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最終日、米沢から福島へ抜ける途中、奥羽本線(山形新幹線)に沿って移動してみることにしました。この区間は山越えをするため、カーブが連続しているので、もしかすると好撮影ポイントがあるかもしれないと思ったのですが、人里から離れすぎているため、道路と線路が接近する所も、数えるほどしかありませんでした。そこで駅撮りができないかと思い、いくつかある駅の1つに立ち寄りました。しかし、カーナビが示す場所に着き、周囲を見回して驚きました。駅全体が囲いで覆われているのです。南国育ちの私たち夫婦は、雪国の冬がどれほど厳しいものなのか、現実的な感覚として今ひとつ理解できないのですが、駅全体がスノーシェッドで覆われているという、この一点において、このあたりが冬場、いかにすごい状況になるのかということを実感できたような気がします。
2008/10/31
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東海・山陽新幹線にはなじみがあるのですが、それ以外の新幹線となると、ちょっと自信がなくなります(笑)。「非鉄」な妻の場合、私以上に何が何やら分からないようです。今回、山形新幹線の写真を撮るというと、妻は東海道・山陽新幹線のように在来線とは別の専用路線があり、車輌は限られた場所でしか見る(撮る)ことができないと思っていたようです。それが、在来線とおぼしき線路上を銀色に輝く流線型の新幹線車輌が走ってきた時には、非常な違和感とともに大いなる驚きを感じたと言います。そこで改めて調べてみると、山形新幹線は、正式には奥羽本線の一部であり、新幹線ではなく、在来線の特急列車であること。この区間を走る普通列車の車輌は、新幹線の軌道幅である標準軌に合わせ、JR線では初めて標準軌用として製造され、投入されたということが分かりました。つまり、在来線を利用して建設された標準軌の新幹線が山形新幹線というわけです。だから踏切なども普通にあったわけだ。な~るほど。
2008/10/30
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一日米坂線を駆け巡りましたが、日も大きく西に傾きましたので、そろそろ宿へ引き返そうということになりました。「キターッ」と思わず叫んでしまった急行色を撮影したあと、ダメもとで追いかけると(土地勘がないのに、ようやるわ)、途中で追い越してしまい、再度の撮影にありつけるというラッキーにも恵まれました。また、この急行色は米沢で折り返すことが想像できましたので、そのまま前日に訪れた河川敷へと車を走らせました。昨日と同じアングルでは芸がないので、いろいろと撮影場所を探したのですが、鉄橋のすぐ下で地元のファミリーがデイキャンプを行っています。鉄橋部分だけを切り取るのなら別ですが、どのようにしても軽自動車やディレクターチェア、自転車などが入ってしまいます。それなら逆に、こうした情景を取り入れて構図を決めるのも1つの手だと思い、あえて人入り、自動車入りの写真にしてみました。結果! う~む、ほのぼのとした雰囲気は出ていますが、どう見てもアウトドア雑誌のグラビアに使われるカットだなあ(笑)。
2008/10/29
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米坂線では現在、国鉄普通色のキハ52以外に急行色の編成も走っています。それゆえに列車本数の少ない路線にも関わらず、数多くのファンが訪れています。夜、米沢市内の居酒屋で食事をしていると、「お鉄」らしき方と女将の会話が聞くともなしに聞こえてきました。「11月までと言わず、JRはもう少しの間、国鉄色を残しておいてくれないものかねえ」。女将のこの一言で、いかに数多くの「飲ん兵衛鉄」がこの店を訪れてきたかが分かります。地域振興に役立っているのですね、米坂線の国鉄色車輌は。来年はNHKの大河ドラマ「天地人」で米沢の町は賑わうでしょうが、それは一過性のものかもしれません。これまで数多くのホットなヒットを飛ばしてきたJR新潟局のご担当者様、米坂線での国鉄色は思った以上に地元への経済効果を発揮しておりますぞ。今一度、熟慮のほどを。
2008/10/28
