現代徒然草

現代徒然草

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

八木哲郎

八木哲郎

Calendar

Category

Comments

万魯建@ Re:小沢一郎の詭計(11/07) 小沢さんの考え方は本当に理解できなかっ…
つねさん@zukai @ 考えさせられました。 60年安保、70年安保は言葉として知っ…
古井戸@ 文学者は書を残す 小田実全仕事、をはじめとする膨大な小説…
inkyo@ 参院戦オオyぶれ 負けてもやめない
はたやん@ はじめまして はじめまして。 官位や席次を検索してい…
2009/01/07
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
私が12年間勤めた会社を辞めたのは、性に合わないサラリーマン生活にきりをつけて自分が本当にやりたいことをして人生を終えないと、死ぬ時になって後悔するだろうと思ったからである。


天童荒太氏が描く悼む人は、路傍に花が添えられていたら、誰かがその近くで事件あるいは事故に巻き込まれて亡くなったと思い、近くの人に、どんなことがあって人が亡くなったのか、3つの質問をする。その質問とは、その人は「誰に愛されていたか」「誰を愛したか」「人に感謝されたことがあったか」である。
この方程式は、人生の核心をついていると思う。
例えば、前に書いたように、私は親にたっぷり愛されていたから、人をむやみに憎んだりする必要がなく、愛することができたと思う。私がサラリーマンをやめて半分ボランティアのようなことをやってきたのは、要するに好きだからやっただけの話だが、人に感謝されたことは間違いないと思う。
要するに、著名人の講演を安い料金で誰でも聴けるように企画・実施したのだが、これは私自身が著名人の話を聞きたいから、ついでに他の人にも経費を出してもらって聞いたということになるのだが、そんなことを誰もしなかった時代にしたことで感謝された。講演が終わったあと、大勢の人が私のほうをみて、「ありがとうございました。いい話を聞かせていただきました」とお礼してくれたからである。
それにしても、まったく不思議なことだが、私より数十倍もお金がある人がたくさんいるのに、大きな会社がものすごい額の広告費をつかっているのに、国のGDPの5分の1くらい税金を集めている官僚がいるのに、私がやったようなささやかだが、人に感謝されることを誰もやらなかったのである。だから私は、この社会は根本的に何かが欠けて動いていると思っている。つまり「利」でしか動かない社会なのである。

私は親に愛されたから他人一般を愛する気持ちを持てた。私の親が私を愛してくれたのは、そのまた親の祖父祖母が親を愛してくれたからだと思う。人に感謝されたことがあったか、というのは、人を愛したといっても、愛された側の証言が必要だからである。人を愛した人は、あの人はいい人だった、あの人のおかげをこうむった、と人に感謝されて覚えてもらえる。いいことをして人に愛され、著名になった人、死んでも作品が残る著名人は最高であろう。しかし、著名になることは目的ではなくて結果だと思う。皆、死んだ後も人に覚えられたいと思っている。悼んでもらいたいと思っている。
不幸にして愛されなかった人は、性格が歪んで人を妬んだり、憎んだりするであろう。そうするとますます負の悪循環が始まる。そういう方は人をとにかく愛することから始めないと悪循環から脱することができない。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009/01/07 06:54:22 AM


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: