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今の時期は雪が降って積もって、昼間に少し溶けて夜にそれも凍って、また雪が降って・・・のくり返し。今日灯油代をかなりとられてしまった。これだから冬は・・・。寒くて動きが鈍くなるし、出費は多いし。クリスマスと大晦日とお正月が終わったらただ寒いだけ。早く終わってほしい。早くあたたかくな~れ。今月の21日は妹といっしょに待望の千住真理子さんの宮城県民会館でのリサイタルを聴いた。全席指定。「火の鳥2772」で、彼女の色彩と創造性豊かな演奏に感服していたので、この日を待っていた。彼女は、今ストラディバリウス・デュランティを持っている。そのヴァイオリンがどんな音を出すかも楽しみだった。当夜の演奏は世界の小品名作を弾かれた。耳になじみのある曲がほとんどで、それだけにヴァイオリンの音がどんなものかわかりやすい。最初に音を出した時は、ヴィオラかと思うほど音が低かったので驚いた。私は、千住さんご自身は「とても悲しい曲」と言っていたチャイコフスキーの瞑想曲がとても心に響いてきた。彼女が「好きな曲」と言っていたフォーレのシチリアーノも気に入ったが。切なくて、音の繊細で微妙な変化がすてきだし。何より彼女に合っている。ところで、おわかりだと思うが、彼女は自分で解説しながら演奏をしていた!リサイタルの後で妹が「普通は司会者にまかせるのに・・・人柄がうかがえる」と言っていた。父にもこの話をすると、「演奏者が自分で解説するのはすごくエネルギーを消耗するんだぞ。チェリストの故井上頼豊さんが自分で解説しながら演奏したのを聴いたことがあるが、終わった時はぐったりしていた。演奏するということはそれだけ全力投球なんだ」ということだった。迷ったが、ロビーで売っていたCD(「カンタービレ」)を買ったおかげでサインしてもらえた。それにしても、サイン会は時間制限もあって千住さんはベルトコンベア状態でひたすらサインにお忙しく、ゆっくりお話するひまもなかったのが残念だった。「お恥ずかしいですが『火の鳥2772』でファンになりました」とか言いたかったのに。なりたかった人。今となっては無理だろうけど、言うのだけは自由でしょう。ロシア・東欧専門の学者になりたかった。好きな対象を研究するのってすてき。最近になって何がしたいのかわかってきた。これらの国々に行って、人や町や、自然や静物などをただ描きたい。これから、この日記は今まで以上に好きなことについて語りたい。かけがえのない、私の居場所なのだから。
2005.01.28
あけましておめでとうございます。だいぶごあいさつが遅れたが・・・。今年もよろしくお願いします。今の季節はあんまり好きじゃない。でも、「寒い寒い」と言ってふとんにもぐり込む時の安堵感はこの季節ならではのものだろう。同じく、おふろはめんどうで好きじゃないけど冷え切った体を熱い湯に沈める時の気分はなんともいえない。それにしても、朝、起きなきゃいけない時に限って、どうしてふとんのあたたかさがちょうどよい感じになっていて、出たくない気分にさせられるんだろう?さて、大晦日の話だ。この日は生協の個人宅配で大量に食材が来て大忙しだった。生協のお店にも行かなければいけなかったし、ケーキを買わなければいけなかったし(笑)、お雑煮の具の下準備もしなければいけなかった。妹が前日30日に友人につきあって横浜でのサザンオールスターズのコンサートを聴きに行って大晦日にこちらの家に直接帰ってくることになっていたが、この日はちょうど雪にあたって、新幹線が遅れて大変なことになってしまった。大晦日は毎年、つまらないと言いつつ、NHKの紅白歌合戦をみていたが、今回は最初の方は観ずにひさしぶりに(恒例の)音大生の大合唱によるベートーヴェンの「第9」を聴いた。指揮は作曲家でもあるクシシュトフ・ペンデレツキという方によるものだった。解説は千住明さん。彼の解説はなかなかよくて、「第9」をベートーヴェンの民衆への呼びかけではなかったかというようなことをおっしゃっていた。私は想像した。当時の絶対王政の、自由のない封建社会を変革しようとした民衆の怒涛のようなエネルギーがそのまま音楽の語法に置き換えて音楽として結晶するところを。一体、これをどんな魔法や錬金術を使えば当時の社会の動きと音楽を別々にわけられるのかと芸術至上主義の人に問いたい。こういうことをわかって聴くのと聴かないのとでは感動の質がまるっきり違う。ひさしぶりに聴く「第9」は、終楽章の合唱もさることながら、その途中経過も素晴らしく聴けた。なにやら苦しげな、歓喜に向かうまでの生みの苦しみのようなものを感じるのだ。そして、終楽章の怒涛のような歓喜へ突っ走る。そしてまた、民族や宗教をこえた普遍的なメッセージが今に通じていると感じた。千住さんといえば、12月12日に紹介した妹でヴァイオリニストの真理子さんのコメントも思い出すが、いいなあ・・・。一番上のお兄さん(博さん。日本画家)も含めて、千住3兄弟のこれからの動向に注目!だね。大晦日の夕食は決まってしゃぶしゃぶを食べるが、今回は少しきばって、肉を多くしたら、ちょっと多すぎた。21時15分頃にようやく妹到着。「ゆく年くる年」をいっしょにみながら、年越しそば(えび天をのせた)を食べた。年が明けて、お互いに「あけましておめでとう」と言った。そして寝床に行った。母のいない年がまた明けた。今年のお正月は、生協の個人宅配でいつもののしもちを買えなかった。生産者が高齢で作ることができないということで、仕方なく切りもちを買った。うちのお雑煮は仙台雑煮だ。焼きハゼでだしをとったしょうゆ仕立ての汁に(下準備済みの)大根、人参、ごぼうを千切りにしたものと凍み豆腐、上に刻んだセリといくらをのせてできあがり。あんこもちといっしょに食べる。おせちはない。生協の個人宅配でかまぼこセットのようなものを買って重箱につめるだけ。年賀状が来るのは元旦の楽しみだが、年賀状って本来、お正月にその雰囲気の中で書くものだったそうだね。元旦に届いた年賀状を読むのはいいんだけど、間に合わせるようにポストに投函するには、正月気分もへったくれもない12月末のあわただしい時に書かなければならないわけで、ジレンマだなあ。正月の夕食はカニを出した。去年はしょぼい量しか出せなかったので、今年はきばった。そしたら、しゃぶしゃぶの肉と同じで多すぎておなかいっぱいになった。う~ん、請求金額がどうなるか、こわい・・・。それにしても、イラクの子どもたちや地震、津波で被害に遭った方々に申し訳ない・・・。お正月にうちでよくみるテレビ番組といえば、「箱根駅伝」だね。でも、テレビ放映の仕方については、うちでは文句たらたらで、(民放で放送している)「NHKにやらせろー!」と父と妹はしきりに言っていた。私は往路の山登りが好きだ。そうそう、「ウィーンフィルニューイヤーコンサート」をお忘れなく。ワルツやポルカをたくさん聴ける。今年の指揮者はロリン・マゼールだった。今回も、ヴァイオリンを弾く場面があった。そういえば、今年は最後の「ラデツキー行進曲」をやらなかった。理由は・・・わかるような気がする。以上、かけ足ではあるが、今回の大晦日とお正月をふり返ってみた。
2005.01.10
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