’04駱駝によるタクラマカン沙漠横断探検



各マスコミの紹介

2003/09/30  朝日新聞 駱駝と巡る270キロ 
2003/11/10  読売新聞 タクラマカン沙漠横断
2003/11/11   神戸新聞 枚方の冒険家 中国の沙漠を駱駝で横断
2003/11/18   産経新聞 一緒に沙漠歩きませんか
2004/01/14  NHK     PM6:40からのニュース約4分放映
2004/02/28  朝日新聞 星、降り注ぐようなタクラマカン



1月12日 

今日から今回で4回目となる沙漠探検が始まる。

車内から前方を見れば駱駝が居る、待ちに待った駱駝との合流地点、此処から沙漠の探検がスタート。
先着のトラックから荷物を降ろし駱駝に積んで運び出している、道路脇の為約1Km西に移動そこが今日のキャンプ地。
出発の風景をデジカメで写真を撮って、NHKにメールで送らなければならないが、もう進みだしている、写真を撮る(14日Pm18:40からのNHKニュースで約5分放映予定)ため合図を送り止めなければならない、沙の中を走って追いかけるが進まない。
駱駝使いの人達を見れば2002年時の駱駝使いの親方「マッコロバン」と「イメール」の二人が居た、又2002年時の16歳の少年だった「ウヴー」の叔父さんと彼の甥っ子も来ていた。
いざ写真を撮ろうとしたら、デジカメが動かない、電池?初めて渡されたカメラ、使い方が瞬間的に不明、ドルジさんのデジカメを借りて撮影を行った。
ウルムチ(出発地点からウルムチ迄約1.000Km)に帰る車の運転手に「日本時間14日17:00」迄にNHKにEメールで写真を送るように依頼するが、安全運転で帰るように、又疲れたら無理をせず遅れても致し方ないと念を押す。
キャンプ地に到着したが、焚き火用の木が無い、しばらくすれば駱駝が木を運んできた。
駱駝使いのウイグルの人達が木を集めてくれたのだ。
久しぶりに会ったマッコロバン イメールとその夜は焚き火を囲み話が弾む。
今夜は今迄と違ってあまり寒さを感じない(-7℃)、今回はこのまま寒波が来ないのを祈る。
ウイグルの人たちが吸っている手巻き煙草、巻き方を教わりながら巻いてみるが、なかなかうまく出来ないが吸ってみると、匂いは臭いがニコチンは少ない?

1月13日
起きてテントを出てみると暖かい(-4℃)、ウイグルの人たちのお祈りが始まっていた。
さあ~ これから沙漠だ歩くぞ全員が駱駝に乗らず歩き出した地図と違い高い沙丘が無いのでこれは楽だ。
(1/50万の最新の地図<約10年前>だが毎年春から夏にかけての沙嵐の為地形は変わる) 低い沙丘を二つ越え、前方を見ればなんとそこには、100M級の沙丘が出現、前方の河床(大昔 川の有った所)を見れば、沙で出来た建造物? 遺跡?近づいて見るがなんだろう。
初めての人達は大満足、TV、映画で見る沙漠風景より、スケールが大きく自分が沙漠の中に居ることに大感激。
沙漠での最初の昼食、カップラーメン、だれも木を集めて焚き火をしようとしない、暖かい、温度計を見れば0℃、歩いた人達は防寒着叉その下のセーターも脱ぎ0℃と言った沙漠の温度にビックリしていた。
疲れたのか、昼食後は全員が駱駝に乗ったが、初参加の人は駱駝が立 ち上がる時、落ちないようにロープにしがみつく、駱駝に慣れてくると片手を離したり、写真を撮ったりリラックスムード。
満点の星空、天の川が美しく見え、大阪の何倍の星があるのか、空から星が降ってくるので傘を差さなければ、錯覚に陥る。

