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昨日買ってきたミニコンポは箱まんま。古いコンポとCD、MD、テープのレイアウト後回し。イエスの受難日に買った記念のミニコンポになった。 一つ、ひとつ終えてひと息、マイペースが許されるひと時。やっと、3カ月遅れのバラの鏡の着色佳境入りへ。完成の待ち遠しさ。現役時代に棚上げされていた木彫りの世界だった。 上には上、プロの人の真似は無理だけれど私らしさが表現できたならそれで嬉しい。仲間も同じ。同じ花が違う顔しているから面白い。楽しむ世界にやっと。趣味の世界なんんだからさと、夫のいつも言っていた言葉。 明日は、イースター。そして、合同祈念式。全ては参加出来ないけれど、夫が逝ってから8年目を迎える日。それぞれに、出来る事に感謝です。色々思い出が消えた訳では在りません。変わらないのは、好きな事言い会えるあなたの家族に感謝です。 昨日の夜は雪が降り、止んで雲に見え隠れのマンマルお月様できょうは薄く晴れた良い日です。イースター準備、スムーズに行きそうです。
2013.03.30
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融雪剤で汚れた泥跳ね新車を自宅で洗車した。庭の雪が半分融けていて、小さな春を見つけた。外の水道止水栓がちょっとだけ緩んでいた。水道管に亀裂が有れば、大変な事になるので慎重に少しずつ開いた。今年初めて水道栓から水が問題なく出た。ホッとした。冬囲いを外す時、緩んだのだろう。 15年選手のCDコンポの世代交代を小さな春に合わせて終えた。MDとCDのミニコンポが我が家に来た。「随分持つわね、思い出のコンポ凄いね」って話していた矢先にあっけなく世代交代が来た。 8年でダメになったと店員さんのコンポ。詳しく知らないから今事情を聞いて参考にした。使い勝手が進化している電気機器。昔の機器の方が丈夫だったと語り合う。 新しいコンポ、我が家に入り開封待ち。ゆっくり、ゆっくりと説明書見ればいい。こんな時も、夫がいたならお任せだったのになぁとついつい。夫の残したMD、今は聴けないMDの為に決めたコンポ。3機種しかなかったから即決できた。 3台目の車はナビとABSを付けずに、シンプルに4駆だけ選んだ。前ミラーにも熱線が入り、運転席がポカポカ暖かくなって嬉しい車。これからは年令を重ねて行くので、問題なく運転して行けるように。 ラジオから民法改正のことが聞こえてきた。100年持つ民法をと聞こえて来た。個人保証は止めようという、個人保証はその人に価値が有れば貸す側と借りる側がお互い幸せのバランスを目指していくようにと言う。 義理の父から六法全書を譲り受けたけれど、重くて使いそうもないから大分前に捨てたことを思い出した。機器の便利さと耐用年数の短さ、法律、仕事の内容、長い就業時間、少子化、過疎化・・・・時代の流れを思うこの頃です。
2013.03.29
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用も無いのに電話したと留守電あり。用も無いのにかと可笑しくなり、有難いと思った。大体が介護とか通院中、仕事の仲間が多い中で貴重な友。大病しても自宅で暮らしているって凄いねと伝えた。 こちらは癌では無いけれど、上手に障害とお付き合い出来れたらいいねと話した。1月に逝った母は癌では無かったよと笑顔だった。えっと私たちは可笑しくて笑い合った。身内を癌で亡くしていた母の深い心を知った。 危篤状態にありながら、苦しみの少ない病の母をみんな羨ましがった。幼子や若い人の死と突然死は遺族に深い哀しみを残すけれど老いた母の場合は、年齢相応という諦めと安堵感があった。たとえ、寂しさがあっても。 外は寒い曇り空です。昨日出かけたことは正解でした。残りの文旦を6個、乾燥する前に実と皮に分けました。皮を捨てることなくジャムを沢山作りました。大人の味が好評です。ヨーグルトにお薦めです。実もさっぱりして気に入り、本当の待つ3月の終わり頃です。
2013.03.28
