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るりいろるりりん @ Re[1]:隠国の初瀬に・・(01/11) ユウキ☆ママさん 神社のお正月の雰囲気…
るりいろるりりん @ Re[1]:隠国の初瀬に・・(01/11) sakura529さん おめでとうございます♪ …
ユウキ☆ママ @ Re:隠国の初瀬に・・(01/11) るりりんさんらしい清々しい初詣の景色で…
sakura529 @ Re:隠国の初瀬に・・(01/11) 明けましておめでとうございます! 牡丹…
るりいろるりりん @ Re[1]:隠国の初瀬に・・(01/11) るり4241さん 季節外れですが・・ 「…
2004/09/24
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カテゴリ: カテゴリ未分類
伊賀上野・・戦火を逃れたこの町は,昔ながらの佇まいが町のあちこちに残っています。

今回訪ねたのは、蓑虫庵(ここは芭蕉関係なのですが、観光コースから離れているためあまり人がいません)、崇広堂、寺町。
中でもとてもとても気に入ったのが,藩校「崇広堂」
藩校時代の様子をよく残していることから、現存する数少ない藩校の一つとして、国の史跡に指定されています。
ここは、1821年、伊勢津藩第10代藩主藤堂高兌のとき、伊賀地方に住む藩士の子弟のために建てられた藩校です。伊賀上野は伊勢津藩の支藩に当たります。
藤堂高兌は財政難に陥った藩の経済を立て直すため、当時、藩政建て直しに成功した米沢藩主上杉治憲(鷹山)の勧めを入れて、人材育成のために藩校崇広堂を建てたそうです。
崇広堂の講堂の入り口には、鷹山の筆による「崇廣堂」の扁額がかかっていました。
中国の「書経」の中の「功崇維志、業廣維勤」から採った言葉だそうです。


崇広堂大玄関


崇広堂の大玄関から入るのは教授たちです。
藩主のお成りの時は、この右手に一回り小さな小玄関があり,そこから入ります。


崇広堂講堂


創建当時はこの講堂を中心とする文教場のみで武道場はありませんでした
この講堂の前に鷹山筆「崇広堂」の額が掲げてあります。
講堂前の階段から、生徒たちは出入りしたとのことでした。

崇広堂講堂内部

これは講堂の内部です。
採光と風通しに気を配って作られたという講堂は、夏の暑い時期でも過ごしやすい広々とした空間でした。
この広い部屋に向学の志を抱いて、若者たちは勉学に励んでいたのでしょう。
ちょっと座ってみたくなりませんか・・
さて、この広い空間、座るとしたらどの場所でしょう。
無意識に座った場所は・・・いつでも教えて君の私が座ったのは、教卓にほど近い場所、そして、塾や大学の講師の経験があるダンナが座ったのは教卓の向こう側。



崇広堂中庭

ここは、講堂の北西にある中庭です。
この庭の北側に教授たちの控え室(担当教員室みたいなものかな)が並んでいます。
なんだか落ち着ける雰囲気でした。

見学が終わって、講堂の縁側に腰掛けて、前庭に今を盛りと咲くピンクの百日紅を眺めていると・・・
他に誰もいない静まり返った空間に、崇広堂の流れを汲む隣の県立高校から、吹奏楽部のパート練習の音と、テニスボールを打つ音が聞こえて来るのでした。






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Last updated  2004/09/24 06:36:17 AM
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