1月14日 
沙漠初めての人は、駱駝に慣れてくるとウイグル族の人と代わり駱駝を曳きだした、又座らしたり、立たしたり、練習の結果上手に扱えるようになった。
河床~100M級の高い砂丘が続く、Pm3:30(現地時間)衛星携帯 電話にNHKから電話が入る、テスト、打合せを行う、Pm3:40から本番なので再び電話有る予定が、電話無しPM7:00こちらから電話を入れると、回線が混んでいて通じない、中国語で何か言っているが、分からない。
初参加者は衛星携帯電話が珍しく、NHKの人と話をする明瞭に話が出来るのを感心していた。
沙漠から衛星携帯電話でニュースの時間に、沙漠の状況を報告する予定が、残念ながら出来なかった。
今日の野営は胡楊の林の中でのキャンプ、薪集めが非常に楽だ、集めても、集めても木は枯れているのですぐに燃え尽きる。

1月15日
朝出発時ドルジさんが何か持ってきた、見ると「真っ白い沙漠のネズミ」体長約4Cm。
外気温-13℃、寒いので素手で触って暖めようとしたが、外気温と手との温度差が40℃以上有り、暖めてから手から逃がしてやると急に寒くなるので、そのまま逃がしてやる。
冬の沙漠、何を食べて生きているのか、自然界の営みは凄いものがある。
大きな河床だ、こんなに大きいのは初めて過去にも無かった(約幅6.3Km)今日のコースは沙丘が低いので、疲れを感じない。
沙丘の上から前方を見れば大きな林が見えた、時間から見るとまもなく今日のキャンプ地を決めなければ。
胡楊の木、樹齢は何百年と見える大木ばかり、全部の木が生きている、水の少ない沙漠の中で、地下には水脈が有るのだろうか?胡楊の林の中でのキャンプ、枯れた木も多くあり焚き火用の木を集めるのは大変楽だ。

1月16日
一つ目の河床、人工の建造物?を発見、建物のような跡が有り、ウイグルの人は、これは建物の跡、50~60年以上前で人が生活をしていた跡、この河床はその時まで水が有った。
昼食は沙丘(50m位)の上、歩いていたので暫くは寒くは無かったが、風が出てきたので非常に寒い、防寒着を駱駝から降ろして着込む、沙丘の上の為木も無く焚き火が出来ないので、食後早々休憩もせずに出発。
今日の沙漠は木がほとんど無い、夕方になっても焚き火用の木を見つけられないので、木の有る所まで進むが、高い沙丘を越えても見つからず、日が沈みかけてきたので今日は小さい木が有ったので此処でキャンプ、今日の焚き火は弱々しい火だが暖かい(-4℃)ので、我慢々。

1月17日 
高い沙丘~河床と何個も続く、平地が恋しくなる。
寒い、今日の昼食は始めての焚き火あり、寒い時の焚き火は何よりのご馳走。
沙漠の中で大きい穴を見つける、駱駝使いたちがキャンプをした跡、傾斜をつけて穴を掘り駱駝に水を飲ませる様に作ってある、今は枯れて水は無い。
今日は此処でキャンプ 夕食時、ウイグルの人達が細い木を探し、先を削りだした、こちらでは食事の準備、羊の肉のぶつ切り今日はなんだろう、棒に肉を刺し焼きだしたシシカバブを作り始めた。
さすが 沙漠の民ウイグル族の人 関心をして見ていると、香辛料は?パラパラと塩を上から振るだけ、「大丈夫かいな美味しいか?」皆が心配して見ていたが、一口食べると全員、「美味いこれはいける」、日本人も手伝い焼くがこんがり焼くのが難しく生焼けが出来た。沢山有ったが見ている間に全部平らげる。

1月18日
今日は朝から駱駝に乗る、高い沙丘の上から先を見れば平地が続く、暫らくは楽なコースこれなら歩いても疲れないと思い降りて歩く。
何時もは出発してから昼食までは休憩が無いのに、理由も無く木の横で駱駝が止まり木を集め、焚き火をしだした、途中での初めての休憩、30分程で出発をする。
進む方を見れば高い沙丘が有る、沙丘に登る前に昼食、木が有るので又焚き火、寒い時は焚き火と熱い食事が一番。
駱駝は何頭かを一列に繋いで進むが、今日からは駱駝の扱いが上手な人は一頭だけにしてもらい、自分一人で扱い進みだした。
沙漠の中で人工物を発見、木で出来た骨組み、遺跡?日本人は何だろうと見てるが、ウイグルの人は沙漠に有る「薬草を乾燥する台」、此処まで人が来るとは人家が近い、ダリアブイ郷迄は直線で17Kmも有るが薬草を取りに来ている。 