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溜まっていたこと無事に終えた。体のメンテナンス後半戦。天気予報を見ながら車を走らせた。車は田植え娘の様な泥だらけのボデー。洗車するのはまだまだ。 気温が低くともプラスであれば3月の雪は少しずつ確実に川を作り溶けて行く。分離帯の雪山もだんだん低くなって、反対車線を走ってる車体の屋根が少し見えてきた。 いつもの薬と目まい経過観察の為にきょうは気分を変えて、V字に開けた首元に赤いトンボアクセサリーを選んだ。駐車場に着くと、向かいに止まっていた3ナンバーのスポーツタイプの車に驚いた。ボンネットのロゴマークと前バンパーが事故か何かで抜けていた。歯抜け爺さんが寂しく笑ってるみたいだった。代わりに電気系統の配線が無残にクネクネと出ていた。道行く人も見たことない光景に珍しそうに見て通り過ぎた。両ウィンカーも無しに良くもここに辿りつけたもの。 フロントにナンバープレートが置いてあって小さなマスコットキャラクターが2つくらいと、どこかの神社お守りの様なものがバックミラーにぶら下がって見えた。持ち主は若い家族の車みたいだった。今年の冬は雪が多かったから大型車は、鼻が長いから幹線道路に出る時や、切り替えし運転がたいへんだったろう。幹線に出る時、出過ぎたのかも知れない。 私も冬道で幹線に出ようと待っていた車が突然ニューと出てきて左前後ろドアに当たられたことがあった。ものすごい衝撃だった、しっかりハンドルを握っていた。止まって相手の人と語ろうにも車線が狭くて後発車が続きイケイケコールでそのまま前進するしか無かった。後で見るとラインに平行に薄くへこみが着いていた。ラインと色がカバーして目立たないのが幸いだったので諦めた。冬の事故は多重事故が多い。それを思えばまだいい方と思った。その車は少し出る以上に急に出て、スピード出ていたトラックかベンツのような車に前を大破されたようだった。 今年も何とか無事乗り越えられたってホントに感謝しきりの私。今度の新車は敢えて引き締まる色にしたのもその為なのです。安全運転、教科書どおりですが現実は瞬間瞬間が勝負です。便利に乗るコツは、他人事と思わずにただただ経験値を心して走るだけです。道路にアスファルトが完全に見えたなら、今度はスピードや車間に注意です。便利さと怖さを持っているのです。スイッチオンにしてから走る新しい春です。
2013.03.27
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骨格には心配無用だった更年期前。更年期症状もあんまり感じなかった。子供達の長い経過観察、治療も乗り越え社会人へ送り出せた。 一番の弱点というか、人間的っていうか、年齢的か、夫と母との死別に関して、体に素直にガタがきた。 夫の時はたまに夜叉みたいだったし、身も心も体半分持っていかれた衝撃だった。今も何処かで同じ人がいるだろう。大きなストレスの後に、離れていても砦の様な母の存在に驚くしか無かった。ここは、噂通りに関門だった。喪失ストレスと愛情は正比例。喪失ストレスは、涙や切なさを共にしつつ、温かな感謝を残していくだろう。切ないことは死んだ人達がみんな同じようにきれいな思い出として共に残っていくこと。思い、目をつめればそこにいるけれど。目明ければ現実が見えてくる。 託されても、出来ることしかできないけれど、「疲れたら休め、彼らも遠くには行くまい」と夫の最期になった言葉に目をとめる。誰の言葉だったか・・・徳川家康? ストレスも数値に関係すると言われた。理解していたのに、妙に心と体に感心するや、会計済んで気晴らしにケッタッキーが食べたくなった。現役の頃、自分ご褒美として3ピース食べていた。あの美味しさが懐かしくて。新メニュー骨なしサイズを3個買った。他にバラで1ピース入れた。数値も最悪ではないんだし、道が綺麗になったなら春の野草を見に行こう。久しぶりのケンタッキー美味しくて、これも春のお蔭?古い車が売りに出されて、体はオーバーホールな春です。
2013.03.26
