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2007/12/28
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カテゴリ: カテゴリ未分類
男と女の道徳のちがい


今回は戦前の女性の話であるが、女性の強さの話を書く。
私は15年くらい前に、韓国で孤児院を経営して「韓国のオモニ」とうたわれた田内千鶴子さんのことを調べたことがある。日本人が支配者として韓国人よりはるかに優越していた時代に彼女は韓国人のクリスチャン尹致宏氏と結婚して孤児院を経営してきた。なんで乞食大将とまでいわれた韓国人なんかと結婚したのかと、日本人社会では非難ごうごう、尹致宏氏の実家でも日本人の血が入る結婚には大反対であった。それでも愛は国境をこえて成立した。それからすさまじいばかりの苦労を経験する。
このときに私は、年老いて孤独になった日本人妻を収容している介護施設である慶州ナザレ園を訪ねた。この施設をつくった金龍成氏は「われわれは日本から36年間苦しめられたが、その我々のところまで下りてきて韓国人・朝鮮人を愛して同じ苦労をしょってくれた日本の女性たち(一説に4万人以上いた)が予想以上にいることにおどろいた。われわれは彼女たちを絶対に見捨てない」という志でこの事業を始めたという。

似たような話。私がサラリーマン時代、マニラに駐在していたとき、日本料理店をしていた茨城県出身のママがいた。この人も19歳のとき(昭和15年)、フィリピンからの留学生と愛におちて結婚、フィリピンでは大農園を経営している財閥の御曹子だと信じ込んでやってきたところ、話がってまあ日本でいえば五反百姓。こんな外国の田舎まで来てだまされたと最初の3ヶ月間は泣いて暮らしたそうだ。あれほど家族親戚からの反対と侮蔑を押し切ってやってきた以上、もう日本には帰れない、と。
しかし、この方は強い人だったので、立ち直った。自分の家も農家だったから、このフィリッピンの田舎の農家の経営がなっていないことに気がついて、夫とともに必死になって働いた。それで見事に生活が良くなった。
昔からこういう女性はたくさんいた。女性のモラルは「愛に生きる」。いい暮らしをして育った女性が好きな男性と逢ってともに苦労を共にするのを「鍋釜下げても好きな人についてゆく」と言った。
今ではこんなことはないだろうが、こういう女性のモラルは尊い。






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Last updated  2007/12/28 01:08:17 PM


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