1月19日 
朝起きてみると、今日は寒い温度計を見れば-20℃寒いはず、木を集めて焚き火をするが、寒いので皆は焚き火から離れようとしない、今日中に中継地のダリヤブイ郷に着かなければならないのに、テントをたたみ出発の準備が進まない。
相変わらずドルジさんは足が速い、追いつけない、離されるばかり、ヨシの群生地に来た、身長よりも高い、ちょっと遅れると前の人が見えない、ヨシをかき分ける音も聞こえない、前の足跡を見失わないように進む。
昼食時はドルジさんが行方不明、高い沙丘に登って周囲を見渡すが人影が見えない、中継地のダリアブイに近いので安心だが、不安も残る。
羊の放牧地、又道(人が通った跡)が有りダリアブイはもうすぐと元気が出てきた。
ダリアブイ郷に近付くと人家がポツン、ポツンと見受けられる、各家の屋根には太陽光発電の集光装置が設置されている。
さすが村長の息子、マッコロバン、人家から老人が出てきてマッコロバンに近づき手を差し出し握手を求めて敬意を表す。
集落が見えてきた、中継地のダリアブイ郷。
人家の横に大きな太陽光発電の集光装置が設置されている、電気が来ていないので夜は各家に電気を送る。
到着するとまず子供たちが走って来た、大人たちも物珍しくやって来る、さすが駱駝使いの人達の村、子供を始め全員が駱駝を扱うのには手馴れたもの、皆が荷物降ろし手伝ってくれる。  
村の中を見学に向う、民家が15軒位、学校(寄宿舎が有り)病院、商店が有り、見覚えのある顔の人が近寄ってきた良く見ると‘02年1月沙漠横断道路より東に458Km横断した時の駱駝使いのメンバーの一人、チケンリク 々(当時駱駝と別れた町の名前)と言いながら再会を喜び合った。 
商店は1軒々中に入り品定め、民家も入れるところまで入り見学、人懐っこく皆が集まって来る。
食堂の裏では10代の女の子がシシカバブを焼いていた、ナンを焼く入れ物に入れ焼いている、今まで見たのとは違う焼き方、ものすごく美味しそう。
テントで泊まる準備をしていると、今日はマッコロバンの実家、村長の家に泊めてもらう事になった。
ヤッター 今日は暖かい家の中で寝られる、だが 明後日から又テントで寝るので「今日は家の中だが暖房は無」 
ジープが沙漠の中をやって来た、食糧の補給の車、この車にも村人たちが集まってきた、村に部外者が来る事が非常に珍しくすぐに集まって来る。
村長の家に行くと村長は不在、会議の為ケリヤ(約250Km離れている)に行っており今日遅く帰宅との事。
マッコロバンの弟夫婦と1歳ぐらいの子供一人、暖かいお茶で歓迎をしてくれる。
村の子供達が集まって来るが我が家のように振る舞う
夕食は見学した食堂、あの美味しそうなシシカバブが食べられる、喜んでワインを持って行ったが火を消したので今日はだめ、夕食はラグ麺、明日準備してくれるように予約をする。
ラグ麺が出来るまでワインで歓談、しばらくすると狭い店内が満員、珍客が来たので村の人達が集まってきた、2年前の時の駱駝使いが一人新たに来た、又々旧友との再会。
食後村長の家に帰ると村長は帰宅していた、村長、村の人達を囲み団欒話が弾む。
村長の隣の部屋で寝ることになったが村長は寒いだろうと部屋のストーブには薪を入れ部屋を暖めてくれていた。

