白鵬翔 07年NEWS41

 時事 5月 千秋楽
<抜粋>
北の深い海に魚がいた。その大きさたるや幾千里。鳥に化身して大空を飛んだ。名を「鵬」という-。1959年夏場所、新十両に昇進した18歳の新鋭力士に、師匠が荘子の「逍遙遊」から取ったしこ名を付けた。「大鵬」の誕生だった。番付表で見るまで「大砲」だと思っていた本人は、見たことのない字に驚き、意味を聞いて「武者震いした」。のちの大横綱、現在相撲博物館長の納谷幸喜さんは「しこ名に負けちゃいかんと、夢中でけいこした」と振り返る。以後、あやかろうと「鵬」が付いた力士が多数生まれた。白鵬もその1人。大関以上になったのは白鵬が初めてだった。もちろん、横綱も初めて。色白だから白鵬と名付けられたが、「ハクホウ」は大鵬と柏戸が競った「柏鵬時代」につながる。白鵬を指導している熊ケ谷親方(元幕内竹葉山)は納谷さんから「『白』に木ヘンを付けたらどうか」と勧められた。恐れ多くて実現していないが、納谷さんは「白鵬にはわたしの柔と柏戸さんの剛がある。横綱らしい堂々とした相撲を取ってほしい」と期待している。(了)  



 時事 5月 千秋楽
<抜粋>
親方は「最初は、せいぜい幕内までだと思った」と述懐する。白鵬は2000年秋、旭鷲山(引退)を頼って来日。母国の仲間とともに受け入れ先の相撲部屋を待っていたが、175センチ、68キロの少年に声を掛ける部屋はなかった。当時は宮城野親方として弟子を育てていた親方は、モンゴル人入門希望者の情報を聞き、部屋関係者に「一番若く、すらっとした子を取れ」と、スカウトに向かわせた。条件に合ったのが白鵬だったが、初対面の時は想像以上の細身に目を疑ったという。入門直後はけいこもさせずに徹底的に食べさせた。親方は「本人は何でけいこをしないのかと思ったはず」と言うが、2カ月半後には80キロで春場所の新弟子検査をパス。「日に日に体が大きく、相撲も強くなっていった」その後、元十両の金親が宮城野部屋を継ぎ、親方は熊ケ谷を名乗って部屋付きになっても、「日本の父」として白鵬を鍛えてきた。部屋から自転車で国技館へ通う庶民的な親方。今場所は験を担ぎ、主に自宅のテレビで白鵬の取組を見た。現役時代は幕内経験2場所。小柄で地味だが、鼻を骨折した後も頭で当たる相撲を通した闘志の人。横綱になるまな弟子には「心が一番。日本人の気持ちを持って、礼儀作法がしっかりした人間になること」と注文を付けた。(了)  



 時事 5月 千秋楽
<抜粋>
◇申し分ない相撲
放駒審判部長(元大関魁傑) (白鵬は)きょうも申し分のない相撲だった。今場所は危ない相撲が1、2番だけで立派なものだ。毎場所、結びの一番できょうのような相撲を取ってほしい。
◇がっぷりなら誰も勝てない
九重審判部副部長(元横綱千代の富士) (白鵬は)どれだけ強くなるのか分からない。がっぷり(四つ)になれば勝てる者はいない。もっとけいこをすれば、もっと末恐ろしくなる。
◇自分の相撲を取った
北の湖理事長(元横綱) 白鵬は自分の相撲を取り切ったのが全勝につながった。内容が安定していた。横綱審議委員会に諮問する。もっと、こうなったら負けないという形をつくれば優勝回数も増える。そういう力士になってほしい。
◇これからが試練
元横綱大鵬の納谷幸喜相撲博物館長 白鵬は相撲が良くなってきた。先場所までは足が流れていたが、今場所は右足が出ていた。しかし、これからが試練だ。勝つだけじゃなく、伝統文化を学び、人間性も鍛えていかないといけない。(了)  



 スポニチ 5月 28日
<抜粋>
決定打は育ての親、熊ケ谷親方(元幕内・竹葉山)の言葉だった。「若くして横綱になった人は短命ではない。自分が歴史をつくればいいじゃないか」。吉葉山は、新十両が決まった1943年に兵役で4年間、土俵を離れた。戦後に復帰し、54年に全勝優勝して33歳で第43代横綱に昇進したが、戦争で負った足のケガや病気に泣かされ、横綱で一度も優勝することなく、在位17場所で引退。宮城野部屋を創設した。悲運の横綱の無念を晴らす思いが、土俵上での宣言に込められた。先場所、優勝決定戦の立ち合いで変化して破った朝青龍を、今度は文句のない内容で下した。放駒審判部長(元大関・魁傑)は千秋楽後に、北の湖理事長に臨時理事会の招集を要請。28日の横綱審議委員会で3分の2以上の賛成を得て、理事会で満場一致となれば、30日にも「第69代横綱・白鵬」が誕生する。土俵入り初披露となる6月1日の明治神宮奉納土俵入りでは、国技館に残っている吉葉山の化粧まわしを使用する。「強い横綱を目指したい」。1つの目標を達成した白鵬は、悲運の先輩の意思を心と土俵入りに刻みながら、新たな闘いに挑む。  



