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八木哲郎

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2010/08/16
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カテゴリ: カテゴリ未分類
梅棹忠夫先生が知的生産の「技術」ということを強調されたのは、自分の研究方法を後輩に伝達するには、作業に使用している紙とかひらかなタイプライターとか、ノートとかカードとかの物理的なツールをふくめて技術にまでおとしこむことが必要だと考えられたからである。

たとえば、理科系の人で後に大きな発明発見をした人は、実験や観察を繰り返し行っている。こういうのはまさに知的生産の技術であろう。
 梅棹先生は最初の出発点は動物学者であった。それが探検の経験をつむことによって民族学に移行した。民族学は人によって文化人類学とも言われていた。梅棹先生がユニークであったのは、一言でいえば、自然科学が対称とする自然だけでなく、人文、制度、文物、社会、文化などをも科学的なフィ-ルドワークの方法で調べ、意味付けを行ったところにある。これは日本の文系の学者が主に文献を対称にして調べ物をしてきたのと対照的である。
 梅棹先生の個人の書庫をのぞいたことがある。そこにあったのは、著名な学者の理論的な著書はなく、すべて内外の民族学や探検記録などのレポートや資料的なものばかりであった。これと似たような感じをもったのは大宅壮一氏の書庫をみたときであった。彼の書庫にも理論書みたいなものはなく、山と積まれていたのは古い月刊雑誌や週刊誌で、彼は理論書などは要らない、自分がいるのは時代の世相、事件などを描いた雑誌であり、その時代の人心、世相を反映したもので、いったん消え去ったものを呼び戻す三文的な資料であると言っていた。
 二人とも一次資料を重視して居た点で共通している。あとで知ったのであるが、この二人は面識がないと思っていたがそれは間違いでかなり接触があったようである。

 明治以来我が国は欧米など西洋諸国から学説を輸入し、その翻訳、解説を行うことでもっぱら忙しく、学者や研究者はその段階で十分権威ある資格者たりえた。才子といわれる人は戦後、次々に目新しい新説や新解釈を言い出した。そういうマーケットがたくさんあったからである。知的生産は「技術」ではなくインスピレーション、魂の創造などと言う人は、主にこういう才子であったと思う。
 ある人は、こざね法とかKJ法などは頭のよい人は頭の中でやってしまうもので、いちいちカードを作ったり、それを広げなくてもアイデアはでてくる、と言った。カードなどをつくって蓄積するなどというのは、時間と手間がかかりまだるっこしい、自分はそんなことをしなくても頭の中でやっている、というが、カードを丹念につくり、それえを机に広げてみて考える、あるいは台紙に小さいカードをはりつけて情報の意味別の地図をつくるKJ法というのは頭の中で行う作業を外部化するのでよくわかりありがたいものである。カードをつくるということは、その作業をすることによって記憶が整理され、鮮明化する効果がある。さらにカードが多ければ多いほど、情報量が増え、このことによってアイデアがでる可能性が確実に高まる。こういう蓄積した情報がもたらす貴重なものは「深み」である。この深みが洞察力につながる。





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Last updated  2010/08/16 06:12:25 AM


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