REDCAR

■REDCAR


夜の国道を走る紅い車。亡霊のような明かりが現れては消えていく…


2005-10-02 18:22:21


この紅いスポーツカーは、彼女との逢瀬の為にあった。
僕らは数日と置かずして逢瀬をくり返し、夜のドライブを続けた。
憂鬱な日常に取り込まれないよう、僕は仕事と生活を、彼女は制服と許される限りの時間を置き去りにしなければならなかったが、
気にしてはいられない。
僕らはわずかニ座席分の密閉空間に収められ、笑顔を作りあうこともなく、深夜の国道をひた走る。
彼女は、飼いならされた羊のように手足を伸ばして眠ることを許されない。
寝返りをうっては「暑い」と言って、汗まみれの腕をからませる。慌てる僕をヒステリックな声で吹き飛ばす。
浮かんでは消えていく街の亡霊は、僕らを照らし、その所在を明らかにさせた。
誰からも祝福されない僕らは、疲れた眼で、延々と続くアスファルトを見つめる。
ハンドルを切る度に震えるペディキュアが、ダッシュボードに不規則なラインを引いた。
僕はすでに彼女を愛し過ぎたことを後悔していた。そんな舌打ちを、彼女は感じる。
「あなたは自分の四肢を噛むことしかできない哀れな老犬だわ。
でも、そうね。そんな意味じゃああたしも同類よ。いつまでたってもこの刺のついた首輪を外すことができない。
ママの呪縛を解くたった一つの鍵が貴方である以上、あたしはあなたから離れない。」
僕は何も聞こえないふりをして、アクセルを踏み込んだ。

もし君が、これまでの平凡な人生を憂い、残りの人生はハリウッドムーヴィばりの破天荒で有意義なものを、と考えていたとしても、
それは映画か小説の中だけに留めるべきだろう。
今スクリーンに華麗に映し出されているハリボテは、いままで君が組み立ててきた世界を消去するほど、素晴らしいものとは限らない。
そう。彼女を失った瞬間、世界はガラスのように砕け散った。闇の中で僕は考える。
ゆっくりとしばたく瞼と大きな目、手にした紅い風船と同じ色をした薄い唇、だらしなく椅子に座り、長い黒髪をかき上げる所作…。
いつでも僕はその記憶の中から、彼女を呼び起こすことができる。同じ口調で僕の名前を呼び、同じ笑顔を向けるだろう。
ビデオテープのように寸分も違えずにくり返される彼女は、僕の頭の中を埋め尽くす。
そして僕は永遠に悲しみを食べることだけを強いられる。
永遠に続く夜の中で、紅いスポーツカーは彼女を思い続けるマシーンとなって、幻想の街を永遠に彷徨う。
「彼女を愛し続けることは、悲しみを育てるのと同義だ。」
これは僕の小説の中に出てくる男の台詞だ。
そう。僕は悲しみを増殖させる術しか知らない。
紅いスポーツカーは、もう螺旋道路から抜け出すことはできない。

(最愛の少女に捧げた映画「私は悲しみを増殖する術しか知らない」原案)





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