 スポニチ 5月 28日
<抜粋>
大相撲夏場所を初の15戦全勝で制し、2場所連続優勝で69人目の横綱昇進を確実とした大関白鵬が千秋楽から一夜明けた28日午前、東京都墨田区の宮城野部屋で記者会見し「いい気持ち。最高の一日でした」と笑顔で喜びを口にした。前夜はテレビ番組出演後に同期生らと祝杯を挙げ、ほとんど睡眠をとっていないという白鵬。眠そうな目をこすりながら、3度目の挑戦で綱とりを成し遂げたことについて「まだ分かんない。連続優勝して、やったなあという感じ。でもみんなに好かれる横綱になりたいですね」と静かに話した。モンゴルの国民的英雄で父のムンフバト氏も、白鵬と同じ22歳の時に3度目の優勝で横綱になったという。「それもまた、不思議なんだなあと思った」。この日夕の横綱審議委員会の推薦を受け、30日に「横綱白鵬」が正式に誕生する。  



 日刊スポーツ 5月 28日
<抜粋>
大関白鵬(22=宮城野)が横綱昇進に花を添えた。横綱朝青龍(26)を上手出し投げで破り、自身初の全勝Vを飾った。綱とり場所での15戦全勝は、1場所15日制となった49年夏場所以降、吉葉山、輪島、貴乃花に続いて4人目。また、横綱昇進伝達式での口上に「日蒙友好」を希望していることも27日、分かった。今日28日の横綱審議委員会への諮問、30日の番付編成会議と理事会を経て第69代横綱白鵬が誕生する。負けられなかった。「横綱対決前哨戦」は50秒を超える大相撲になった。白鵬は突っ張り合いから右四つに組み、最後はこん身の力を込めた左腕で朝青龍を投げた。思わず出たガッツポーズに「横綱に勝ってこそ、本当の横綱になるんだと思った」。前日26日に来日した両親と2人の姉の前で、初の全勝で優勝に花を添えた。正式な横綱昇進は30日に決まるが、優勝インタビューでは早くも「横綱の名に恥じないよう、来場所も頑張ります」と宣言した。すでに昇進準備を着々と進めている。昇進伝達式で述べる口上には「日蒙友好」のメッセージを盛り込むつもりだ。2月に紗代子夫人(23)と結婚したが、日本人との結婚にモンゴルの実家には嫌がらせ電話が相次いだ。「自分はモンゴルで応援してくれる人のために頑張っている。日本でも多くの人に支えられてここまできたのに」。横綱になって、2カ国の懸け橋になろうと決意した。現夫人と考えた大関昇進時の口上「全身全霊」と同じように、今回も2人で熟考して決める。土俵入りの型についても「不知火型に決めた」と宣言した。短命力士が多いため難色を示していたが、14日目の朝、入門時から指導する熊ケ谷親方(元前頭竹葉山)に「ジンクスを破ります!」と伝えた。昭和30年代に宮城野部屋を再興した第43代横綱吉葉山と同じ型。初の土俵入りは来月1日の明治神宮奉納土俵。すでに、宮城野部屋所属の第24代横綱鳳の太刀を相撲博物館から借り、吉葉山の三つぞろいの化粧まわしも準備した。3度目の優勝で初めて妻子とともに優勝記念写真に収まった。大声のバンザイが繰り返される中、ぐっすり眠る愛娘を見つめ「頼もしいね」。綱とり15日間の戦いを終えて土俵を下りた白鵬が、このときばかりは22歳の新米パパの顔に戻った。【近間康隆】  



 毎日 5月 28日
<抜粋>
【横審マイク集】
▽石橋義夫委員(共立女子学園理事長) 千秋楽で横綱同士の勝負をするようでないと大相撲本来の姿ではない。推薦した以上、責任もある。こちらもいろいろ教えて、間違ったことがあれば正すようにしないと。白鵬はまじめだし、相撲もそういう風にやってきた。
▽内館牧子委員(脚本家) 朝青龍とはキャラクターも違う。相乗効果がいい方向に出ると思います。これから二人で切磋琢磨(せっさたくま)してほしい。
▽鶴田卓彦委員(元日本経済新聞社相談役) 前半はちょっと力不足と思う相撲が二、三番あったが、後半は意気込みから違っていた。もっと強くなって他の力士の見本になるようないい相撲をとってほしい。
▽船村徹委員(作曲家) 細かいことを言うと、みんなの模範になるようマナーに十分気をつけてほしい。しっかりした横綱相撲を取ってもらいたい。
▽六代目沢村田之助委員(歌舞伎俳優・人間国宝) 体も大鵬さんに匹敵するような立派なものを持っている。これからは朝青龍が引っ張られていってワンマンな状態から抜けていってほしい。
▽山田洋次委員(映画監督) ファンに愛される横綱になってほしい。なんと言っても久々に横綱が誕生したことがうれしい。
▽松家里明委員(弁護士) 最高に素晴らしかった。成績も良かった。良いところはいっぱいある。
▽井手正敬委員(元JR西日本相談役) 技と体は十分。心については礼に始まり礼に終わると言うことを守ってほしい。
▽内山斉委員(読売新聞グループ本社社長) 一人横綱というのは、飛行機が片翼で飛んでいるようなもの。やっと東西に横綱がそろって正常に戻る。両横綱の対決で大いに相撲を盛り上げてほしい。
▽大島寅夫委員(中日新聞社社長) 人格、力量とも文句なし。力士の模範になれる横綱になってもらいたい。白鵬にはそれだけの品格も備わっている。久々の両横綱がそろって次の名古屋場所が楽しみ。
▽守屋秀繁委員(鹿島労災病院長) 協会には、今後も心技体に優れた横綱として育て上げてほしいとお願いした。二人横綱になって私たちの期待は高まっています。  