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天気を見て午前中、北へ手続きのため車を飛ばした。途中、警察のワゴンと違反者の車が見えた。覆面パトカーからワゴン車に、変わり堂々と取締りしていた。そこは、幹線道路に出る一時停止の車線。あと1か月免許更新前に7000円台支払い、減点1点になり、ゴールド免許が消えた苦い場所だった。 お蔭で慎重運転になれたかな。気の毒なのかその程度で良かったのか、今日は大きな2000CCクラスの車だった。 交差点を横切る人々の分厚いコートが半分ぐらい軽めになっていた。陽射しの車窓から見えるマンションでは、窓を拭くお父さんと外干し洗濯ものを始めて見た。体調崩したお蔭で、目に見えた棚のゴチャゴチャを処分できた。MDやカセットテープを半分処分し、レコードは保留にして。 オーディオもCDがへんな動きを見せている。15年目に来てるからそろそろ・・・・?古い服を40リットル袋でパンパンにして2つ投げ、春らしい服を入れる気持ちになれた。若い女性が、黄色の半コートで現れて春に誘われたのか。 そして、街へ行った時エスカレーターの上から降りてくる中年の和服男性に視線が行った。地味な男性やビジネスコートやスーツに見慣れていたせいかとても新鮮だった。粋で歌舞伎の帰りか、関係者の様な人だった。私も春色のオシャレ楽しもうと勇気が来ていた。 海老蔵さんに待望の御長男誕生を聞いた。とても良い表情をしていた。歌舞伎界にグッドニュース。子供の誕生は、誰のお子さんでも掛け値なしに可愛い。命のツナガリを感じた。哀しみの後に生きる励みが来たなんて最高。知人に歌舞伎フアンがいて、今年もツアーに弾みがつくでしょう。何も言わないマイ新車のボデー、融雪剤まじりの泥跳ねですっかり薄汚れても、飛沫受けて走るのも春風景です。
2013.03.25
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古傷の故障が出た。ダブるで滅入った。娘の押せ押せで、怖がりの気持ちを仕舞い込んで車を走らせることが出来た。思ったより心配ない結果だった。「早めに来て良かったわね。」看護師さんの笑顔。 母の逝去後何のことない、私も体調を崩していた。当然と言えば当然、自然の成り行きに苦笑。もっともっと逞しいと過信していたから苦笑。ホッと一安心した直後に目まいが来て、古傷まで顔を見せるとは。それも親子であった証しに、納得し感謝し脱帽。それだけ母の存在そのものが重かった。そして、有難くて有難く。 娘の「私の為に検査に行って。何もなければいいでしょ。」に感謝しつつ。ここにも存在そのものが大きい再認識の母と子。私もかつて、闘病中の夫に検査の時言っていた言葉だった。言う方も聞く方も苦しいこと知っていたのに、今度は言われる側へ。あらら・・・。子に心配はかけたくないと思いつつ、ゆるゆる。 治療薬が出たので安心。聞き違いして私の処方箋を受けている高齢の女性と視線があった。会計の女性が慌てて間違いに気づいてくれた。初歩的ミスに気づいて3人で笑い飛ばせて良かった。名前の確認は、誕生日まで告げるところもある事を思い出した。 買い物済ませ、帰路に久しぶりに音楽CD3枚奮発。新曲2枚と懐かしいベニー・グッドマンを買った。気晴らしに踊りに行っていた時流れていた曲。親切な女性店員さんに見つけて頂いた。 まだ、やり残している大事なことも、間に合わせなくては。新曲と懐かしい曲を、聴けるなんてグッドタイミング。大型トラックのシャーベット泥跳ねをフロントガラス一面に被らされても、ワイパーをフルにチェンジして視界をクリアにして。新車も泥だらけになりながら、良くも足になってくれた。 目まいが消えてきて、新車とのコンビも良い感じになってきています。寒さ暑さもお彼岸までは、覆されたけれど。雪解けの泥はねが、こちらの春なのです。そして、明日はマイナス3度の真冬日にあららです。
2013.03.22