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米沢から行くと、米坂線は手ノ子あたりから徐々に高度を上げ始めます。そして手ノ子~羽前沼沢~伊佐領~羽前松岡と山深い渓谷の中を走り、その間、いくつものトンネルを抜けていきます。トンネルの周辺にはいくつもの好ポイントが存在するようですが、その中の1つが本日の「思い出の1枚」としてご覧いただくカットです。米坂線は日中の列車本数が少ないため、一度撮影すると1時間以上のインターバルが空いてしまいます。その間に移動し、撮影ポイントを探すことができますので、土地勘のない人間にとってはありがたいのですが、逆にいくつもの撮影ポイントを回った結果、決断に苦しむという弊害も出てきます。このときがまさにその状態で、あちらも捨てがたく、こちらにも未練が残り、と迷った挙句、最初に訪れたポイントで撮影することにしました。迷ったら最初に思い浮かんだ答えにすべし、という受験生時代の、ある意味、根拠のない格言(?)まで思い出しました(笑)。同じ場所に並んだ地元のベテランの方にお聞きすると、紅葉がピークを迎えると、この場所はファンであふれかえるそうです。狭い場所ですので、あとから潜り込むことは不可能ですから、人数限定のポイントだそうです。この日は紅葉の最盛期に10日から2週間ほど早かったため、撮影している人は許容範囲内に納まっていました。少しだけ色づき始めた木もありますが、山肌はまだ全体に青々としていますので、今回は国鉄色キハ52の朱色から全山の紅葉を想像して楽しむことにいたしましょう。
2008/10/27
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米坂線は豪雪地帯を走っているため、毎年冬には「特雪」列車、つまり除雪(ラッセル)車が運行されます。この「特雪」を撮る定番のお立ち台で撮影したのが、本日の「思い出の1枚」です。雪の少ない関西に住んでいることもあって、雪道で車を運転したことがほとんどありません。一度は「特雪」列車を撮影してみたいと思うのですが、果たしていつになったらこの夢はかなうのでしょうか……。ところで、このお立ち台で、次にやって来る快速「べにばな」号を待っている時にきれいだと思ったのは周囲の木々が輝く様子でした。紅葉には少し早いため、落葉樹もまだ青々とした葉をつけています。そうした木と針葉樹の組み合わせ、さらには太陽の位置関係で木々の梢がキラキラと輝いています。それらを見ているうちに、列車がカーブを曲がってこちらに近づいてくるまでは、森林主体の構図にしようと思ってしまいました。
2008/10/26
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一夜が明けました。今日の予定は一日、米坂線の撮影です。前日、蔵王の紅葉で満足した妻は米坂線の撮影にも機嫌よくついて来てくれます。紅葉の効用かな。もともと山育ちの人なので、米坂線のように山へ分け入っていくローカル線は嫌いではないようです。早朝、米沢をあとにし、北上するにつれて霧が濃くなってきました。おかげで、この朝1本目の米沢行き普通列車は、幻想的といえば幻想的なのですが、へたするとホワイトアウト直前というくらいの視界状況で撮影せざるを得ませんでした。でも、「霧の朝は晴れる」ということわざどおり、天気は急速に好転し、青空が広がってきました。おかげで2本目、3本目の朝の通勤列車はまぶしいほどの光の中で押さえることができました。「この木 何の木 気になる木……♪」と思わず口ずさんでしまう木があるものです。米坂線の沿線でも、ちょっと変わった姿の木を見つけました。葉っぱのついていない幹が何本も木のてっぺんから斜め下へと流れており、なかなかにおもしろい動きとなっています。さらに葉っぱとのコントラストも際立っています。風雪がこうした樹形を作り上げたのだろう、と思いますが、前衛生け花を連想させるようで、自然の造形に感心しました。というわけで、「本日の思い出の1枚」は、「気になる木」と米坂線の普通列車との組み合わせです。
2008/10/25
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先日の3連休を利用して妻といっしょに山形へ行ってきました。初日は秋真っ盛りの蔵王を散策しました。当初は「折角だから、蔵王にでも行ってみるか」と軽い気持ちで向かったのですが、ロープウェイで山頂に登ってみると、ふもとにいては全く想像できないほど紅葉がピークを迎えており、思いもかけず風景写真の撮影に燃えてしまいました。午後からは山形新幹線の撮影、という旅行前の目論みもいつしか雲散霧消。蔵王温泉から「お釜」をめざして紅葉のスカイラインをドライブすることに予定を変更しました。結局、秋を満喫することで1日が終わり、午後遅くに宿泊地である米沢をめざしました。