GOlaW(裏口)

2005/06/20
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「あなたに勝って欲しいと思ったんです」
 子供に振り回されるのに、すでに疲れて。
 …マニュアルにだけ頼って、考えるのを止めていた。

 だけど。
 “しんどい生き方”が、実を結ぶことがあるのなら…。


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 “嫉妬”の裏返しは“羨望”なのでしょうか?
 次郎に憧れにも似た気持ちを抱いてしまった元一郎の気持ちが、ほんの少しだけ分かる気がします。

 “憧れ”にはきっと、年齢も性別も立場も関係は無いんです。
 …それは私の、『○歳年下の女性が持つ芯の強さに憧れを抱いている』という私体験に基く持論でしかありません。
 でも元一郎が次郎に向ける視線は、少しだけ先を歩く人への“憧れ”だと思いました。

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 元一郎もまた、昔は朋美のように勝手が分からず、振り回されていた時期があったようです。
 その中で、いつしかマニュアルに頼るようになっていました。勿論それは、間違ってはいないのです。
 でも、それは“疲れない、必要以上に心をぶつけない”という生き方を助長させる側面も持っていたのです。

 元一郎は心のどこかで、“疲れること”から逃げていたのかもしれません。

 でも彼自身もまた、逃げ続けるには、彼は大人すぎたのでしょう。


 まず最初に、朋美からは「バカといわれても構わない」(立ち向かうことが、正しいと思うから)と言われ。
 子供たちから(負けるかもしれないのに)”レースを楽しみにしている”と言われ。
 “しんどい生き方”が間違っている、かっこ悪いとは限らないと気づかされます。

 次に、次郎が“武器を使ったことに対して謝れ”と諭したのを、元一郎は目撃しました。
 このことで彼は“次郎の言い分が決して筋が通っていないわけでも、大人としても恥ずべきことも無かった”と知るのです。


 二つの出来事から、彼は次郎の生き方、子供達との接し方を認めることになります。

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 元一郎は次郎に逢いに行きます。
 彼はどうしても確認したいことがあったのです。
 何度か挑発した後、本題を切り出します。
「あなたは普通の神経の持ち主ですよね…しんどくは無いですか」

 その時、元一郎は次郎に対してある確信を持ちます。

「あなたに勝って欲しいと思ったんです」
 『勝つ事』だけを、希望だけを信じて走る事はしんどすぎる。
 でもそれが報われることもあると、信じたい。
 “次郎”がその“希望”を手放さないなら、元一郎もまた“希望”を信じる辛さを受け入れられると思ったのです。


 男として、自分も頑張らなくてはいけない。
 元一郎はそう自分に言い聞かせていたのでしょう。

 次郎は、元一郎にもまた“希望”を与えたのです。

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「武器を使ったお前が悪い」
 『すぐに手が出るお前が言うなっ!』と思わず突っ込んだのは私だけでしょうか。

 もっとも今の次郎は、例え何を言われ、されても自制できるようになりました(それは恐らく、過剰な焦りが彼の中から消え、自分自身の誇りよりも大切なものができたからだと思います)。


 “彼が他人からの許容を信じてる”とは、第一話の感想で語ったとおりです。
 だからこそ“謝ることをためらわず、許されることを信じている”とも語りました。

 少女達も”きっと許してもらえる”と信じているから、次郎は迷わずに”謝りに行け”と言い切れたのです。

 次郎はそれと同時に『謝りに行くのがすごく嫌で、どこか不条理だと思う』という少女達の気持ちを受け止めます。その上で、自分の考えを述べます。
 少女達の心(謝りたくないという気持ち)が次郎と重なり、そこから次郎の考え方が覗き見えます。少女達は次郎の“心”を借りて、自分達の心を整理し、謝りに行くことを認めるのです。

 次郎はその説得を少女達を見つめて行いました。
 …最初の頃のように、自分だけを見て言っているわけではありません。

 彼はちゃんと子供達をカウンセリングするようになっていました。

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 後半になるにつれ、次郎の過去がどんどん垣間見えてきます。
 かって彼がどれだけ“居場所”を求め、そこで“許容”されることで救われていたか、ということも浮かび上がります。

 そして彼は今度は“許容”を与える立場になりました。
『”誰かに居場所を与える”ということは、苦しみや悲しみをひっくるめて”許容”するだけの覚悟が必要なのだ。』
とは、私が第一話で語った感想です。
 次郎はまさにこの覚悟とともに闘っているのを感じます。

 そして『次郎は朋美の努力が無駄になると考えていない』と私は私は思います。
 それは“レースに勝てる”という意味ではありません。
 彼は“そこにいること”を、周りが許してくれると信じている。自分が属する“ホームの存在”を“許容”してくれると信じていると思うのです。

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 “自分の家で、周りを囲まれて批難されること”。“自分の家の前で、ビラを突きつけられること”。
 言い換えれば、住人達がやったこと、朋美が今やっていること。
 この二つにどれだけの違いがあるのでしょうか。

 子供達が住人達の言葉に重なるように『自分達の家』と口にした時、その事に気づいたはずです。
 …人間なんて、自分がその立場に立たなければ他人の痛みなんて分からなかったりします。
 『家』という言葉をきっかけに、初めて一瞬だけ少女達と住人の心が重なったのです。

 さすがにその後ろめたさが、思わず『話を聞く』という言葉になったのでしょう。

 たとえ、その時限りの後ろめたさであっても。
 それらが降り積もれば、何かが変わっていくのだと思います。

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 比呂人は自分から次郎に手を出し、そしてチームを辞めました。
 それは“次郎がヨーロッパでクビになった経緯”に似ています。
 昔の次郎と、今の比呂人は鏡に姿を映すようです。

 ただ比呂人は次郎のように“許容”を信じているわけではありません。
 “許容”しているようであって、実は拒絶されると思っています。
 だからこそ、次郎がやってきたときにレースを許可し、今回呼び出されたときに“自分から止めてやる”と言い切ったのです。

 それは“自分の実力ではなく、スポンサーで認められている”と思っている部分があるからでは無いでしょうか。私はそう邪推します。

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 朋美はだんだん、次郎のことを理解していっていますね。
 最初の頃は“自分の視点、価値観しか見えない”ところが大きく、相手が同じものを見ていると信じ込んでいる部分がありました。
 でも今は“相手が全く異なる視点や価値観を培っており、そこから導き出される結論も違う”こと、“自分がこれまで培った価値観だけでは、その結論が分かるはずがない”ということも理解しているようです。
 本当に視聴者である私を置いていったまま、どんどん成長していっちゃってます(苦笑)。すごいですよね。

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「俺、レース辞めちゃったら、男じゃなくなっちゃうから」
『勝つことが守ること』
 だとしたら、俺は死に物狂いで守んなきゃいけない場所がある。
 その場所こそ、自分の原点であり、全てだから―――。





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Last updated  2005/06/24 09:12:13 PM
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