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温かいココアとロールケーキでおひとり様。午前中は曇り空だったのに、予報どおりに細かい雪が降ってきた。空は春を隠す様に冬に逆戻り。今年ほどマンション生活が浮かんだ年はない。 きょうは、お彼岸中日というのにお墓参りは4月までおあずけ。霊園へのお墓参りする人も出足が鈍いかも知れない。例年の2倍の積雪でまだ1メートルあると言う。ふー・・・・。 そんな日、思いついてまた重い書物など整理した。最期に切った夫の遺髪も、3つに分けていたものを1つだけにした。みんな今の暮らしで精いっぱいなのを感じるからもう良いだろう。 母は故郷の土で初お彼岸迎えている。私の手元には母の遺骨の小さなかけらがロケットに一つ。たかが遺骨であり、カルシュームだけれど兄にこっそりお願いして、手品師の様にハンカチに納めた告別式後。熱くて熱くてハンカチが燃えるかと気が気でなかった。 遠くにいても、出足くじけても、夫と母の二つ並べたロケット、生きていた証しをささやかに見つめる。転居した家についに来ることが叶わなかった老いた母へ、せめて遺骨だけでもという思いだった。そして、今、兄からお礼の電話が入った。
2013.03.20
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フラッと立ち寄った店の出店でキムチを買った。スポーツドリンク買うために立ち寄っただけだったのに。食欲をそそる香りと色彩に心が動かされた。スーパーで買うよりも高価なキムチだと思ったけれど。 家に帰って白菜キムチを半分入れて、後はかさ増しに冷蔵庫にあった冬キャベツ少しと大根、もやし、切り残し白菜、ネギ、主役のバラ肉と豆腐を入れてこしらえた。 あまりに美味しすぎて4人用の鍋を二人で平らげた。体から汗が出て来て、重苦しい体が軽くなって笑い合った。冬には鍋って、理に叶ってるってこと? 不思議に納得。 2か月先に出店が判ったから、今日また買って帰った。チャンジャとヤンニョム、食卓を元気にしてくれるかも知れない。タラの胃は初めてだけれど、キムチに漬けられたチャンジャは酒のお友だろう。こんな時にも、亡き夫の嗜好を振り返る。娘と食べられたこと、感謝するばかり。 体調が少しずつ、ゆっくり元に。春の陽射しが部屋に届くようになって小さな幸福。遅かった排雪作業のお蔭で家の周りはどんどん融けていき、代わりに早かった場所は凄いことになっている。大きな車はキリ返しが難しい。ワダチと小川状態と車1台通る生活道路。 危ないからと知人が歩いて我が家に美味しいものを届けてくれた。歩くにも危険な雪解けの道を来てくれた。互いに豪雪の疲れを労りあった。ニュースは、不安ばかりだけれど、小さくも嬉しい風景だった。 燃える手にぎり続けた白い部屋 短き時を感謝しつつ ー亡き母の危篤の時にー
2013.03.19
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今年の冬は体調崩した人が多かったと聞いた。68年ぶりの積雪とはいやはや・・・・・。年々重くなる雪、だんだん古くなっていく家を見上げつつメンテナンスして行く。体もメンテ出来ないから控えめで上々として。 気になっていた本を知人へ返しに行く。文旦が予定より早く届いたから美味しい内に届けたくて。お礼に作ったばかりの文旦ジャムを持って。車は昨日よりも楽だった。 昨日はハンドルが、急に何処へ連れていかれるかヒヤッとした。ワダチが深く道幅は狭く怖い道路だった。一度排雪したのに、そのあとに大嵐で積もった雪山がせり出していた。今年は何処も車線が狭くて疲れた。ワダチに雪が融けて川になっていた。雪融けが春の兆し。 家に着くと、雀たちが来ていて賑やかなこと・・・春が近いこと知る日曜日。夕べのラジオ「人生は時計の振り子・・・」の語りが耳に心地よく入って来た。生かされている人生がそこにあるからこそと。誰が書いた言葉なのか、つい聞き入ってしまった。今年は豪雪で揺れたけれど、どのように春は見えるだろう。期待してもいいのかな。
2013.03.17
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納豆菌の発祥地が北大の教授だと知り驚いた。茨城が発生だと思っていたから。生産地は茨城が多いけれど、地産地消で道産の名を見たなら購買の気持ちは自然に当然のごとく、我が家の冷蔵庫に収まる。 小学校時代、母の実家から6年間冬限定で登校していたことがあった。祖母は冬になると、毎週納豆を作業小屋で作っていた。納豆の糸がひとつひとつの豆粒に長くあって、空気中を絹糸の様に泳いでいた。今の様な品の良い食べやすい納豆ではなかった。風味も子供ながら何処か安心感があって、自然がつまっていて美味しかった。 丁寧にしごかれたワラに、充分に発酵されたばかりの納豆が輝いていた。お土産にひとつもらい、たまに自宅に戻ると家族は喜んで食べていた。ワラに雑菌があり、食中毒があったと言うので純粋培養を成功させた北大の教授・・・・意外や意外だった。祖母の納豆はピカイチだった。食中毒なんて初めて知った。食べると粘り強い子になると思っていた。納豆大好きな子だった。今頃、改めて知った祖母からの愛情・・・・・して見て、私は子や孫に何を残せるだろう。