米沢で泊まることにしたのは、1つは次の大河ドラマの主人公が上杉米沢藩ゆかりの武将、「愛」の冑で有名な直江兼続であることから、来年は米沢が大きく注目されるだろうと想像したこと、もう1つは米坂線で国鉄色の気動車が走っているためでした。米沢に到着したのは、太陽が西の山に姿を隠そうとする直前の時間帯でしたが、米沢発坂町行きの普通列車の撮影にギリギリ間に合いました。米沢線の普通列車は通常、坂町側に国鉄色のキハ52が連結されていますので、望みどおりの車輌配置です。場所はこの沿線のお立ち台の1つ、米沢駅と南米沢駅の間に架かっている鉄橋。絞りを開け、感度を上げてもシャッタースピードは落ちていきます。やって来た列車は自然と流し撮りになってしまいました。でも、米坂線のファーストカットが国鉄色のキハ52だったので、その点を補って余りあるものとなりました。
2008/10/24
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10月21日に発売された『Rail Magazin』303号の「お立ち台通信」に私の写真と原稿が採用されました。今回のテーマは「EF81を撮る」。交直両用機であるため、活躍の範囲は広く、西では「日本海」や「トワイライトエクスプレス」、東では「カシオペア」や「北斗星」などの特急も牽引しています。あ、そうそう、来春までとなりましたが、「富士ぶさ」が関門海峡を通過するときのワンポイントリリーフ役も今なお続いていますね。もちろん、貨物牽引機としても重要な役割を果たしています。今回、私が紹介したのは北陸本線の木ノ本~高月間にあるお立ち台です。今春、「北びわこ号」を撮影しに行ったときに撮ったカットで、この貨物が通過したあと、しばらくして「北びわこ号」の回送が米原に向け、走っていきました。
2008/10/23
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大阪から倉敷、津山と1日で駆け回った旅の仕上げは津山の扇形庫で行うことにしました。各地の扇形庫がほとんど姿を消している現在、現役で使用されている庫を見るとホッとします。最近訪れた扇形庫は、と思い出してみると、米子、宇和島、台湾の彰化といくつかが目に浮かんできます。そうそう、久大本線の森駅にも大型の扇形庫があったけれど、あれは悲しい状態だったなあ、などと旅の記憶まで呼び覚まされます。そうしたなかで、この日、訪れた津山の扇形庫はなかなか秀逸でした。庫の中には国鉄急行色のキハ58とキハ28。さらにはDE10 1号機、DE50 1号機、DD51 1187号機と、すべてが国鉄時代を髣髴とさせるラインナップ。一瞬、30年ほど過去へタイムスリップしてしまったのかとさえ思うほどです。そして、そろそろ夕暮れが迫りつつある時間帯、それぞれの車輌はこれまでの来し方に想いを馳せながら、扇形庫の中で静かに時の流れに身をゆだねているようでした。急行色のキハ28と58は、11月の因美線で運行される「みまさかスローライフ」号として脚光を浴びるに違いありません。できれば1日だけでも撮影に行けたら、と思っているのですが、そのためには、かなり強引にスケジュールを調整しなければ……。う~む。
2008/10/22
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津山線では現在、キハ47とキハ120が混在して運用されています。この日、撮影したのはキハ47の方が多いのですが、情景的なカットをねらったときは、なぜかキハ120の編成がやって来ました。別にキハ120もきらいではないのですが、津山線にはやはり昔ながらのキハ47が似合うような気がします。そろそろ日が西に傾き、気持ちが徐々に帰宅の方向へと向き始めたころ、刈り取った稲藁を束ねて並べている田んぼを見つけました。最近はコンバインを使って刈り取りと同時に藁を裁断してしまうため、昔ながらに藁を束ねて乾燥している光景はあまり見かけなくなりました。それだけに、コスモス同様、秋らしい情景だと思い、次の列車はここで撮ることにしました。しばらくしてやって来たのはキハ120の2連です。キハ47に比べて少し小ぶりの車体はかわいらしいのですが、ステンレスボディの悲しさ。思った以上に反射がきつく出ました。手前にある稲藁の田んぼは山蔭となっているため、明るい部分にあわせて露出を絞ると手前が暗く沈んでしまいます。両方のバランスを取るべく露出を調整しましたが、やはり夕陽を反射して車体は白く飛んでしまいました。このあたりの兼ね合いは、なかなかに難しいものです。
2008/10/21