 デイリースポーツ 5月 29日
<抜粋>
春、夏場所と連続優勝した大相撲の大関白鵬(22)が28日、横綱審議委員会(横審)から満場一致で横綱昇進の推薦を受けた。母国モンゴルでも祝賀ムードが盛り上がっており、白鵬を国内の硬貨にデザインする計画があることがこの日、分かった。来日の手引きをした恩人で、昨年の九州場所中に引退した元小結旭鷲山が明かしたもので、過去にはチンギス・ハンら歴史上の人物しか用いられたことがないという。横綱内定に加えて、もう一つ“吉報”が届いた。モンゴル国民が普段の生活で使う硬貨のモデルに白鵬が抜てきされるというのだ。旭鷲山は「知り合いの政治家が話していた。お父さんのムンフバトさんもモンゴル相撲の横綱。横綱の息子が横綱になるのはすごい、ということで話が出た」と解説した。過去を見てもモンゴル建国の祖、チンギスハンのような歴史上の英雄が起用されるのが大半で、スポーツ選手は初めてだという。01年に旭鷲山をモデルにした日本とモンゴルの友好を記念した切手が発行された例はあるが、硬貨となれば「それよりすごい」(旭鷲山)ことになる。まだ計画段階とはいえ、大相撲の実績で上回る朝青龍も成し遂げていない快挙。モンゴルでは白鵬を「チンギスハンの子孫の力持ち」と紹介するテレビCMも放映され始めている。母国での存在感という面では、正式な昇進前から、朝青龍超えを果たしてしまった。母国が祝賀ムードに包まれる中、この日に開かれた横審で、満場一致で新横綱に推薦された。電話で報告を受けると満面の笑みを浮かべ、「期待に応えられるように頑張りたい。みんなに好かれるいい横綱になりたい」と意欲を見せた。30日の理事会を経て、「第69代横綱白鵬」が誕生する。伝達式の口上は四文字熟語を織り込んだものになる予定だ。関係者からは「一生懸命」や「勇猛邁進(まいしん)」などの案が上がっているが、最終的には妻・紗代子さんと2人で話し合って決める。日本とモンゴル2カ国の顔として、白鵬が世界に羽ばたく。  



 日刊スポーツ 5月 29日
<抜粋>
思わず笑みがこぼれた。一睡もせずに臨んだ午前中の優勝一夜明け会見と違い、4時間の昼寝ですっきりした表情だった。午後5時43分。横綱審議委員会の答申を受け、白鵬は「みんなから好かれるいい横綱になるよう、心技体を磨きたい」と意気込んだ。目指す横綱像に「まずはうちのお父さん。横綱といえばお父さんだから」と答えた。父ムンフバトさんはモンゴル相撲の名横綱。レスリングでも68年メキシコ五輪87キロ級でモンゴル初のメダリスト(銀)となった国民的英雄だ。白鵬は「父も3度目の優勝で、22歳で横綱になった。不思議ですね」と話した。偉大な父が熱望しているのが、母国の大草原で行う「親子横綱土俵入り」だ。ムンフバトさんは「親と子が2人とも横綱になった例はない。できれば今年中に、モンゴルで2人で土俵入りをしたい」という。大相撲とモンゴル相撲の違いはあるが、世界的に例がない「親子横綱」。父が、タカが空から舞い降りるようなポーズのモンゴル相撲の土俵入りを見せ、続いて白鵬が不知火型で土俵入り。夢のような計画が実現に向かっている。「モンゴルの子供たちに、自分のようになりたいと思ってもらえたらいいですね」と白鵬。すでに、羽黒山の昔の映像を見ながら不知火型の土俵入りを勉強している。「綱ができたら、間違いないように練習しなきゃ」。尊敬する父とともに立つ、母国での晴れ舞台が待ち遠しい。【近間康隆】  