2013.03.16
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頭位性良性めまい(耳による)と診断されて進歩したこと・・・・・・?1.無理してはいけないこと再確認できた。→年齢を改めて知った。2.重い食器を思い切って処分。→食器戸棚がすっきりした。3.新車にCDを3枚コピーできた。→気分転換になればベスト。4.めまいで診察受けてる人が多いことを知った。→ポピユラーな? そして、ニュースで3Dプリンターでコストを下げて誰でもデザイン、想像力があれば夢のような時代に驚きだった。レディ・ガガの奇抜な衣装に目からうろこになった。 そして、免疫寛容のこと、アレルギーを軽減できる治療が夢でない時代に来たこと。人工股関節から出たゴミを異物として、自分自身の骨を溶かすことが課題であるけれど、医学的に問題解決出来る日が来たなら嬉しい。リュウマチや免疫疾患に貢献される日が来る予測も嬉しい。 そして、大地震による大都会の水不足も偏りがある心配もあるけれど、気にしたなら心配だらけ。北国では寒さ対策が大切。夫の告知の時も、気持ちが真っ暗から何とか乗り切れたことから何とかなる・・・周りの人々にも助けてもらったことが振り返れば感謝なのです。
2013.03.15
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やっと排雪作業が終了した。遠くで除雪作業の音を聞きつつ、町内の人々の安心を思う。生活道路も、もう少しで路面が見えてきそう。 庭に積まれた4メートル雪の下では花たちがどうなっているのか。3月も半ばになって、春を切望するなんて珍しい。 コレクション:娘の趣味から。小学生の冬休みの自由研究以来再開へ。 2センチ×3センチのビーズドレス いつものことが出来ることの幸せ。小さなこと、平凡であることの大きな恵み。若い頃には平凡が怖くて、退屈に思い、何と傲慢だったことか。3.11も2年が過ぎた。時間が止まって、心も体も見えない出口のようだった人たちの2年。ただ、今も続く東北福島を思うだけ。 遠いふる里も部分的に汚染されていた。流れる歌の「何を残しただろう」最後の言葉が突き刺さる。 生きていれば、次の日が母の誕生日だった。祝う人が、また消えて気が抜けたような寂しさ。誰もいつかは、経験するけれど、残り雪のように、来る春を思い歩んでいけたらいい。 夫の時も体調崩したけれど、母親はまた違う喪失感。何だろうな・・・判っていたのを今、改めて知る親の存在。母の誕生日祝えないこと、受け止めて少しずつ春を待ちわびる。遠くから聞える大型除雪重機のエンジン音が頼もしい限り。づーと待っていた北の風物詩のひとつ。
2013.03.14
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今年の積雪、68年ぶり以来の記録になった。私も生まれていなかった数字。たまの陽射しが恋しくて、深く息を吸い込む。屋根には、新雪の3倍の重さが積雪している。外に出ると心理的な圧迫感から解放される。地震が来たならペッシャンコかと不安がよぎる。 散歩も怖い道路だった。日記を見るとおとなしい散歩はしていた。10日間遅れ、1週間近くかかって排雪作業が静かに今日も動いている。最盛期の頃は2日間で手際良く終わっていた。後ろの家では雪山で車の切り替えしがギリギリで2台自損事故起こした。以前には我が家の車に突っ込んできたことがあった。冬に備えた生活道路も今年は渓谷だった。豪雪と吹雪とウルトラ級な硬い雪山ももう少し。作業員の方も重機運転者もへとへとだろう。人手不足も懸念材料。