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この日の撮影は、水島臨海鉄道からスタートし、少しだけ山陽本線で貨物や普通電車を撮ってから津山線へと移動しました。津山線へは以前、一度撮影に行ったことがあるのですが、そのときは列車で移動しましたので、駅から程近い限定された場所でしか撮れませんでした。今回は車での移動ですから、南の岡山から北の津山へと順番にポイントを探しながら撮影していきました。この日は天気がよく、空には刷毛で掃いたような雲が浮かんでいます。さらに秋の風情が満喫できないか、と注意をしていると、鉄橋の下にコスモスの花が固まって咲いているところがありました。近くにその花の種をまいた方がいらっしゃいましたので、許可を得て花に近づくとともに、列車が来るまでよもやま話に花を咲かせました。見知らぬ人と過ごす緩やかな時間。これもまた良いものです。
2008/10/20
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折角倉敷まで足を伸ばしたのですから、JRの貨物も撮影できたら、と思っていました。EF65の1000番台をはじめとして、「岡山の貨物は今、熱い」のです。倉敷駅の西には水島臨海鉄道とJRをまたぐ長い陸橋があり、そこからだとJRの列車も撮影できます。架線柱の関係で、貨物のような長い編成は全部をきれいに収めるのは難しいのですが、機関車中心の構図なら問題ありません。ホットな機関車の登場を期待したのですが、現れたのはEF66の100番台。まあ、1つの記録として撮影しておくか、と軽い気持ちでシャッターを切りました。しかし、こうした形で撮影したカットが10年、いやそれ以上経つと、また貴重なお宝カットになるんですよね。
2008/10/19
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国鉄色のキハ20が運行されていることを祈りながら向かった倉敷でしたが、その願いは叶えられず、この朝、運行されていたのは自社色のキハ20でした。しかし、白地に青の水島臨海鉄道色も、これはこれで清潔な感じです。この鉄道ではキハ20以外にも気動車が運転されていますが、他の車輌は単行のレールバスタイプですから、朝夕の一時に大量の通勤・通学客を運ぶ必要があるときは、キハ20二連の方が適しているのかもしれません。貨物やヤードでの撮影を挟みながらも、結局はキハ20を追いかけて倉敷駅と三菱自工前駅の間を二往復してしまいました。当初、倉敷に到着したとき、自社色車が走っているのを見て少し落胆しましたが、いざ目の前でキハ20を見ると追いかけられずにはいられない、というのが悲しい「鉄」の性です。
2008/10/18
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ED70の貨物を見送ったあと、終点にある機関区(ヤード)へ行ってみました。この朝は白地に青の自社色キハ20が通勤列車として運行されていましたので、国鉄色のキハ20はヤードで休んでいました。そしてしばらくすると、先ほどコンテナ貨物を牽引していたED70が単機でヤードにもどってきました。キハ20のそばには、これまた自社機関車である小型のDD50が停まっています。DE70はDD50の横に並ぶと、しばらくしてエンジンを止めました。ED70、DD50、キハ20、いずれも水島臨海鉄道の車輌でありながら、すべて国鉄色です。私鉄で国鉄色の並びを目にすることができるとは思っていませんでした。
2008/10/17
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10月は仕事の関係で土・日の休みが少なく、平日しか休めなくなるため、逆にそんなときにしか行けないような場所を、と探してみると、ありました。倉敷の水島臨海鉄道です。今日からしばらくの間、倉敷・津山シリーズを続けたいと思います。朝夕の通勤時間帯限定でキハ20(国鉄色と自社色)が走っていること。また、工場へコンテナを輸送するため、貨物列車も運行されていることなど、撮影内容は盛りだくさんです。天気予報を調べると、「晴れの国 岡山」らしく、問題なさそう。ということで、まだ暗いうちに家を出て岡山をめざしました。本日の「思い出の1枚」は、水島臨海鉄道のコンテナ列車です。朝一番の貨物ですが、牽引するのはDE10の自社機、DE70です。線路がちょうど工場のそばにあるお堀端を走っており、光線も順光で、構図・光線ともに文句ありません。撮影ポイントを決定して、眩しいばかりの朝日の中でしばらく待つうち、踏切の警報機が鳴り始めました。DE70が長いコンテナを牽いてきます。バリ順光の、これこそ「正しい鉄の編成写真」というカットが撮れました(笑)。
