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八木哲郎

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2007/03/02
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カテゴリ: カテゴリ未分類
赤ちゃんポスト 3

現在行われている慣行は、自治体などにあらかじめ登録してある里親希望者から適格だと判断した人を呼び出して相談して、まとまれば里親縁組をするが、捨てた親が立ち直って引き取るといった場合は実親を優先するということらしい。しかし、大部分の場合は施設に預けられ、里親に引き取られる場合はその1割くらいの率だそうだ。
それでも世の中には篤志家がいて、何人もそういう子を引き取って育てている人がいるそうである。
捨てられた赤ちゃんが幸せをつかむことを祈るばかりだ。

赤ちゃんポストのことを考えていると、むやみに想像が広がるばかりだ。
この地球上にかつて生きて死んでいった人は何人いただろうかと考えると、千億人以上、あるいは1兆人くらいいるかな、と思う。1兆人とすれば、その大部分は名もなく生き、名もなく死んで忘れられていった人である。名を残した人はほんの一握りであることがわかる。
私の親、親戚、兄弟、友人、知人、先輩で年長の人は次々に死んでいった。懐かしい人たちばかりである。親友8人も死んでしまった。私の記憶の中に残っているこの人たちも、私が死ねば、記憶は消滅し、かつて彼らが地球上に生存していたことすらも消滅するわけである。
私はふるく苔むした、彫った字もさだかでない墓をみると、この墓に葬られた人はどんな人であったかを想像する。どんな顔をしていたか、性格はどんな人だったか、どんな人生を送ったか、どうして死んだのか、を思い浮かべる。墓の前に座って見知らぬ死者と対面するといろいろなことがつぎからつぎへと思い浮かんでは消え、やむことがない。





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Last updated  2007/03/02 10:11:11 PM


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