2008年03月22日
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カテゴリ: 日記
此処はドコだろう。

まるで夢現(ゆめうつつ)の中を彷徨っている。
そんな思いに囚われながらも、足取り重く、只歩み続けていた。

胸が苦しい。
足に力が入らない。

ただ胸を押さえて、暗く長く続く道を息も切れ切れに歩いていく。
何故それでも歩みを止めないのか。 それはヒビキ自身にも分らなかった。

何かに誘われるように。
何かに急き立てられるように。


(俺もトシかなぁ)

そうやって歩み続けながら、ヒビキは呑気にそんなことを考えていた。

自分がどこを歩いているのか、それすら知らずに。
苦しさに耐えながら、何故歩みを進めていくのかも分らずに。

そもそも、この道は何処に続いているのだろう。


ひどく 現実感が無い。


まるで険しい山河を上り詰めているような気もするし、平坦な道の様な気もする。
それに踏みしめる道の感触が、はっきりとした「確かさ」に欠けている。

と、言うより、足の感覚が麻痺しているような感触だ。

ただ、自分が向かっているその先には、安息の場所があるような、そんな漠然とした想いがある。
だがその場所に行けば、二度と「戻れない」


ただ、不思議と歩みを止めようとする気持ちがしない。
奇妙なことに、そんな考え自体が、今のヒビキは思いつかなかった。

心の臓が悲鳴を上げ、息も上がっているのにである。

ただ、今ぼんやりと頭にあるのが、この妙な疲労感への苛立ちと違和感。
それが「トシを取った」という、至極平凡な言葉として、ヒビキの頭の中でたゆたっている。





一時間?

三時間?

それとも、まだ数分しかたっていないのか。

──時間感覚が失われているなと、それを認識出来る程度には頭は働いている。
逆に言えば、その程度しか今のヒビキには思考力がなくなっている。

(……やっぱ、疲れてるなぁ)

そう思いながらも足は本人の意思とはお構い無しに、前へ 前へと進んでいた。

そう言えば10代の頃『鬼』の修行をしている時、山野行の修練でこんな事が有ったっけ。
あん時はもっと気合で前に進めたんだけどなぁ。

まだ30代半ばなのだから、それほど体力が落ちているとは思いたくないのだが。
どうにもらしくない。
体力の低下など、今まで考えたことも実感したことも無かったのに。


そんな時だった。

その人物のシルエットが、遠くに見えたのは。

ヒビキは痛む心臓と、笑う膝を気合で押さえ込んで、その人物に近寄っていった。

そしてそこには──


「あれ? ザンキさん。 なんでこんなトコに?」

そこには彼がよく知る、切れ長の目をした友の姿があった。

ヒビキの前に居るザンキは、彼が知る人好きのする笑顔を浮かべてそこに佇んでいる。

「そりゃ俺の台詞だ。 お前、なんでこんなトコに居る?」

「なんでって……」

その時になって、ヒビキはようやく自分が居る場所を見渡した。


闇

全てが闇に包まれた──そう 此処は生と死の狭間だ。
自分が歩んできたこの道は黄泉路。
「死」へと向かう、死者への道。

何故だ分らないが、唐突に理解した。

此処には「音」が無い

此処には「響き」がまるで無い

命あるもの達の「響き」が感じられないのだ。

(俺、死んだのか?)

でも何故?

そこまで考えた時、ヒビキの記憶の堰があふれ出した。

ザンキの墓参に来て、そして妙な『鬼』モドキと戦って、そしてその後──

「!」

それは長年の経験がなせる技だった。

いきなりヒビキに襲いかかってきた冷たい殺気を、咄嗟に体が反応してかわしていた。

だが、それを完全にかわすことは出来ない。
力の無い足がもつれて、倒れた体が大地の上を転げていく。

それでも、ヒビキは片膝をつきながら体勢を立て直して、殺気が放たれた方を向いた。


そこには抜き身の剣を構えた、冷徹な表情のザンキの姿がある。

(違う)

今、ヒビキははっきり思い出した。
『鬼』モドキを倒した後に現れた、漆黒の仮面の『鬼』のことを。
そしてその仮面の下にあった、友と同じ顔の男のことを。

男はすでに左腕の上に剣を滑らせて、腰だめの姿勢でヒビキにその剣の切っ先を向けている。
次に来るのは「突き」だ。
それも神速の。

ヒビキは腰から音角を取り出して身構えた。

相手の隙をうかがうように、息を殺して相手の一挙一投足に集中する。

続く刹那の斬撃。
それを音角で払うと、受け流した衝撃で澄んだ音を放つ音角を額に当てた。


だが


(変身できない?!)

それどころか『鬼』の力が全身を蹂躙し、心の臓に激痛が走る。
その痛みに、思わず片膝をついてしまった。

そして真上から繰り出される3度目の斬撃。

(かわせない)

その剣が振り下ろされた時、ヒビキの視界が真っ赤に染まる。

それと同時に、金属と金属が激しくぶつかる音が聞こえた──





波の音と潮の香り。

そしてその波の音に調和するような、鈴の音が聞こえてくる。

リーン…

リィーン……


ヒビキの視界が、ゆっくりと赤い闇から開放されていく。

そこは、海だった。
ゴツゴツとした岩肌。ヒビキはいつの間にかそこに立っていた。

今目の前に、あの男は居ない。

ただ、自然の営みを感じさせる様々な「響き」と、それに調和するかのような清らかな鈴の音が聞こえてくる。

なぜか懐かしい、心地よい澄んだ音色。

そして、今ヒビキが立っている場所。
見覚えがあった。

(……屋久島の海だ)

明日夢と出会った、あの場所。
一度は分かれたが、あの時明日夢は彼を追ってきた。

あの頃はまだあどけない、マシュマロみたいな子だったっけ。

海の向こう、広大な水平線に、赤い太陽が昇ってきている。
あの日、あの時と同じように。

先ほどの緊張感もどこへやら、ヒビキは穏やかな気持ちでその朝日に魅入っていた。

その時

その朝日に照らされて、小柄な人影が見えた。
朝日の逆光でよく見えなかったが、その両手にはまるでナタのような無骨な短刀を携えている。

そして、頭に二本の角を備えた、その異様なシルエット。


『鬼』

その『鬼』は、静かな鈴の音を発しながら、ヒビキに背を向けて昇る朝日を見つめていた。
まるで祈るかのように。
まるで祝福するかのように。

そして、その『鬼』はの暁を背にしてゆっくりとヒビキに近寄ってきた。
敵意は、全く感じられない。
それどころか、先ほどとは違った胸の痛みと、愛おしさがこみ上げてくる。

誰だ

いや ──そうだ

知っている。

俺は、あの『鬼』を知っている。

剣を収め、その『鬼』はゆっくりとヒビキに近づいてきた。
そして、朝日よりもなおまぶしい輝きが顔から放たれる。

そして現れたその素顔は──

そこで、ヒビキの意識は途絶えた。









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最終更新日  2008年03月23日 00時55分24秒
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