2008/10/16
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本日の「思い出の1枚」は、昨日ご覧いただいたカットの反対側から撮影したものです。「オーシャンアロー」の運行は1日に3往復、京都・新大阪から南紀の新宮まで4時間ほどかけて走ります。朝8時36分に京都を出た「オーシャンアロー5号」でも串本に着くのは12時6分。南紀地域で新宮方面行きを撮影しようとすると、どうしても午後になります。南紀では、列車は西から東に向かうため、晴れると基本的に逆光となりますので、撮影には曇り日の方が適しています。日置川鉄橋は長い鉄橋です。この日の「オーシャンアロー」は6輌編成でしたが、もっと長い編成でも十分収まり、その方が、迫力が出たかもしれません。
2008/10/15
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串本を訪れると必ず立ち寄る干物屋とパン屋があります。干物屋さんではキビナゴの一夜干しとアジの味りん干しを、パン屋さんでは絶品のカレーパンをゲットし、わが家へのみやげとしました。このあと、少しずつ大阪方向へ移動しながら撮影を続けました。本日の「思い出の1枚」は、日置川の鉄橋を渡る381系特急「くろしお」です。この場所は、午後に順光線となるのですが、この日はあいにくの空模様。ポツポツと小雨まで降りだしました。ここ数年、撮影日は好天に恵まれることが多く、「自分が撮影に行くときは晴れる」と全く根拠のない確信(笑)を持っているのですが、この日は少しハズしてしまいました。しかし、雨はほんの数分間、パラパラときただけで、傘を広げるまでには至りませんでしたから、このあたりがやっぱり晴れ男なのかしらん。
2008/10/14
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今回、紀勢本線では古座付近の海景色を撮影するのも目的の1つにしていました。紀勢本線では、「オーシャンアロー」「スーパーくろしお」「くろしお」の3種類の特急が走っています。なかでも「オーシャンアロー」はイルカをイメージしたスマートなデザインです。丘の上から俯瞰撮影をしたあと、海岸線に下りてみました。日中の運行では、多くの場合、古座駅で列車交換が行われるため、上り列車が通過すると、程なくして下り列車がやって来ます。手前に少しでも海を入れようと、入り江の先端にある小山に登ってみたのですが、干潮の時間帯であったため、水面が入ったのはほんのわずかだけ。大半が岩場の写真となりました。再挑戦の要あり、と思いながら移動しました。
2008/10/13
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私のもう1つの趣味であるスキューバダイビングを楽しむため、以前は本州最南端の地である和歌山県串本町へよく通っていました。最近はご無沙汰しているのですが、久しぶりに鉄道写真を撮るために訪ねてきました。本日の「思い出の1枚」は、串本と紀伊有田の間にある短い鉄橋で撮影した紀勢本線の普通電車です。この撮影ポイントのすぐ近くには袋漁港があり、ここから潮岬付近のダイビングポイントへと出港していったものです。今年はちょっと事情があってダイビングは自粛しているのですが、相変わらずカラフルなウェットスーツのダイバーたちを町のいたるところで見かけました。それらを横目で見ながら列車がやって来るのを待ちました。かつてこの区間では湘南色の113系が普通列車として走っていたと記憶しているのですが、今はすべて姿を消し、紀勢カラー2連の105系に変わっていました。
2008/10/12
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DD51を撮影したあとは、すぐそばの阪急千里線を撮影しました。この日の撮影ポイント最寄り駅である淡路駅は、千里線と京都線が離合する乗換駅です。北千里の方からやって来た列車は、淡路駅の手前で大きくカーブします。淡路周辺は、私自身、たまに夜の飲食もする馴染みの場所。リーズナブルで庶民的な土地柄ですが、逆に撮影で訪れたことはほとんどありません。電車に乗っていて大きくカーブしていることもよく知っているのですが、線路際でながめると、こんな具合に見えるとは思いませんでした。バックにマンションが大きく入るものの、カーブの景色だけを取り上げるなら、ここもちょっとした「お立ち台」かな!
