書き出すとブログって不思議。
見ぬ人々に書いてる。
天国の人々への通信のつもりが、
変化して来て、この世の人々につながっている。

母が亡くなった。
子供達への手紙を私が読み上げた。
1枚の用紙を読んで行くうちに凝縮して書かれた文面から感謝の意を
どの様に描けるのかとしんどかったろうと思った。
母はどの人にも理解できるように書いていた。
我が家に帰り、ひとり読み返しているうちに
あれもこれもあったでしょうにが出てきた。
そして、歳を重ねても子である自分に気づいた。
子はいつまでも親にもっともっとと甘えたがるものかと。
長男の嫁としての位置関係で親子関係に終始した母の手紙だった。
母は手紙をいつ書く気持ちになったのか。
どんな時に書いたのか、涙なしで書いたのかなど
遺された1枚の手紙から想像した。そのうち風に消されていくであっても。
そして、我が身の今後の身の振り方をふと覚えた。
1枚の手紙を渡した兄は、電話で原本を紛失したとがっかりしていた。
それぞれに在るコピーだけが唯一の母の最期の手紙。
付添い、お葬式が終わってから、体調を崩したのも
ある意味、亡き母への私流の弔いと感謝なのか。
今度の納骨までに私たち兄弟、それぞれに心も整理されてるだろう。
一人の時代の終わりと
そして、その一人に続いてる線。
小さな星屑の小さな存在。
されど愛おしい存在。
そう思えるに感謝、