ワンワンほのぼの日記
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元旦の午後、夕方近くなって突然、携帯電話のアラートが鳴り、離れの2階にいたワタシ(名前はカリン 黒パグの雌、今年8月で14歳)は飛び起きた。少し揺れ、びっくりしたけど、物が落ちてくるほどではなかった。隣の部屋にいた双子のメグム(茶色のパグで雄、今年8月で14歳)も驚いて出てきた。父さん(人間の)は、母屋の事務所にいたが、すぐに車で外へ。母さん(人間の)が私たち二匹を抱いて「大丈夫、大丈夫」と言ってくれたけど、何が起ったのか、ドキドキが収まらない。しがらくして、外から帰ってきた父さんが緊急時避難用の大きなワンワンバッグを広げ、母さんと力を合わせ、私たち二匹を入れて、車で高台へ向かった。町内放送は、地震のあとの津波が予想されるため、「今すぐ避難してください」と何度も呼びかけている。ワタシの住む地区(兵庫県美方郡香美町香住区訓谷)は、日本海に面した100戸ほどの集落で、延長800メートルほどの砂浜の東側の輪峰山(りんぽうざん)の麓に魚見台(昔は山番と呼んだ)という標高およそ20メートルほどの高台があり、車が10台ほど止まれる広場があった。そこへ行くと、避難してきた車と人で一杯だった。父さんは、車を手前の道路の端に止めた。そこは、ちょうど集落と海と砂浜が見える場所だった。数日前から荒れた海は、白波を高く上げ、砂浜に打ち寄せていた。けれども、津波が押し寄せてくる気配はなかった。カーナビのテレビは、津波が最大3メートルと予想されていること、避難が必要な事を何度も繰り返している。車の後部座席で避難用のワンワンバックの中にいた、ワタシとメグムは怖くてしょうがなかったけど、声もだざす、じっとしていた。父さんと母さんの話す声が聞こえていた。メグムは目と耳が悪くなっているから(老齢化で)ワタシよりずっとずっと不安な気持ちだったとおもう。どれくらいそこに避難していたかは覚えていないけど、夜になって家に戻った。結局、わが家は幸い被害はなかったけど、能登半島では大きな被害があり、多くの人が亡くなり、多くの人が被災された。被災された人たちが一日も早くふだんの生活に戻れるよう祈っています。
2024年01月18日