2008/10/11
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たまには地元にも目を向けなければ、ということで久々に城東貨物線へ行ってきました。築堤に秋の花が今を盛りと咲いていたのを、梅田へ行く阪急電車の中から見ていたので、それと組み合わせて、と思ったのですが、いざ現地に着いてみると、手前に高いフェンスがあり、それを入れないようにすると花が写らない(築堤の下の方に固まって咲いているのです)。築堤上の線路近くに咲いている花が、ほんの僅かだけ入ったものの、結局、DD51主体のカットになってしまいました。この日のDD51は原色塗装の835号機でした。
2008/10/10
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福知山線の丹波大山と下滝の間は、渓谷に沿って走るため、春は桜、夏は緑など、四季それぞれの景色を楽しむことができます。福知山線といえば、特急「北近畿」に国鉄色の183系が充当されていることから(ただし、JR西日本色のものもあり)、折にふれて撮影に出かけています。この区間で撮影したカットはRM誌の「お立ち台通信」にも掲載していただいております。本日の「思い出の1枚」は、「お立ち台通信」で紹介されたのと同じ場所で撮影したものですが、反対側、つまり大阪から福知山に向かって走る下り列車を撮ったものです。このカットを撮るのには午後おそめに通過する「北近畿」が適しています。この日は、春日付近から福知山市内、そして丹波大山へと一回りしたのですが、1日の締めくくりカットが、この国鉄色の「北近畿」となりました。
2008/10/09
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福知山駅前広場にC11 40号機が保存・展示されています。昭和19年から昭和31年まで篠山線で走っていた機関車です。以前は篠山市内にある公民館前広場に展示されていたのですが、平成19年に「鉄道のまち福知山」のシンボルとするため、移設されました。静態保存機というと状態の良くないものが多く、観ていてつらくなる場合も多いのですが、この40号機は福知山駅付近の連続立体交差化に伴い最近手入れがなされたようで、新品同様の輝きを放っています。現在は福知山機関区で使用されていた転車台の上に乗り、現役当時の面影を今に伝えています。以前、このブログで愛媛県の内子駅前に保存されているC12の写真をご覧いただいたことがありますが、それと同じようにきれいな機関車です。こうした光り輝く静態保存機にめぐり合うと、地元の方々の機関車に対する格別の愛情を感じることができ、観ているこちらもうれしくなってしまいます。この日は天気も良く、青空に白い雲が湧き上がっていました。カメラを構えて機関車のまわりをウロウロするうちに、雲の形が何となく煙のように見えてきました。それならばいっそ煙突と引っ付けたら、と思って撮ったのが本日の「思い出の1枚」。ほら、C11 40号機が現役に復帰しちゃった!
2008/10/08
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「タンゴエクスプローラー」は、北近畿タンゴ鉄道が所有するKTR001形気動車の愛称です。英語で「丹後探検者」ということを意味しており、現在、新大阪駅と宮津駅・豊岡駅間をJR福知山線・北近畿タンゴ鉄道宮福線・宮津線経由で運行されています。京都発着の「きのさき」「たんば」「まいづる」「はしだて」「タンゴディスカバリー」、大阪発着の「北近畿」「はまかぜ」「文殊」「タンゴエクスプローラー」による北近畿ビッグXネットワークを形成する列車の1つです。斬新な先頭部のデザイン、ステンレスボディのハイデッガー、天井部分まで大きく伸びたパノラマウインドなど、私自身は乗車したことがないのですが、「乗ってみたくなる」車輌だと思います。先日、福知山線へ行ったときに撮影した「タンゴエクスプローラー」が本日の「思い出の1枚」です。
2008/10/07
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近場で日常的に目にしていながら、撮影に行っていないポイントがたくさんあります。大阪の幹線道路である新御堂筋の中央部分を走る北大阪急行もその1つ。以前から気になっていた桃山台駅の近くにある跨線橋を訪ねてきました。北大阪急行電鉄は、大阪府豊中市の千里中央駅と吹田市の江坂駅を結ぶ鉄道会社で、もともとは千里ニュータウンと日本万国博覧会(大阪万博)の会場アクセスのために阪急電鉄と大阪府などが出資してスタートした第3セクター会社です。自社の車輌が70輌と少なく、相互乗り入れしている大阪市営地下鉄御堂筋線の車輌のほうが目立つため、江坂以北も大阪市営地下鉄御堂筋線の一部と思っている沿線住民は少なくありません。正式の路線名の案内がほとんどなされていないので認知度が低いという理由もあります。利用客が多く、黒字経営のため、北大阪急行内での初乗り運賃は安いのですが、地下鉄への乗り継ぎ運賃に割高感があることなどで、地下鉄とは別の鉄道会社であると認識する乗客もいます。このあたりが大阪人の特徴でしょうか(笑)。さて、本日の「思い出の1枚」、北大阪急行電鉄に乗り入れる大阪市営地下鉄の電車です。鉄道写真の場合、車などは画面にできるだけ入らないように構成するのが普通ですが、今回は逆に、意図して取り入れました。大都会の中を走る鉄道をイメージしたからです。しかし、撮影したのが土曜の午前中でしたので、普段に比べて車の数が若干少なくなりました。大都会ということを強調するためには、平日のラッシュ時に再挑戦する必要があるようです。