1月20日
朝早く物音で目が覚め薄明かりの中で様子を見ると、村長がストーブに薪を入れ部屋を暖めてくれている。
起きれば体の調子がおかしい、熱がある体温計で計れば38.6度、風邪をひいた今日中に何とかしなければ明日から砂漠には入れない、持参した薬を飲み今日は一日外に出ずに休養。
風邪を引き熱があるとは皆に言えない、主催者としては大失敗、昨夜は室内で寝るので寒さ対策が甘かった。 
朝食はもう一軒の食堂、朝からラグ麺、薄暗い店内でおかあちゃんが料理をしてくれる、近所の人達が物珍しく集まってくる、ご主人がTVを点けてビデオ見せてくれるが、ウイグル語、何を言っているのかさっぱり分からないが香港映画。
昨日来たジープが帰ることになったが、村人の女3名 男2名が荷物を持ってやってきた、町(約250Km先のケリヤ)に行く手段が無いので便乗、帰ってくる時もダリアブイ迄来る車を探して便乗して帰る。
朝から寝袋を表に出して乾かす、沙漠で使っていた布団も沙の上に出して乾かす。 
村長の家に居ると村の人が絶えずやって来る、我々日本人の持って¥いる物を見ては、頂戴々と、品物を手に持っては「ヤクシー(有り難う)」を連発する、明日からも未だ沙漠に入るのでプレゼントは出来ないので大事なものは片付けて目に付かないようにした。
昼頃になると若奥さんが部屋の暖炉の前でウイグルの人たちの主食ナンを作り、暖炉の灰の中に入れて焼きだした、焼き立てを一口貰うが、われら日本人には美味くない。
我々日本人の昼食は若奥さんが「ポロ」(米と羊の肉塊を一緒に炊き上げピラフのように出来上がる、これが又大変美味い)を作ってくれる。
昼からは沙漠に持って行く肉、羊の解体、皆は解体を見に行ったが休養、体温は少し下がったがまだ8.4度もう少しがんばって熱を下げなくては。
昨夜の食堂にワインを持って行き予約しておいたシシカバブを注文、今まで食べたシシカバブとは違い味は抜群。
店内は珍客の日本人を見に村人で一杯、王 威さん、ドルジさんの通訳を介して話が弾む。
寝る時の体温は8.1度、暖かくして寝て明日の朝には平熱にならなければ。

1月21日 
起きてすぐ体温を測れば36.7度OK 沙漠に行ける。 
出発の準備をしていると、村中の人達が総出で駱駝に荷物を積むのを手伝ってくれた。
村長、村の人達と別れを惜しんで出発。
マッコロバンの弟が渡河地点を探しにオートバイで先行、先行した弟がナタで氷を割っている、駱駝に水を飲ます為の準備。
ところどころ氷が割れ、水が出てきている、渡河の場所を決定したら駱駝使いは氷の上に沙を撒きだした、駱駝が氷で滑らないようにするのだ。
無事に渡河が完了、道(人が通った跡)が有るので道をしばらく進む。
今日は旧暦の大晦日、食後中国人の人は花火を持ち出し、打ち上げ花火に点火、沙漠の中で大花火大会。
ウイグルの駱駝使いの人が大声で騒ぎだした、花火の音にビックリして駱駝5頭が逃げ出した。
我々日本人の持っているヘッドライトを借りに来て逃げた駱駝を探しに行く、真っ暗闇の中でどのように探すのだろうか。
花火大会は一時中止、30分ほどで逃げた駱駝を集めてきた、今度は木にくくり逃げないようにしたので、前よりも盛大に大きな花火を打ち上げた。

1月22日 
今日は旧暦のお正月、朝の挨拶は「明けましておめでとう御座います」、日本人から見れば日本を出る前に新年の挨拶をして、又新年の挨拶とは。
歩く者は先行するが駱駝が後を来ない、くぼ地と木が有ったので焚き火をしながら休憩、駱駝を待つ、来れば昼食。
陽が沈み出したが、今夜の焚き火用の木が無いので先に進む、不安になる、今夜は焚き火が無いかもしれない、前方にかすかに木を発見、非常に少ないが暗くなってきたので今日は此処でキャンプ。
取敢えず薄暗い内に焚き火用の薪を集めなければ、駱駝にも餌を与え、夕食の準備と全員がフルに動き回る。

1月23日
今日は朝から駱駝に乗るが足が非常に冷たい、昼食後に携帯カイロを靴の中に入れるがあまり効果が無い我慢 我慢。
今日の夕陽は非常に美しい、全員が夕日、沙漠、駱駝を入れて写真を撮り始める。