 デイリースポーツ 5月 28日
<抜粋>
大相撲の横綱審議委員会(横審)が28日、東京・両国国技館で開かれ、日本相撲協会から諮問を受けた大関白鵬の横綱昇進問題について審議した結果「朝青龍にはなるな」という異例の“条件”つきで12人全会一致で横綱に推挙した。30日の番付編成会議、理事会を経て正式に第69代横綱白鵬が誕生する。横審が実力文句なしの白鵬につけた注文は「品格」だけだった。海老沢勝二委員長は「白鵬にはしっかりけいこをしてもらいたい。けいこ不足で先場所終盤4連敗した朝青龍のようにはなってほしくない」。内館牧子委員も「朝青龍のやってはいけないところはやらないように」と、ともに厳しい言葉を送った。また内館委員は白鵬の指導責任は誰が持つのかと北の湖理事長(元横綱北の湖)に質問。北の湖理事長は「今まで指導してきたのが熊ケ谷(親方=元幕内竹葉山)だから、これからも熊ケ谷です」と話したという。宮城野親方(元十両金親)は“騒動”の渦中におり、あたかも“師匠失格”の烙印(らくいん)を押されたかのようだった。  



 時事 5月 29日
<抜粋>
横綱昇進の正式決定が翌日に迫った白鵬は29日、東京都墨田区の宮城野部屋で「だんだんと、横綱になるかなという実感がわいてきた」と、相撲協会からの使者を待つ心境を語った。伝達式で述べる口上は「しっかりきょう決めて、覚えたい」と、まだ思案している様子。昨年春場所後の大関昇進の際は「全身全霊」という言葉を使った。「あの時は止まらずに言えたので、今回もスムーズに言えればいい」と緊張は見られなかった。この日は、綱を作るための麻もみが立浪一門の若い衆約40人で行われた。その様子を白鵬とともに眺めた父のジジド・ムンフバトさんは「みなさんの努力でできた貴重な物を着けることで、横綱の命も長くなるようにと祈っている」と息子への期待を語った。(了)  



 朝日 5月 29日
<抜粋>
温厚で篤実。周囲の忠告を素直に聞き、厳しい上下関係にも耐えた。来日から約6年半、白鵬は外国人力士の模範生として出世街道を歩んできた。醜聞で角界をにぎわす朝青龍とは対極の存在として。だが…。夏場所前の今月1日。大島部屋を訪れた白鵬は、7歳上の十両力士を平手打ちするなど、度を越したけいこであしらった。「横綱が激しいけいこをやったと聞いたから、気合を入れたんだ」。前日、朝青龍が新小結豊ノ島を手荒なけいこで負傷させたばかり。その記事に触発されたという。「抗議の手紙が束になってきた。ああいう人じゃないのに」と横綱審議委員会の内館牧子委員。白鵬の“暴走”は好角家を驚かせ、失望させた。礼に始まり礼に終わるのが力士の美徳。白鵬は「品格」に不安を残しながら、角界の頂点に立とうとしている。父はモンゴル相撲の元横綱。国民に英雄とあがめられた。白鵬はいわば御曹司。15歳で来日した当初、恩師の熊ケ谷親方(元幕内竹葉山)に棒でたたかれ、「父にもたたかれたことがないのに」と口ごたえした。そんな逸話も、温室育ちの柔和な性格が下地にあることをうかがわせる。18歳で十両昇進を果たし、周囲は年長者ばかり。元宮城野部屋力士の鈴木正啓さん(33)は一昨年九州場所までの約3年間、付き人を務めた。「負けても周りに当たらない。兄弟子には言葉も丁寧。本当に気は楽だった」朝青龍の粗暴な言動が報じられる度に、周囲は「まねをしちゃいけない」と諭した。一方で、関取になりたての白鵬は、よく横綱の誘いも受けた。反面教師でありながら、その息がかかる微妙な立場。今でこそ2人の関係は冷えているとされるが、“暴走”の一件は、白鵬が横綱の影をぬぐえていないことを示す。土俵の美徳は失われつつある。敗れた腹いせに座布団をけ飛ばした朝青龍の醜態。夏場所千秋楽で、朝青龍を投げた白鵬のガッツポーズ。「淡々とやればいい。礼に始まり礼に終わるの見本になれ」と元横綱大鵬の納谷幸喜・相撲博物館館長は厳しいが、白鵬はその境地に達していない。以前、白鵬の自室には、母国モンゴルの始祖チンギスハンの肖像画が飾られていた。武力で世界最大の帝国を築いた偉才。「強い人が一番という感覚は、白鵬の血にも流れている」。部屋関係者は血がいつ沸き返るかと不安でならない。今のところ血は静まっている。地方場所ではファンを並ばせ、気さくにサインに応じる。優勝から一夜明けた28日には「誰にも好かれる横綱になりたい」と理想を掲げた。朝青龍の対極として「品格」をどう紡ぐのか。課題山積の船出となる。(大相撲取材班)  