2008/10/06
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東舞鶴駅は舞鶴線と小浜線の結節点です。東舞鶴からは東に向かって小浜線が伸びています。この路線は特別な場合を除き、普段は普通列車のみの運行です。日本海に沿って走っているため、海岸線の景色が堪能できると連想してしまいますが、海辺の景色と組み合わせて撮影できるポイントは意外と限られています。小浜の西隣にある勢浜で何とか海をバックに撮影することができました。この場所は昔から小浜線の撮影名所、いわばお立ち台で、私は小浜線が電化される前、気動車が走っていた時代にも一度、撮影に行ったことがあります。現地の雰囲気は、当時と今もあまり変わりませんでしたが、近くに特養老人ホームが建設されたため、そこを訪れる人たちの姿を数多く見かけました。
2008/10/05
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午後遅くには夕立があるかもしれないとの予報が出ていたこの日。しかし、昼間は青い空に白い雲も浮かんで、夏空を連想させました。運行パターンからして、次の普通電車は湘南色。空をバックに下からあおったカットにしよう。そんなイメージが浮かんできました。とはいうものの、築堤の上を走っている電車を、下からきれいに見上げられる場所は意外に少なく、ようやく綾部の近くで適当な場所を見つけました。線路際の草も最近刈り取られたようで、足回りもすっきりと見通せます。やって来た湘南カラーを築堤の下から連写しましたが、よく見ると、舞鶴線の113系はオレンジと緑の間に細い白いラインが入っています。また、フロントガラスのまわりが白や黒のHゴムではなく、金属製のように見えます。ほんの些細な変化ですが、特にフロントガラスのメタル感は、ウルトラセブンなど一連のヒーローもののマスクのようで、ちょっと近未来的です。
2008/10/04
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すでに刈り取りが終わっている田んぼもたくさんあったのですが、たわわに稔ってこうべを垂れている稲穂が線路から程近い場所にありました。次にやって来る普通電車はJR西日本色だろうと予想はついていたのですが、たとえカフェオレカラーであろうと、現在の車輌がいつまでも走っているわけではないと思い、稲穂と組み合わせて稔りの秋の1カットを撮ることにしました。
2008/10/03
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舞鶴線では、そのものズバリの特急「まいづる」が走っています。京都と東舞鶴を結んでいるのですが、綾部までは「きのさき」「たんば」「はしだて」といった特急と併結されて運転されるのと、「まいづる」自体がわずか3輌編成であることから、先頭車輌は片側だけです。「本日の思い出の1枚」も、こう見ると183系の短編成と思えるのですが、反対側は中間車輌の一部を運転台に改造したものですから、そちらの方から見るとやはり、何となく変!? 中間車輌を運転台付にする改造って、JR西日本の得意技なのですよね。播但線や福知山線(残念ながら113系改は、先ごろ姿を消してしまいましたけど)などでも、前から見たら普通の顔なのに、後ろから見たらノッペリしたズンベラぼうといった車輌が走っています。183系の中間車改造も、そういう延長線上にあるのでしょうね。
2008/10/02
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舞鶴線では今なお湘南色の113系が健在です。2輌編成のワンマン運転で、主に福知山と東舞鶴を結ぶ普通列車で運行されています。舞鶴線の普通にはJR西日本色の編成も充当されているのですが、運用のパターンが読めてくると、次はどちらの色がやって来るのかが分かるようになります。昔は湘南色の113系など、本番前のテスト撮影であってもシャッターを押さないことがあったくらい、ごく当たり前の存在でした。そして当時は、その状態がいつまでも続くと思っていました。しかし、月日の流れとともに湘南カラーの113系は姿を消し、いつしか貴重な存在になってしまいました。そうなると現金なもので、あれほどごく普通の存在だった湘南色が光り輝いて見えるようになるのです。いつもいっしょに遊んでいた近所の女の子が、気がついてみれば芳しい色香を放つ大人の女性に変身していたようなものです。そして、湘南色って、よく見ると日本の景色に似合っているよなあ、なんて勝手なことをつぶやくようになるのです。
2008/10/01
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