小さな我が子たち

小さな我が子たち

産後

1999年 10月 8日 午後2時22分  (29w4d)

体重 1280g 身長 38,5cm
頭囲 27,0cm 胸囲 22,5cm

出産当日 10月 8日(金) 1280g 

See1008 顔中に呼吸器をつけるテープで顔が分からない。


10月9日(土)体重 1262g -18g


この日目が覚めると 暗幕 は外されやっとどんな部屋にいるのかが分かった。

とても殺風景で、明るい。

看護師さんは明るくやって来て
「赤ちゃん元気よ!」
とだけ言ってくれた。

この時まだ私は現実を受け留められなかった・・・。

帝王切開の傷と血圧がまだ安定しないため部屋から出ることも起き上がる事もできなかった。

何時頃だろうか主人がやって来て、 Seeの写真を見せてくれた。
(上のポラロイド写真がそうです。)

私 「テープだらけで顔が見えないね!」

主人 「うん、顔全然分からないよ」

私 「写真で見ると結構大きそう」

主人 「写真では大きく見えるけど、こんなもんだよ」
と、片手の手の平をすくうように見せた。

私 「もう見たの?」

主人 「出て来てすぐに見せてくれた」

私 「どうだった?」

主人 「黒かった。」

私 「は?」

主人 「黒くって毛深くって小さかった。」

私  「失笑・・・。」

その日の事は良く覚えている。

現実を受け留めて行くにつれて、私はおかしくなっていった。





10月10日(日)体重 1234g -28g

今日はじめて夕方面会の許しが出た。

私は点滴をしているし、まともに歩けないため車椅子に乗せられ看護師さんに連れて行ってもらった。

入り口で2回イソジン消毒、白衣を着てNICUの中に。

赤ちゃんはいっぱいいた、奥になるにつれて保育器がいっぱいあった。

一つの保育器の前に連れて行ってくれた。

目の前にしてあまりの小ささに 愕然 とした。

こんなに小さいの??

顔見えないよ?

なんでこんなに包帯グルグルなの?

周りはいっぱいの 機械 。

心電図やら酸素飽和度を測るコード、点滴、呼吸器が取り付けられ肌が見える部分なんてそうにない。

そこではじめて、はじめて、自分のしてしまった事、現実を受け留めた。

涙が止まらなかった。

部屋に帰ってからもず~と泣いていた。

人と会うのが嫌になった。



10月11日(月) 体重 1188g -46g

個室から 大部屋 に移された。

私がいた個室は 重症患者 のための部屋でいつまでも入れなかった。

4人部屋でみなさん明るい方達だった。

はっきり言って普通に出産した人達が 疎ましかった。

今日も、もちろん面会に行く予定だった。

だが私の精神状態は悪くなり、血圧も上がった。

医師からの面会許可はおりなかった。

面会も許されないのか、とにかくやり切れない気持ちで一日中泣いた。



10月12日(火)体重 1152g

この日も血圧は相変らず。

面会も許されなかった。

一日中泣いた。

私はどんどん殻に閉じこもった。



10月13日(水)体重 1128g

血圧は上がったり下がったり、相変らず点滴は取れない。

同じ部屋の人達はみんな楽しそうに赤ちゃんを抱いたり、面会の人と話しをしていた。

本当に疎ましかった。

この日も面会はダメ・・・・。

母乳はどんどんあふれ、母乳パットを何枚も変えた。



10月14日(木)体重 1152g +24g

この日は先生がやって来た。

血圧の話になった。

「今日順調なら点滴外しましょう!」

とても嬉しかった、これで面会に行ける!!

夕方になり血圧測定になった、また上がり点滴は外れなかった。

もうどうしようもないなって思った。

自分の身体が情けなかった。

どんどん落ち込んで行った。



10月15日(金)体重 1142g

今日は朝から母が来ていた。

私はもう限界だった。

Seeに会いたかった。

看護師さんに半ば 発狂 しながら泣いて訴えた。

先生がやって来て、

先生 「どうしたの?大丈夫?」

私 「子供に会いたいです。」

母 「会わせてやってください」

この時はじめて母親が泣きました。
生まれてはじめて母親の涙を見ました。

先生 「うん、今日面会行こうね」

やっと許しが出て5日ぶりに面会に行った。

この日NICUで 面会ノート と言う物を渡された。

看護師さん 「このノートに毎日Seeちゃんの様子を書きます。」
「お母さんもお父さんもSeeちゃんにいっぱい書いて上げてください」

と渡された。

Seeノート

ピンクの女の子らしく飾られたノートだった。

この日から毎日面会に通った。



10月19日(火)体重 1082g

今日 降圧剤 の薬をもらって退院になった。

病院に近い実家に帰る事になった。




私は一度もSeeに母乳をあげた事がなかった。

入院中もただ母乳パットでおさえていた。

Seeには一度だって母乳を吸ってもらう事はなかった。









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