 スポーツ報知 5月 30日
<抜粋>
大関・白鵬(22)=宮城野=の69代横綱昇進が30日午前、東京・両国国技館で開かれる番付編成会議と理事会で正式に決定する。29日には東京・墨田区の宮城野部屋で、土俵入りで使う綱の麻もみが行われたが、新しく贈られる三つぞろいの化粧まわしのデザインが「富士山」になることが分かった。会見した白鵬は「だんだん実感がわいてきた」と、緊張感が高まってきた様子。昇進伝達式の口上には、四文字熟語を入れる予定だ。日本一の男になりたい。白鵬が「富士山」の化粧まわしで横綱土俵入りをする。宮城野部屋の横須賀後援会から贈られる化粧まわしは、画家で前横綱審議委員会委員の川崎春彦氏が描くが、後援会関係者によると、白鵬自ら富士山と月を入れることを希望したという。川崎氏は貴乃花(現親方)の横綱昇進時に「赤富士」の化粧まわしを描いたことで有名。太刀持ちと露払いには、満月と三日月が入っている。白鵬は尊敬する貴乃花と同じ富士の絵柄をまわしに入れることで、日本の国技を背負って立つ決意を表すと同時に、大横綱の魂を引き継ぐつもり。お披露目は、7月の名古屋場所となる見込みで、6月1日の明治神宮奉納土俵入りと、同2日の旭鷲山断髪式(両国国技館)では、相撲博物館から、宮城野部屋中興の祖・吉葉山(デザインは金獅子)のものを借りる。立浪一門約40人の力士による麻もみに立ち会った白鵬は「みんなが作ったものを着けるので、土俵入りは精いっぱいやりたい」と表情を引き締めた。31日には父・ムンフバトさん(65)と、都内で横綱“初仕事”となる講演会を行う予定。「だんだん横綱になる実感がわいてきた。楽しみですね」大勢の報道陣に囲まれ、晴れ舞台に思いをはせた。伝達式の使者は大島親方(元大関・旭国)、春日山親方(元幕内・春日富士)に決定。大関昇進時の口上には「全身全霊」の言葉を入れたが、今回も四文字熟語を入れる予定で「多少緊張してきました。スムーズに言えるようにしたい」と笑顔。5月30日、第69代横綱・白鵬が誕生する。
◆化粧まわし 前垂れに紋様や図案が描かれたまわしで、十両以上の関取が土俵入りの時につける。主に博多織や西陣のつづれ織りを採用。素材には緞子(どんす)と呼ばれる絹織物を用いている。大きさは力士の体格によって違うが、重さは10~15キロ。長さは5~7メートル。幅は約70センチ。1本約200万円で、主に昇進時に後援者などから贈られる。横綱のものは太刀持ち、露払いを務める力士と3本1組みで作られ、三つぞろいと呼ばれる。また、前垂れの下端に紫色を使えるのは横綱、大関だけ。  



 スポニチ 5月 30日
<抜粋>
日本相撲協会は30日午前、東京・両国国技館で名古屋場所(7月8日初日・愛知県体育館)の番付編成会議と理事会を開き、東大関白鵬(22)=本名ムンフバト・ダバジャルガル、モンゴル出身、宮城野部屋=の69人目横綱昇進を満場一致で正式に決めた。新横綱の誕生は、同じモンゴル出身の朝青龍以来で4年4カ月ぶり。相撲協会は東京都墨田区の宮城野部屋に大島理事(元大関旭国)と春日山親方(元幕内春日富士)を使者として派遣し、昇進を伝達。白鵬は「謹んでお受けいたします。横綱の地位を汚さぬよう、精神一到を貫き、相撲道に精進いたします」と力強く口上を述べた。22歳2カ月での昇進は北の湖、大鵬に次ぎ、貴乃花を抜いて史上3番目の若さ。これで21場所続いた朝青龍の一人横綱が終わり、来場所からは史上初めて東西の横綱にモンゴル出身力士が並ぶ。白鵬は右四つの安定した相撲を取り、夏場所は初の15戦全勝で2場所連続3度目の優勝を達成。28日の横綱審議委員会では満場一致で横綱に推薦されていた。横綱土俵入りは両腕を伸ばしてせり上がる不知火型。
◆白鵬 翔(はくほう・しょう=本名ムンフバト・ダバジャルガル)東大関、モンゴル・ウランバートル出身、宮城野部屋。メキシコ五輪のレスリング銀メダリストでモンゴル相撲の元横綱ジジド・ムンフバト氏を父に持ち、01年春場所初土俵。昨年春場所後に大関に昇進。優勝3回、殊勲賞3回、敢闘賞1回、技能賞2回。得意は右四つ、寄り、上手投げ。ことし2月に結婚し、今月長女が誕生した。192センチ、155キロ。22歳。
▼白鵬の話 やっと(横綱の)実感がわいた。口上はすごく意味がよくて、自分の進んでいる道に集中していけば達成する。もっとけいこに精進して頑張りたい。大横綱になるため、心技体そろって、常に自分の相撲を磨いていくしかない。
▼北の湖理事長(元横綱北の湖)の話 満場一致で推挙を決めた。まだ22歳と若いが、横綱として力士の模範となるように頑張ってもらいたい。これから先は長い。相撲道に精進してほしい。
▼放駒審判部長(元大関魁傑)の話 今まで以上にプレッシャーがかかると思うけど、強い横綱になってほしい。東西に二人の横綱が並んで、番付のバランスが取れる。千秋楽の結びの一番で横綱同士の対決が組めるのはいいんじゃないか。 【夏場所写真特集】  