1月24日
今日も朝から駱駝に乗るので携帯カイロを靴の中に入れる。
今日の移動はハイスピードだ、なぜこんなに急ぐのかと思えば夕方近くそろそろキャンプ地を決めなければと思っていたら、駱駝使いのマッコロバンが指をさして、あそこがゴールのマザルタグ(前方21.7Km)だと説明、さすが沙の民、沙漠を熟知している、はるかかなたに小高い山が見えた、あれがゴールだ。
駱駝使いの彼らも早く終らせたいので急いでいたのだ。
沙丘も低くなり平地が続く、

1月25日
ドルジさんが先行、王 威さんが後を追いかける、途中で王 威さんに追いつき、追い抜く。
後ろを見ても王 威さんが来ない、沙漠の中で一人では心細い、くぼみが在ったので「王 威さんを待とうか」待たずに前の足跡を追いかける。
右手500m位に駱駝の一行が進むのを確認、手を振って合図を送るが気が付いたかな?
並行して進んでいる、ちょっと安心、しばらく並行して進むとヤースン一人がこちらに向ってきた、「こちらに来い」と合図をしている。
合流すれば王 威さんが居た、進行方向をドルジさんは間違っているらしい、GPSを持っているので怖くは無かったが、ゴールの座標が間違っているみたい。
昼食時にはドルジさんが居ない、目標のマザルタグは早くから確認できていたので行方不明の心配は無いが。
車の跡が多く見受けられる、人家があるのかな?周囲を見渡しても人家らしき建物は見当たらず。
ホータン川に到着、対岸がゴールのマザルタグ、駱駝使いのリーダーのマッコロバンは河の氷をチェック、河幅が500m位あり駱駝には渡河が無理、氷のため「すべる」ので駱駝との探検はこれで終わり、駱駝は河を渡れないので此処でキャンプ。
駱駝から荷物を降ろして氷の上を滑らして荷物を運び出した。
向こう岸にジープが来た、人が4人車から降りて氷をチェックしだした。
チェックが終わると3人は歩いて、3人に続いてジープも河を渡りだした、ジープはふらふらしながら進むが、ハンドルの切り方は見ていたら非常に見事、氷の上を走るのはさすが「ベテラン」。
最終日は此処、ホータン川を渡りマザルタグの山の麓でキャンプ。
何所からかドルジさんが出てきた、昼食を食べずに、のどが渇いたのでホータン川の水を飲み、喉を潤した。
この近くに人家は見当たらない、テントを張り終わり、焚き火用の薪を集めようとしたら、この近くには人家などが無いのに何所からか森林監視人が来た。
沙漠では伐採は重罪、枯れた木を燃やしても良いが、生の木は燃やすのはだめと注意して立ち去る。
暖を取るには焚き火、とりあえず燃えそうな木を集めるが、生木ばかりなので一苦労。
遺跡のマザルタグに登ることにした、高さ約90mの山。
唐の時代宗教戦争(仏教とイスラム教)があり当時イスラム教の砦(城)として使われており、いまだに砦の跡が残っており当時を偲ばれる。
砂漠の中でこのような砦を造ったことは凄い、砦は、ホータン川が有ったので水には困らず、山頂には日本の家屋の壁のように沙と沙の間に、藁 干し草(?)を入れ崩れないように積み上げて造られており未だに崩れず残っており、当時の建造技術は凄い。
墓については、布教師(宗教指導者)が埋葬されているらしいが、誰かは不明、又 宗教戦争で亡くなったイスラム教徒も埋葬されているのかも不明。
ウイグルの人たちはこの山を聖地としている。
最終日の夕食は水餃子、横断成功を祝してワインを暖めて乾杯。

1月26日
食事が終り荷物を片付けていると、昨日の森林監視人二人と中年の女性一人が何所からとなくやって来た、我々が座るイスに座り焚き火に当たる、残った野菜等の食糧をプレゼント。
対岸からも駱駝使い達がやって来た、マッコロバンを除いて3人はこれから中継地のダリアブイ郷迄駱駝を連れて通って来た時の足跡をたどり帰路につく、彼らには食糧、水を与えて別れを惜しむ。
我々を迎えに4WDの車が2台やって来たが荷物車が来ない、沙漠のため荷物車は途中までしか来られず、荷物は此処から何回か往復して荷物車の有る所まで運ぶ。
戻ってきた4WDに分乗してホータンに向う

駱駝に乗ったり歩いたりしての実距離241.7Km(直線207Km)沙漠横断探検は事故もなく無事に終わった。















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