お蔭で少しずつ、車が出しやすくなった。今日も遠回りして道探しつつ帰路につく。 念願の鏡(半身用)の木彫り完成まじかに。気晴らしにお仲間に感謝です。 着色もドキドキです。心身への元気薬です。出来なくて眺めている日も あって、3カ月の予定が3カ月近く伸びてやっと鏡も入れば完成です。 次々と重なった別れの連続だった去年11月から明けて3月のお彼岸が近づいて来て、霊園から恒例の墓参の案内が届いた。そして、3月は最終日曜日がイースター(復活祭)。金曜日が受難日。イースターに合同追悼式が待っている。それまでは、今より元気になりたい。 美味しい高知産の文旦が再び届いたので、お世話になった人々にマイペースで持って行こうか。今朝、車内で娘とプチ喧嘩。 「余裕ないね、母さん」と言葉投げられて送り出した。「お父さん、やっちまったよ。」と天へ思いを投げた。家族は、面倒くさく、そして、温かき絆に結ばれている言葉がよぎった。焦らずにゆっくり行ける時間に感謝して。良い事半分、疲れる事半分づつで。
2013.03.13
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今日は晴れ間を縫い、体調が良い内にスーパーなどへ出かけた。そこで、懐かしい人が肩に手をかけ声をかけてきた。ビックリだった。だって、買い物気分だけだったから。 「名前は判らないけれど久しぶり! 元気だった!」と笑顔で。笑顔のまま「名前教えて!」と大胆。オープンなハートに相変わらずのパワーな彼女。私の名を教えると記憶がつながったみたいで笑顔になった。私の方から彼女の名前を告げると笑顔が増えた。個性的な人だったから覚えていた。だんだん忘れていくのに私自身も嬉しかった。 昔話を少しだけフィードバック。時を越えてしまう不思議な世界。名前を思い出さなければ諦め、通り過ぎるのに。「私の夫もいるわよ、会って、喜ぶから、ほらほら。」と店の外に。私も時々へんなことするけれど、彼女もへんで面白かった。お互い無防備同士だけれど、所属していたサークルがつないでくれたのか。 彼女の夫が、同じサークルの人だった。18年ぶりぐらい時が流れていた。懐かしさがよみがえった。3人で現況を話し合い、電話を確認しあった。辛いことも抱えていること判ったけれど、何度再び会えるか。体調を戻さなくてはとスィッチが動く。 去年、交差点で赤信号待ち時に、偶然彼がワンちゃんとお散歩中を見た。車の窓を開けて、歩道に立つ彼の名前を呼んで手を振った。彼は茫然と立ち尽くしていた。私だと認識できたかなと可笑しくなった。「ごめんね、何処かのおばちゃんが声かけて」と呟いて信号が変わり、そのまま発進させた。車内で苦笑していた私だった。へんな私って。 私だと彼は気がついたかと思っていたけれど「あの時、気がついたよ。」と笑顔で答えてくれた。嬉しかった。「年取ったのに、良くわかったわね。」と私。「変わっていないね。」と言われ、何だか嬉しかった。彼女も彼も私も、男とか女とか余り気にしなくてもいい年になっていた。 雪嵐し後と体調不調の合間へ届けられた人生エッセンス・・・。
2013.03.05
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日常が雪降り、飽きもせずに続く。日曜日の朝は、春一番の声をしり目に冬嵐の吹き溜まりで玄関ドアがふさがり危ないことになりそうだった。ロードヒーティングしている半分は雪降りの多さに負けていた。車を出す前に覆いかぶさっている雪を掻いて大きな雪山を横目に迷路のような生活道路を慎重運転の日だった。 そして、今日昨日の後片付けの後片付け。ニュースでは、雪嵐による8名の尊い命が犠牲になった。娘と私は、お灸や低周波治療器やシップ、マッサージ思いつく限りフル活動して雪かきの疲れを癒しあったお雛様の日だった。娘にカーポートの雪下ろしをしてもらったのがせめてもの安心。三角屋根や雪庇からの落雪による死者も出た3月。コンクリート壁のような怖い落雪。歩くときは、屋根も気をつけねばならない。運が悪ければ危ない2月、3月。
2013.03.04
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