■祖父の最期の報せ
こんばんは! 今日も はるはなブログへ来てくれて ありがとうございますっ♪
(今日は プライベートな写真を 初公開しちゃってます☆)
昨年の12月。母方の祖父が 他界しました(-_-;)
94歳でした。大往生だったと ママゴンは言っています。
祖父は 80歳の後半から かなり耳が遠くなっていました。
わたしたちは 毎年お盆に お墓参りのため お爺ちゃんの住んでいる町に帰ります。
90歳になってからは 足腰が弱くなり 転んで骨を折ったりして入退院を繰り返していました。
いつも 「来年も来るからね♪長生きしてねっ」 と言って帰って来るのですが 2003年の夏も いつもと同じように わたしたちは 子どもたちを連れて はるばる金沢へ行きました。
入院していた病院へ見舞いに行くと 祖父は 外出届を出して ちょこんと ベッドの上に腰掛けていました。
「店に戻る…」 と言っていたので わたしたちの車に乗せ お爺ちゃんの営んでいる蒲焼屋まで連れて行ってあげることになりました。
祖父は ふら~ふら、と危なっかしい歩き方で 主人に支えられながら 車に乗りました。
祖父は 石川県の金沢市内 (兼六園の近く) で 何十年にもわたり
どじょうの蒲焼屋を営んでおりました。
このブログを読んでくれている方の中には ご存知の方も また 毎年
蒲焼を 買いに行って下さった方も いらっしゃるかもしれませんね…

ありがとうございますm(__)m
金沢のローカルテレビに取材を受けたこともあり 地元では 知っている方も大勢いるとか。
「うう~ん。この子は誰じゃったっけ?」
と お店を手伝っている お婆ちゃんに聞いています...
「なに言うとるがな~爺ちゃん。東京のとし子んとこの 子どもやがな♪(^.^)」
と お婆ちゃんが答えると
「あぁ~そうだったがやぁ~ハハハァ~♪」
と ニコニコ笑っていました。
( とうとう…孫の顔も忘れたんっ (ΘoΘ;) )
「でも 誰の車だか分からんのに よう乗ってきたね~」
と わたしは言いました (ΘoΘ;)
「で、あの人は誰だがや?」 と 祖父は 主人を見て言います。
「決まっとるがやっ!ご主人様っ」
と 半分 婆ちゃんは怒鳴って言いました。
(祖父は 耳が遠いので 怒鳴っているように話さなければならないのですが…)
金沢の夏はとっても暑いけど ステキな街です。けれど わたしたちは お盆にしか行かないので この兼六園の有名な雪吊りの冬景色を見たことがありません。
「イチ度 あの景色を見てみたいね~」
と帰りの車の中で主人が言いました。
わたしは
「そうだね~夏にしか行かないから まだ見たことないもんね…もしかしたら お爺ちゃんが気を利かせてくれちゃうかもしれないね…」
わたしは 毎年 金沢へ行く度 何となく 祖父との別れは 冬のような気がしていました。
金沢の冬は雪が たくさん降り積もります。
わたしは 凍った路面で滑って頭を打ちやしないか 風邪をこじらせ肺炎にならないか と 大雪が降った日のニュースを見ては 金沢の祖父を心配していました。
予想通り… 祖父は雪の降る季節に 静かに息を引き取ったのです。
亡くなった報せを受けた日の 北陸地方は 大雪。
無言で テレビを見ていた わたしと母。
その時 テレビでは 兼六園の雪吊りの景色が映し出されていました。
「今年イチ番の…」 アナウンサーが話しています。
(急な報せで 葬儀に出られない私達に お爺ちゃんが この景色を見せてくれてるんだ…)
わたしは しみじみ 後になってから涙が出てきました。
いろんなことがあった お爺ちゃんの人生。。。
早くにお婆ちゃんを亡くして 母を入れて5人の子どもが居たのに 誰一人
爺ちゃんの最期を看取ってくれた 子どもはいなかったね…
けれど 再婚した お婆ちゃんの息子さんには 本当の息子みたいに
良くしてもらえたから それほど 悪い人生でもなかったかな?
祖父は、7日間も 危篤状態が続いたようです。
この世界と あっちの世界を 行ったり来たり していたんだと わたしは思ってます...。
おそらく 長生きした分 たくさんの人の許へ 最期の挨拶回りをしていたのでしょう。
■あれは爺ちゃんだった!
不思議な事がありました。亡くなる7日前の 11月28日。
寝静まった台所に人の気配を感じました。
その時の記憶が なぜこんなにも鮮明なんだろう? と 不思議に思うくらい 今でもハッキリ覚えています。
カサカサと袋を触る音や カチンッとライターを付ける音 床を擦って歩くような足音…
最初は 母が夜中に起きて パンを食べたり タバコを吸っているのかと思ったのですが
翌日 母が
「あんた 昨晩は 起きてきて 何をやってたの?」
と言うので 同じ気配を 母とわたしだけが感じていたことを知り 何か 落ち着かない気持ちだったのです。
それは 1週間後の 親戚から掛かってきた電話で 納得が出来ました。
「1週間ほど意識不明が続いとったんやて…」
我が家にも 最期のお別れをしに 来ていたみたいですネ。
母が ここへ越して来て 間もない頃だったので
「娘 (母) のことが 心配だったんじゃ~ない?」
と 母に 言いました。
『我がまま言わんと お世話になるんやで…』
お茶目にも タバコを吸って くつろいで あの世へ旅立った お爺ちゃん☆
お爺ちゃん(*^_^*)長い人生 本当にご苦労様☆
お茶目な爺ちゃんがいないのは寂しいけど
また 会えるよね!遠くから 見守っていてね♪
もし 道に外れたら“渇”入れてねん~(^^)/~~~
※爺ちゃんが抱っこしているのは 生後4ヶ月の末娘♪3人の子どもがいるけれど
自分から抱っこして 写真に向いてくれたのは これが最初で最後です。
○o。. 今日も 最後まで 読んでくれて ありがとう~ .。o○
何年ぶりだろう… 2014.12.16
忘れてたっ (*_*; 2007.06.28 コメント(4)
☆..5..凹み話最終章 2007.06.27
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