名古屋大学で僕がした話



ゲストは3人。僕と在日2世のK(女性)さんと日韓ダブルのIさん(女性)。それぞれの持ち時間は20分ずつ。

 まずはじめに話をしたのはKさん。内容がめっちゃ濃かった!あの話を本当の意味で理解できる学生って一人もいないぞ。間違いなく。それはKさんの話がわかりにくいと言うのではなく、バックホーンとしてあるのものが掴みにくいと言う意味で。30代の二世として、父親が済州島出身で4・3事件の現場にいて、そういう話を聞かされながら育ち、かつ朝鮮的な封建的考えの色濃い一世の影響を受けてきた二世の恨を、僕は感じ取れた。言葉の一つ一つから出てくる蟠りの凄まじさは、その状況を経験した者でなければわからないだろう。同じ30代でも二世と三世ではかなり考え方が違うのだということを実感した。二世は一世の生き様を見、自分を親である一世の時代の呪縛から解き放とうと躍起になる。三世は日本社会で生きていく中で自分の中にある韓国を探そうとする。質の違う葛藤があるわけだが、時代の波をもろに被ってきた一世の生き様の影響を見ているぶん、やはりその強さは二世の方がはるかに上だ。同じ30代の三世とKさんを比較してみてもそう思う。
 だが、Kさんの言いたかった事は自分のバックホーンの事では無く、日本人と在日韓国人は外見上は「同じ」に見えるから、日本人と「同じ」で何の差も無いと捉える事は否であるという事だと思う。歴史的な背景が違うと言う事は、どれだけの差を生むのか。そこのところを考えてほしいということだったと僕は捉えた。

 2番目は僕。最初におじいさんのお墓の写真を機械を使って、見せた。あっ。その前にノリパンの6月公演の宣伝しました。それで、学生達に僕が韓国との縁が切れていない人間だと言う事を印象付けてから、自分の父方の家系図を黒板に書き、父方にも韓国人が結構いる事を暴露(笑)。僕が在日と日本人の関わりの中で存在していることを述べたあと、日本人の血族社会の中でのコリアンの息苦しさを伝えようと思ったが、多分、そこのところは上手く伝えられなかった(笑)。
 ただ、僕は最後に日本人として日本で生まれ育ち、日本語を母国語としていても、韓国と言うルーツを持っている以上、政治・文化・歴史にいろんな面で翻弄される可能性をいつも孕んでいる存在であり、異文化交流はそういった要因で良い方向にも悪い方向にも動いていくという事で話を絞めた。

 3番目はIさん。自分は全く同化した日韓ダブルであり、母親が韓国人だということは知っていたが、そういうことをあまり考えずに生きてきた。だが、カナダ留学の時にそこにいた韓国人から、韓国人と思われて幾度となくいきなり韓国語で話し掛けられて、自分のルーツに目覚める。だが、母親はルーツに目覚めたIさんに対して複雑な思いに駆られる。だが、Iさん自身が韓国に行ったり、韓国語を勉強していくうちに自分の中に残された韓国に気付きはじめ、同時に母親の抱えてきた想いもわかってきた。という話でした。

全部が全部覚えていないので(それだけ各々の話が特色のある濃さをもっていたということでもあるけれども)、僕の思い違いはあるかもしれないが、コリアンでもいろいろな葛藤があるのだなあと改めて痛感した一日でした。




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