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2007.08.12
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カテゴリ: カテゴリ未分類
ゆうべははだしのゲンを観て、
泣いてボロボロになって寝ました。



一眠りした時、かすかに幼い頃のことが
夢となって現れてきました。
その時の感情と共に。



私は、実の両親が離婚した後、
現在の両親のもとに行くまでの間の2ヶ月間、
実の父の姉(叔母さん)の家に預けられていました。

叔母さんには子どもが2人いて、

夫&お舅さん&お姑さんとも一緒です。
自分の弟の離婚によって、
幼い姪を2人も預かっているわけで、
さぞかし肩身が狭かったことと思います。

私は私で、自分自身がまだ3歳にも満たない上に、
1歳半の妹と一緒に、
叔母さんの家に預けられているわけで…
可愛がってくれる親も側にはいず、
子どもなりに気を遣いながら生活していたようです。
(全く覚えていないけれど)
私が今の両親のもとにやってきた頃は、

しばらくは妹のことばかり話していたそうです。
「真○美にはね、赤ちゃんがいるの。
 さ○りちゃんっていうんだよ。
 真○美、可愛がってたの。」
と。

幼いながらも、妹を守ろうと頑張っていたのでしょう。

叔母さんはかなり厳しく私をしつけたそうです。
この先どんな家庭に行くことになるかわからないことを思い、
幼い私には酷なほどしつけは厳しかったそうです。
家裁で今の両親が叔母さんと会った時、
叔母さんは泣きながら
「この子は恨んでいるかもしれないけれど…
 ああすることが一番良いと思ってしたことだった。」
と話していたそうです。



はだしのゲンの中で、
お母さんの友人の嫁ぎ先を頼って、
しばらく住まわせてもらう場面がありました。
きっと、あれを観て、
私の中の幼い頃の記憶が
また一つ浮上してきたのでしょう。
目覚めた時、私は泣いていました。



今なら、私にも叔母さんの立場がよくわかります。
昨日はだしのゲンを観たことで、
さらに実感が深まりました。
また、それと同時に、
幼い私が気を遣いながら精一杯頑張って生きていたことも、
ゲンたちの生活を通して改めて感じることができました。
何しろ、私の中にはあの頃の記憶がほとんどないので、
認めようにも許そうにも、
聞いた話から客観的に判断するしか手だてがなかったのです。
今回はだしのゲンを観ることによって、
そんな幼い頃の自分の生活やその時の感情などを、
追体験することができたような気がしています。



また一つ、
自分の中の感情を成仏させることができました(^人^)





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最終更新日  2007.08.12 09:24:33
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