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都合により、しばらく休載します。長男が指にけがをして入院し、病院への行き帰りで忙しいためです。ご了承ください。
2005年02月12日
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そうそう、節分の行事で、ひとつ書き忘れておりました。長い棒状のねじり飴「延命飴」も、この日に食べるものです。わたしがよく食べていたのは、断面が3稜で、らせん形にねじってあり、端が赤または抹茶色をしていました。大阪は堀川の十日戎(1月9~11日)に父と行くとき、いつも途中の天神橋筋商店街に寄って、そこの和菓子屋で「福飴」と「延命飴」を買うのが習わしでした。ちなみに福飴はどこを切っても「お多やん」が出てくる金太郎飴状で、ガワが赤いのと白いのがあり、これはえべっさんのときに食べるもの、ねじ飴の延命飴は、2月まで置いといて食べるもの、でした。この店のは芋飴ではなくて有平糖(あるへいとう)であっさりしているというので、父のお気に入りでした。今年、えべっさんの時に寄ると「今年は飴を扱うのん、やめましてん、すんません」ということで、やむなく堀川戎神社近くの露店で買い、子たちに食べさせています。
2005年02月05日
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3日は節分(立春の前日)です。この日のわが家の晩ごはんは、麦ごはんと、イワシの塩焼き、大根なます、すまし汁です。父は「質素な食事をして<年越し>を祝うんや」と言ってました。<年越し>とは立春という古来の年の初めを祝うための行事で、節分もそういうふうに位置づけられていたのでしょう。節分には大豆を炒り、鬼やらい(追儺)とて「鬼は外! 福は内!」と叫んで撒くのですが、まず撒く前に各自が「数え年+1コ」の豆を取って、半紙に包みます。次に、また「数え年+1コ」の豆を取って、今度は食べます。各自が包んだ豆(半紙をひねったもの)は、家長がまとめて神社(氏神さま)に奉納に行きます。わたしが子どもの頃は、そうしたあとで、1升ますに余った豆を盛大に撒きました。(翌朝、庭じゅう雀がやかましく啼いていました (^o^))昨今、「恵方を向いて黙って巻き寿司をかぶる」という行事が喧伝されています。わたしは、わが家も含め、その土地の風習は守っていきたいと思うのですが、こういう海苔屋・寿司屋の宣伝めいた風習がはびこるのは、どうしたものでしょうか。バレンタインデーも含め、大手の業界には勝てないということなのでしょうか……。今なお、わたしは、大阪古来の風習はそんなものではないということを訴えたいのですが。
2005年02月02日
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