 スポニチ 5月 30日
<抜粋>
白鵬の父ムンフバトさんは妻タミルさんとともに息子の伝達式を感慨深げに見守った。「日本に来て、白鵬としてここまで来られたことは、言葉では言い表せない。国民に愛される立派な横綱になってほしい」と、目を潤ませていた。自らもメキシコ五輪のレスリング銀メダリストであり、モンゴル相撲の大横綱。白鵬が口上で用いた「精神一到」の文言に触れ「モンゴルにも、似たような言葉がたくさんある。横綱の心構えとしてこれ以上のものはない」と褒めていた。  



 スポニチ 5月 30日
<抜粋>
横綱に昇進した白鵬が6月2日に東京・両国国技館で行われる同じモンゴル出身の旭鷲山の引退断髪式で、不知火型の土俵入りを“お披露目”することが30日、分かった。モンゴル出身力士の草分け的存在でもある旭鷲山が、細身でどの部屋も取らなかった白鵬を頼み込んで宮城野部屋に入れてもらったのは有名な話。以来、白鵬は旭鷲山を実の兄のように慕っており、今回は恩返しの意味を込めて土俵入りを行うことになった。白鵬は6月1日に東京・明治神宮で奉納土俵入りを行うが、国技館の土俵でファンを前に晴れ姿を見せるのはこれが初めてとなる。「自分の引退相撲の直前に白鵬が横綱になるなんて素晴らしい縁を感じます。土俵入りは自分も本当に楽しみ」と旭鷲山。現在調整中だが、旭鷲山が太刀持ちを務める可能性が高いという。  



 読売 5月 30日
<抜粋>
日本相撲協会は30日、東京・両国国技館で名古屋場所(7月8日初日、愛知県体育館)の番付編成会議と理事会を開き、夏場所で2場所連続優勝を15戦全勝で飾った大関白鵬(22)(本名ムンフバト・ダバジャルガル、ウランバートル出身、宮城野部屋)の第69代横綱への昇進を正式に決めた。新横綱の誕生は2003年初場所後の朝青龍以来、4年4か月ぶり。名古屋場所番付は22場所ぶりに東西に横綱がそろう。東西の横綱をモンゴル出身力士が独占するのは初めて。22歳2か月の白鵬は、北の湖、大鵬に次ぐ年少横綱。相撲協会からは直ちに大島理事(元大関旭国)と春日山審判委員(元幕内春日富士)の両親方が使者に立ち、東京・墨田区の宮城野部屋で白鵬と師匠の宮城野親方(元十両金親)に満場一致での昇進を伝えた。白鵬は「横綱の地位を汚さぬよう、精神一到を貫き、相撲道に精進致します」と口上を述べた。モンゴル相撲の大横綱でもある父・ムンフバトさん(65)も、来日して伝達式を見守り<親子横綱>の誕生に感慨無量の様子。新横綱白鵬は記者会見に臨み、「大横綱になるためには心、技、体をそろえて、自分の相撲を磨いていくしかない」と決意を語った。  



 時事 5月 30日
<抜粋>
入門当時から白鵬を指導してきた熊ケ谷親方(元幕内竹葉山)は「うれしいですよ。何とも言えない。まさかこんなにまで育てられるとは思わなかった」と感極まった表情で語った。「精神一到…」の口上は前夜遅く、白鵬が伝えにきたという。「自分に足りないものはこれ(精神)なんだと考えてきたんでしょう。(今後は)精神的な部分を磨いていってほしい」。苦労人らしい注文を付けた。(了)  



 時事 5月 30日
<抜粋>
大相撲の大関白鵬が30日、史上69人目の横綱に昇進した。「横綱の地位を汚さぬよう、精神一到を貫き、相撲道に精進いたします」。午前9時すぎ、東京都墨田区の宮城野部屋に相撲協会の使者を迎えた白鵬は、力強く口上を述べた。口上は前夜になって決めたという。「精神一到、何事不成(何事か成らざらん)」。朱子の教えに基づく4文字に、精神を集中して努力し、偉業を成し遂げてみせるとの決意を込めた。 「1回読んだら覚えるんで、そう苦労しなかった」と話したが、使者を待つ間、硬い表情で部屋の窓に向かい、時折何やらつぶやくなどして集中力を高めた。出来は「満点じゃないですか」。晴れ姿を、モンゴルから来日した両親も見守った。「元気なうちにいいところを見せられた」と白鵬。優勝は夏場所で3度目。今後の目標に大鵬、北の湖、千代の富士、貴乃花、朝青龍と優勝20回以上の横綱の名を挙げ、「一つでも近づけるように頑張りたい」と誓った。31日は綱打ちが行われ、不知火型の土俵入りのけいこ。6月1日には東京・明治神宮で横綱推挙式に臨み、土俵入りを奉納する。(了)  



