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八木哲郎

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万魯建@ Re:小沢一郎の詭計(11/07) 小沢さんの考え方は本当に理解できなかっ…
つねさん@zukai @ 考えさせられました。 60年安保、70年安保は言葉として知っ…
古井戸@ 文学者は書を残す 小田実全仕事、をはじめとする膨大な小説…
inkyo@ 参院戦オオyぶれ 負けてもやめない
はたやん@ はじめまして はじめまして。 官位や席次を検索してい…
2009/02/08
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カテゴリ: カテゴリ未分類
なぜ仕事がないのか 2

派遣法は1980年、労働者派遣事業問題調査会では労働組合側の猛反対でお流れという形になった。しかし、労組の中でも中立労連はシステム・エンジニア、ビルメンテナンス、翻訳・通訳者など4業種に限って、常用雇用を条件として認めたので、1983年に労働省の関次官は、いちど立ち上げた懸案は終わらせなければいけないという理由で、派遣事業問題調査会小委員会をつくって議論を再開し、高梨教授が座長になった。この時点で高梨氏は常用型を主張したという。そして4業種が13業種に拡大した。その中にたとえばフィリング業務というものがあり、これは特殊なスキルを必要とする場合もあるが、拡大解釈がすすみ、文書整理、単なるコピーとりなどもフィリング業務だと企業は主張するようになった。
そしてひそかに登録型が二人によってつけくわえられ、国会に提出され、1885年6月に派遣法が成立した。
登録型派遣をみとめた理由は、そういう働き方を求める人がいるからと考えたようだが、両氏とも、自分には責任はない、業界がなし崩しにそうしてしまったからであるとしている。
しかし、これが官僚の常套手段で、蟻の穴から崩していくやり方である。
資本主義は悪賢い。経営者に昔のような良識・品格のある人はいなくなったからやがてぐじゅぐじゅになっていくことも見通せないようでは役人、学者の風上にもおけない。
日本国民が戦争、敗戦という苦労を経て、労働者保護に厚い労働基準法や労働基準監督所などができたが、50年後にこの趣旨に逆行する政策が初めて関次官によってとられたわけである。人件費が高くて国際競争力がつかないというのが派遣労働者使用の根拠であるが、人件費が高いなら正社員の人件費を減らすことが先で、派遣労働者のセフティネットをつくっておくことが第2である。
私は、派遣労働を9年やったが、契約期間は1年で3年くらい更新がきいた。失業保険も年金保険もつけてくれた。これは今でも大変ありがたかったと思っている。





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Last updated  2009/02/08 01:47:24 PM


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