「とき」です。
1977年 西川口ー蕨間 塚越陸橋あたりでの撮影です
このアングルなら側面の車号を読めるはずなのですが、相変わらずのピンボケで判
読できません。
特徴としてバックミラーの柱がみえ、スカートのタイフォン孔がまんまるです。
ショートスカート+丸孔という組み合わせのクハ181は・・・・
41、42、43、44、45 5両が該当します。
どれも上越特急用に新製されたクハ161からの改造・改番車です、
この写真を無理やりズームアップしてみると丸いタイフォン孔の周りにわずかな盛
り上がり(縁どり)がみられますので、該当する車は44、45のいずれかという
ことになりますが、それ以上決定的な車号特定ができません。
そこで、この2両について、ネットでググってみたところ、スカートの自連カバー
の塗り分けの具合と、撮影年月が同時期にの写真ではそのキズ(凹み)のつきかた
(模様)が同じ写真がアップされているのを見つけました。
その写真は「クハ181ー44」とされていました。
この車は同僚の45とサシ181-43とともに、当初161系として発注、製造
されながら 181系として落成した車両で、最も早く「181」を名乗ったこ
とになります。
次は1974年の5月、赤羽付近での撮影です。
見事なピンボケ、ブレブレです。
客用扉の向かって左にみえる洗面所の窓が小さい(幅)ことから、クロ151
(→クロハ181)からの改造車であることがわかります。
改造にあたってはボンネット(正確には乗務員扉より後ろ)部分を残して
客室部分を新製して接合した際、オリジナルの台枠はそのまま使用したため、
クロは車体長がクハより500㎜短かったものがそのまま外観上の特徴として
残ったものです。
短さのしわ寄せが車端部の便洗面所の部分に来たというわけです。
オリジナルのクハと比べてみましょう。
上が上掲写真、
下は クハ181-1 1974年5月 軽井沢駅に到着する、下り「そよかぜ」
です。
「そよかぜ」のクハは、外気取り入れ口が1つで、屋根上に押込型のベンチレー
タがなく、運転台直後のユニットクーラーも扁平なので、ずいぶんとすっきり
とした印象です。
では鑑定です。
クロ改造のクハ181は50、60番台です。
クハ181-53 ←クロ150-3
(サロ180-3の改造車。事故車クロ151-3代替)
クハ181-56 ←クロ151-6
クハ181-61 ←クロ151-11
ここまでが、クロ時代の元番号+50で付番
クハ181-62 ←クロ151-4
なぜかここからは 61からの続番になります。
以下の3両は強いて言えばクロハ経由で元番号+55・・・????
クハ181-63 ←クロハ181-8 ←クロ151-8
クハ181-64 ←クロハ181-9 ←クロ151-9
クハ181-65 ←クロハ181-10 ←クロ151-10
では、53、56、61、62、63、64、65 のどれで
しょうか。消去法でいきます。
ショートスカートである・・・・ 65でない
少なくとも助士席側のバックミラーがない・・・53、56、61でない
タイフォン孔が内側に寄った長丸である・・・56、61、62、63でない
消去されなかったのは 64 だけである。
64と断定するに足る外観上の特徴はこの写真からは見当たりません。
で、またまたネット上の 64とされる写真を探しましたが、同時期の撮影の
ものが見つからず、スカートの損傷具合からの特定はできませんでした。
しかしながらクロ改造車でこのスカート、タイフォンは64だけですので
間違いないと判断しました。
続いて
こんなアングルで撮ろうなどと思うってのはボンネット車ならではです。
とき・・・新潟車・・・ロングスカート・・・
いわずもがなの 65 です。
少し前までは帯なしだったようですが、帯入ロングってのは確か
この車だけだったはずです、
1975年11月24日 上野駅7番線での撮影です。
ひきこもりテツ には珍しく撮影日が明確なのは、この日は、奥羽
本線の全線電化完成により485系化された、181系気動車特急
「つばさ」の最終日で、同じネガに収まってましたので。
ついでにです。クハではない、キハ181
キハ81「はつかり」以来、汗の涙のDC特急のお守りに終止符を打つ
尾久客車区の検修の方々の思いがこもった特製の「ごくろうさんでした」
の惜別プレートが印象的です。
尾久から添乗してたのか、上野駅に参集したのかは知りませんが、職員
の方々が入線後線路上で記念撮影や、ホームに群がるファンのカメラを
預かって線路上からベストアングル?の写真を撮ってあげてました。
このプレートは確か発車時には外され、ヘッドマーク周りのモールは
そのままで発車していきました。