 時事 5月 30日
<抜粋>
横綱昇進が正式に決まった白鵬は30日、伝達式後に記者会見し、意気込みを語った。一問一答は次の通り。
-今の心境は。
「やっと実感がわいてきた。(口上の出来は)いいんじゃないですかね。ちょっと緊張した」
-口上の意味は。
「幾つかあったが、きのう一つに絞った。自分の進む道を集中して行けば、夢を達成できる(という意味)。熊ケ谷親方(元幕内竹葉山)、お父さんと相談して決めた。(出来は)満点じゃないですかね」
-両親の前で晴れ姿を見せた。
「元気なうちに、一番いいところを見せられたのがうれしい」
-どんな横綱になりたいか。
「大鵬さん、九重親方(元横綱千代の富士)、北の湖理事長、貴乃花親方、朝青龍関に一つでも(優勝回数が)近づけるように頑張りたい。『心・技・体』をそろえ、常に自分の相撲を磨きたい」(了)  



 時事 5月 30日
<抜粋>
伝達式後の記者会見には、モンゴルから来日した白鵬の両親も同席した。ともに民族衣装をまとい、息子の晴れ姿を誇らしげに見詰めて感無量の様子。モンゴル相撲の横綱で、レスリングの五輪メダリストでもある父のジジド・ムンフバトさんは「横綱という名は本当に重い。(日本の)みなさんの期待や希望を果たすことが一番」。母のタミルさんも「精神一到という本人の言葉通り、頑張ってもらいたい」と期待を込めて話した。(了)  



 スポニチ 5月 30日
<抜粋>
横綱に昇進した白鵬が6月2日に東京・両国国技館で行われる同じモンゴル出身の旭鷲山の引退断髪式で、不知火型の土俵入りを“お披露目”することが30日、分かった。モンゴル出身力士の草分け的存在でもある旭鷲山が、細身でどの部屋も取らなかった白鵬を頼み込んで宮城野部屋に入れてもらったのは有名な話。以来、白鵬は旭鷲山を実の兄のように慕っており、今回は恩返しの意味を込めて土俵入りを行うことになった。白鵬は6月1日に東京・明治神宮で奉納土俵入りを行うが、国技館の土俵でファンを前に晴れ姿を見せるのはこれが初めてとなる。「自分の引退相撲の直前に白鵬が横綱になるなんて素晴らしい縁を感じます。土俵入りは自分も本当に楽しみ」と旭鷲山。現在調整中だが、旭鷲山が太刀持ちを務める可能性が高いという。  



 時事 5月 30日
<抜粋>
30日、大相撲69人目の横綱に昇進した白鵬(22)=本名ムンフバト・ダバジャルガル、モンゴル出身=が育った宮城野部屋は、所属力士10人(夏場所現在)。付け人も足りない小部屋から、白鵬は大きく羽ばたいた。集団生活の中で規律を学び、競争意識も高まるのが大部屋の良さなら、きめ細かな指導と家族的雰囲気が小部屋の良さ。入門時に68キロしかなかった白鵬は、小所帯ですくすく成長した。夏場所千秋楽の優勝パレード。白鵬は幕内龍皇ではなく、十両のベテラン光法に旗手を頼んだ。入門当時に部屋頭だった11歳年上の兄弟子。翌日の一夜明け記者会見で「入ったころ、光法関は親方より身近な存在で、相撲を教えてもらった。宮城野部屋を引っ張ってくれた」と白鵬。胸が詰まったような声で話した。白鵬が幕下だった4年前、光法が熊ケ谷親方(元幕内竹葉山、当時宮城野親方)に「こいつは強くなりますよ」と言った。「せいぜい幕内」と思っていた親方は、番付を駆け上がる白鵬を見て、「実際にぶつかる方が力が分かるんだな」と感心したという。1年早く初土俵を踏んだモンゴルの先輩、龍皇とは、互いにいいけいこ相手。夏場所は龍皇も新入幕で10勝と大健闘した。「白鵬関とけいこしているから」と龍皇。白鵬の入門後、複雑な部屋継承劇があり、表向きの師匠は宮城野親方(元十両金親)、実質的な指導者は熊ケ谷親方という微妙な空気が流れる部屋だが、力士たちは白鵬の晴れの日を心から喜んだ。伝達式後恒例の騎馬。新横綱を担いでほほえむ龍皇と光法の姿があった。(了)  



 NIKKEI 5月 30日
<抜粋>
大相撲の新横綱白鵬は6月1日の奉納土俵入り(明治神宮)で、宮城野部屋を再興した吉葉山の三つぞろいの化粧まわしを使用する。1950年代に活躍した美男の横綱吉葉山も不知火型の土俵入り。化粧まわしには当時、黒沢明監督の映画「羅生門」がベネチア国際映画祭でグランプリを受賞したのにちなんで金獅子が描かれている。相撲博物館に保管されていたものを一部修繕して使うという。また太刀持ちの太刀は、大正時代に宮城野部屋で横綱となった鳳が大隈重信から授与されたものとなる。中身は違うが、さやは90年以上前のものをそのまま使用するという。   



