌日家の電気がパッと消えてビックリしたと。予期せぬ突然の死別に慣れなくて、若いお母さんがどんな思いで子供に語ったのか。「お父さん、怒ったのかな?」って言ってから、しまったと思った私。 人は強くないけれど、いざとなれば優しくて強いことも隠れている私たち。仕方がないよね、子は夫とは違うからと心で思った。子供はもう別れは考えられないと思い、妻は委ねる人がなく不安定は当然。「よいとけまけの唄」は、泣かされるけれど、生き生きと無理なく行くのが子供に生きる支えになると思うわって言った私。 いつかはひとり・・・夫の言葉がしみる。ひとりの時間、大事に優しく見つめて行きたい。厳しい冬の後に来る暖かな春が来るまで出来るだけ好きな事しながら。
2013.01.08
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七草の朝、雑煮で七草の真似して食べた。当日に忘れただけ。今夜、それっぽいことしよう。 誕生日の贈り物: 足裏マッサージ。 バザーよりポーチ。 足裏マッサージ: 15年ぐらい愛用、良くほぐれる、お気に入り。 おせち、捨てたメニューはうま煮、いたずりゴボウの胡麻和え。1回分ほど捨てる羽目に。独身時代の在る年にもっと捨てたことがあった。ひとりが寂しくて見栄を張って作った可愛いお話。考えて控えめに作ったけれど、まだ、冷蔵庫に少し眠っているおせち。用意するまでワクワク?だったけれど、何だかお祭り後の残り火の様な。 残り火をピザに入れて焼いて差し入れしたなら、帰宅後に娘から好評だったよと聞かされておせち万歳ってホッとした。紙袋を受け取ると空になった皿に紛れ、3品の食材が入っていた。大きなバンダナが綺麗にアイロンされて入っていた。 手抜きな私にパッとスイッチが入った。7年前ぶりに箪笥にあるハンカチや手ぬぐいを出した。アイロンをかけ、たたんで箪笥に収めた。 おせちから、おせちピザに。そして、何となく収めれていたハンカチ達がピンとし、シャキとなった。お店の陳列みたいで判りやすい。判っていても、ただ何となく重い腰が上がらなかった7年。主婦の仕事は探せばつきないけれど、娘の友達のお母さんから刺激されて手抜きだったこと少し修正できた。さりげない思いやりから、手抜きこころを動かされた。 きょう、ゆるゆると2階に上り長男家族が使った布団、再会を楽しみに押し入れに片付けた。長男家族も綺麗に畳んであって嬉しかった。小さな事が重なり嬉しい今夜です。
2013.01.07
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「きょうから、あんたが私のふるさとや。」朝ドラのちりとてちんのセリフ。 グラッと来たセリフ。そんな時代も懐かしく・・・・・ 。亡き夫は何処でもフリー、私の感覚を通して、「ふるさから見てね。」って静かに独り言。ふらりと一人旅をしたくなった。 小休止な今だからこそ。 長崎のお土産: 良い思い出が出来たと長男夫婦からメール。あれから7年、これからは良い事はいつだってウエル・カム。楽しいことを素直に受け止められなかった時があったからこそ素直にウエル・カムが来た感じ。夫の遺言通りに、短い人生を楽しまなくてはね。まだ、まだ、願いはあるけれど。 娘が友達同士で食事すると聞いていたからピザを焼いて差し入れに訪問。久々にその家で紅茶を御馳走になった。母親同士で話をするのもPTA以来。2年後に退職したなら、お祝いにケーキを御馳走すると約束されて帰宅した。娘を通して、時を一瞬で突き抜け、楽しい時間に感謝した。
2013.01.06
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初体験・・・もちつき大会で杵をふるったこと。上段の構えでふるった。股関節と肩を痛めないためにワザと。「恰好いい!上段者!」 こらえていた気持ちも、このあたりで笑ってしまい力が抜けた。年だと感じた。 重い竹刀と思えば技が上達と行くところ。かつての有段者とて飾りと知り苦笑。 現実は真剣から杵で笑いの3枚目な私。 突き立ての餅は、美味しくて何個食べたのか、数えていない。舌は正直・・・美味しくてスルスル。 お蔭でお後に睡魔君がづんづん来た。長閑に迎えている7年目の七草を待ってる土曜日に感謝です。今年はどんな年なのか分からないけれど、辛い時にこそ主に委ね、感謝と祈りを以って歩めるから感謝です。地震情報にくれた年でしたけれど、家族が元気に再会できたこと何と大いなる恵みかとしみじみ思わされた年度始めでした。 正月: かにランチを娘と。頑張りま賞でささやかに奮発。 長男家族、そり遊びで感動。見てるだけで嬉しい私。
2013.01.05
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