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古市憲寿を読む 2
古市氏は「若者って何だろう」という問いから始めている。たしかにそれぞれの時代において、人間の年齢ピラミッドがあって、底辺に近い方が若者が多いのが普通だったが、いまは年寄りの方が多くなり逆ピラミッドになっている。上の方の世代はあらゆる時代において、「今の若い者はダメだ、おれたちの時代の若い者の方が質がよかった」と言い続けてきたのは紀元前のエジプト時代からあったとか。
日本でも、大正生まれはダメだ、昭和生まれはダメだ、戦後生まれはダメだ、新人類はダメだ、と言い続けてきた。今から20年前に新人類だと厄介者扱いにされた人が今では50歳近くなっている。50歳になった元新人類がやはりあのときの新人類みたいかというと、いまではオジサン、オバサンではないか。これだけ考えても、若者論というものはいっときのもので、そのときどきの社会語りだというのは古市氏のいう通りだ。
常に若者は上の世代から「異質な他者」か「都合のいい協力者」扱いになってきたと古市氏は言う。「異質な若者」というのは、バッシングするときの語りだ、アプレ、太陽族、みゆき族、おたく、指示待ち世代などといわれ、年長の世代からいったい何を考えているのかわからないと怪しまれ、嫌悪された。「都合のいい協力者」扱いされた最たる時代は、戦争中だ。お国のためにどうか若者さん戦地に行って死んでください、と年長世代は頭を下げた。戦後になると、若者がものすごく多いものだから、金のタマゴ、企業戦士として安い賃金でこき使われ、一方で、消費してください、と財界、商業界、広告業界などがこぞって若者を持ち上げた。仙波さんは、団塊の世代は所詮、それだけで引き回されたのではないかと言っている。
しかし、ここにきて「若者」というイメージづけがしにくくなってきたと古市氏はいう。全世代の中に潜り込んだ形で、とくに若者などという特徴付けがしにくくなったという。古市氏は、統計資料を調べて、学者的に、先行世代が若者だったときとさして変わらないと結論している。
鋭い古市氏の斬り込み
江戸時代は、町人は町人で、百姓は百姓で、国のためとか社会貢献などということは考えなかった。自分の家族や一族のこと、村のこと、自分のことしか考えなかったがそれでよかった。年貢さえ、税金さえおさめればよかった。お上のことはすべて武士がしきり、それも藩の範囲だけだった。ところが明治になると、藩がなくなり国になった。町人とか農民とかの階級からでも、有能な者は登用され、軍人、官僚、高級サラリーマンに出世できた。これは近代の特色である。人間は全部「国民」になり、義務教育を受け、税金を納め、法律を守り、戦争になれば徴兵に応じる義務を負い、場合によっては死ななければならなかった。つまり国家によって教育され、義務を課されるようになった。
古市氏はこのことを国民全部が「魔法にかけられた」と言う。普通の世なら、いくら犯罪が多くても、災害が起きても死者は数千か、数万どまりだが、第二次大戦によって日本人は10年くらいの間に300万も死んだ。これは想像も付かないほどの国の大犯罪だった。だから、古市氏はもう魔法から醒めて国のしばりから脱したっていいのではないかと問う。一生懸命社会のために働け、国のために働け、労働戦士になれ、国のきめごとを守れ、などなどということから相対的に離れて自分さえよいように、好きなことをやって生きていけばいいのではないかと問う。西洋人だってそのようになりつつある。これは江戸帰りである。国は若者の未来を保障しなくなった。いやできなくなった。
若者は希望などもてない。江戸時代の町人が自分は一生親の家業をついで職人となり、百姓は田畑を耕す、ということにもどったのではないかと言う。共同幻想がなくなった若者は自分で考えて勝手に生きればいい。小さな会社を作って有能な仲間と起業して、会社などは大きくする必要はない、それで幸福である。そうかといってエゴイスト、利己主義者になったのかというと、今の若者は社会貢献意欲がどの先行世代より強いという。自発的にそう考えて居るという。ということはなにかというと「近代」というものは終わったのではないかということである。私は先行世代としてこの古市氏の考えを難じることはもはやできなくなったと思う。(続)