 スポニチ 5月 31日
<抜粋>
大相撲の69人目の横綱に昇進した白鵬が土俵入りで使用する新しい綱を作る「綱打ち」が31日午前、東京都墨田区の宮城野部屋で行われ、真新しい綱が完成した。白鵬が所属する立浪一門の関取や幕下以下の力士らが、けいこ場でまわし姿になり、約1時間にわたって行った。1950年代に活躍し、引退後に宮城野部屋を再興した元横綱吉葉山の化粧まわしを着けた白鵬は、出来上がったばかりの綱を腰に締めると満面の笑みを浮かべた。この日は引き続き、現役時代は白鵬と同じ不知火型だった安治川親方(元横綱旭富士)の指導により、土俵入りのけいこ。6月1日には東京都渋谷区の明治神宮で奉納土俵入りを披露する。
▼白鵬の話 土俵入りは難しいですね。綱を締めたときは、腰が砕けそうになった。やっとここまで来たなと思った。初めてだから、一つ一つが大変だった。
▼土俵入りを指導した安治川親方の話 おれより上手だ。(土俵入りの)型というのは、それぞれの個性で自分なりにつくっていくもの。白鵬は足腰がいいから、せり上がりが格好良かった。  



 読売 5月 31日
<抜粋>
大相撲の白鵬関の横綱昇進が正式に決まった30日、名古屋場所の宿舎がある名古屋市緑区鳴海町では新横綱への期待が高まった。新横綱として初めて上がる名古屋場所は7月8日から県体育館で始まる。同町の淨泉寺は昨年から宮城野部屋を受け入れている。綱取り場所だった1年前、けいこ土俵は下がアスファルトで万全のけいこができる状態ではなかったが、今年は裏の駐車場の土の上に作る予定だ。寺を管理する僧侶の戸田直道さん(45)は「横綱は時間の問題だと思っていた。何場所も優勝する強い横綱になって欲しい。楽しみです」とエールを送った。名古屋場所中はマッサージ、電気治療などで白鵬関を支える大西接骨院の大西純一さん(36)は「ゴムまりのような筋肉でびっくりした。トップアスリートの体をしている。平常心で白鵬の相撲を取れば、結果はついてくる」と、3連覇を疑わない。鳴海絞を扱う近清商店の近藤典親社長(63)は「白鵬関の強さは本物と信じているし、名古屋での優勝は鳴海の町の人も願っている。昇進祝いには鳴海絞の和服をプレゼントしたい」と約束した。  



 デイリースポーツ 5月 31日
<抜粋>
大相撲の69人目の横綱に昇進した白鵬が土俵入りで使用する新しい綱を作る「綱打ち」が三十一日午前、東京都墨田区の宮城野部屋で行われ、真新しい綱が完成した。白鵬が所属する立浪一門の関取や幕下以下の力士らが、けいこ場で紅白のねじり鉢巻き姿になり、「ひい、ふの、み」の掛け声と太鼓の音を響かせ、約1時間にわたって行った。宮城野部屋を再興した元横綱吉葉山の化粧まわしを着けた白鵬は、出来上がったばかりの綱を腰に締めると満面の笑みを浮かべた。引き続き、現役時代は白鵬と同じ不知火型だった安治川親方(元横綱旭富士)の指導により、土俵入りのけいこ。太刀持ちに安美錦、露払いに龍皇を従え、汗びっしょりの白鵬は、戸惑いながら何度も所作を繰り返した。白鵬は「綱を締めたときは、腰が砕けそうになった。やっとここまで来たなと思った。土俵入りは難しいですね」と話した。六月一日には東京都渋谷区の明治神宮で奉納土俵入りを披露する。六月一日には東京都渋谷区の明治神宮で奉納土俵入りを披露する。  



 時事 5月 31日
<抜粋>
「ヒーフのミ、ヒーフのミ」-。大相撲69人目の横綱に昇進した白鵬(22)=本名ムンフバト・ダバジャルガル、モンゴル出身、宮城野部屋=が締める横綱を作る「綱打ち」が31日、東京都墨田区の同部屋で行われ、白鵬が早速、不知火型の土俵入りのけいこをした。午前9時すぎから、安馬、黒海ら立浪一門の関取衆、若い衆約60人が威勢のいい掛け声とともに3本の綱をより合わせ、純白の綱を完成させた。白鵬は現在の宮城野部屋を興した吉葉山の現役時代の化粧まわしで土俵へ。両腕を広げてせり上がる不知火型の土俵入りを一門の安治川親方(元横綱旭富士)から教わった。せり上がりが早いなど初々しい場面もあり、「(綱を締めて)うれしかった。やっとここまで来たんだなと思った。(土俵入りは)思ったより簡単じゃなかった。一つ一つが初めてだから大変」と白鵬。安治川親方は「せり上がりが低くて格好がいい」と褒めていた。1日には東京・明治神宮で横綱推挙式に臨み、奉納土俵入りを行って習いたての不知火型をファンに披露する。 (了)  



  5月 日
<抜粋>
  











© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: