JINさんの陽蜂農遠日記

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2025.03.13
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カテゴリ: JINさんの農園
石段を上って行くとその先にあったのが「 杏壇門(あんだんもん) 」。



巨大な「 杏壇門 」。
杏壇門 」は、湯島聖堂の最も重要な建物である孔子廟(大成殿)の、すぐ前にある門。
杏壇門の名称の由来としては、 孔子が学問を講じた壇のまわりに、杏(あんず)の木があったこと
から、 学問を教える場所 や、 学問所の建物を、杏壇と言う
中国山東省曲阜にある孔子の教授堂の遺址の周囲には、杏の樹が植えられ、杏壇門の名称が
付けられているとのこと。
間口20m、奥行4.7m、入母屋造り。
杏壇門:杏壇とは、山東省曲阜にある孔子の教授堂の遺址のこと。



杏壇門の金文字の額。徳川宗家第16代徳川家達公の筆  と。
杏壇門から、北側の孔子廟(大成殿)の建物と前庭が見えた。



杏壇門 の右側。



「ご案内 (財)斯文会」。



屋根の一番上には、しゃちほこらしきものが見られた。



湯島聖堂の「 杏壇門 」と門前に掛けられた 絵馬



合格祈願 」の絵馬。



合格 」。



」。



大願成就 」。



すだじい 」の巨木。



すだじい 」ぶな科。
常緑広葉樹の高木で、樹高20 - 30メートル (m) 、直径1 - 1.5 mに達する。
成長すると樹冠がドーム状に丸くなり、スダジイ林を上からみると、まるでブロッコリーが
集まっているように見える。幹は黒褐色で直立し、若木の樹皮は滑らかであるが、成長すると
樹皮に縦の切れ目が入ることが特徴で、次第に深く割れる。若い枝は灰褐色をしている。



杏壇門 の左側。



「野球報道写真展 2024」が行われたようであった。



この霊廟は「 大成殿 」といい、 開口20m、奥行き14.2m、高さ14.4m
1690年(元禄3年)、林羅山が上野忍が岡(現在の上野恩賜公園)の私邸内に建てた忍岡聖堂
「先聖殿」に代わる孔子廟を造営し、 将軍綱吉がこれを「大成殿」と改称して自ら額の字を
執筆 した。またそれに付属する建物を含めて「聖堂」と呼ぶように改めた。
翌1691年(元禄4年)2月7日に神位の奉遷が行われて完成した。
林家の学問所も当地に移転している。



扁額「 大成殿 」。
この文字は、 伏見宮博恭王 により書かれました(※元々は徳川綱吉によって書かれていました) と。



再び、湯島聖堂大成殿の 屋根の棟に置かれた鴟尾(しび) を見上げる。
一般的な虎頭魚尾の鴟尾と異なり、竜頭魚尾で頭から水を噴き上げる 鬼犾頭(きぎんとう)の
形状 をしているのだと。
水の神であり、屋根の上に据えることで火を防ぐといういわれがあるのだと。



反対側をズームして。

北斎&広重 浮世絵に描かれた湯島聖堂・神田川 | 東京とりっぷ

北斎『新板浮絵神田明神御茶の水ノ図』(伊勢屋利兵衞版) をネットから。



屋根の部分の拡大したもの もネットから
屋根上の装飾は、現在の湯島聖堂の屋根にもある 鬼犾頭(きぎんとう)
往時のものは関東大震災で焼け落ち、大成殿内に保存されているとのこと。
鬼犾頭は、鯱(しゃちほこ)同様に、龍頭魚尾の架空の霊獣で、頭から潮を噴き上げている
水の神。火防の象徴的な存在 と。



墨の様に黒い社の屋根の上、そこには異形の獣が。
獣・鬼龍子(きりゅうし) 」と。
獅子の躰に竜の爪を持つその異形のモノは、相手を射つくすかのようなその鋭い視線を
来訪者へと向けているのであった。



大成殿 」横の「 回廊 」。



子供が柄杓で水桶に水を満たすと・・・「​ 宥坐之器 ​」👈️リンク。
桓公の墓にあった器は「水が入っていない空の時は傾き、水を適度に入れるとまっすぐに立ち、
水が満ちるとひっくり返り全てこぼれる」という。
これを見た孔子は「知を持つものは愚を自覚し、功績を持つものは謙譲の心をもち、
力を持つものは恐れを忘れず、富があるものは謙遜を忘れずに正しい姿勢を保て。」と
説いた故事から。



湯島聖堂 」案内書。



湯島聖堂・昌平坂学問所
徳川五代将軍綱吉は儒学の振興を図るため、元禄3年(1690)湯島の地に聖堂を創建して
上野忍岡の林家私邸にあった廟殿と林家の家塾をここに移しました。これが現在の湯島聖堂の
始まりです。その後、およそ100年を経た寛政9年(1797)幕府直轄学校として、世に名高い
「昌平坂学問所(通称『昌平校』)」を開設しました。
明治維新を迎えると聖堂・学問所は
新政府の所管するところとなり、当初、学問所は大学校・大学と改称されながら存置されましたが、
明治4年(1871)これを廃して文部省が置かれることとなり、林羅山以来240年、学問所となって
からは75年の儒学の講筵は、ここにその歴史を閉じた次第です。ついでこの年わが国最初の博物館
(現在の東京国立博物館)が置かれ、翌5年(1872)には東京師範学校、わが国初の図書館である
書籍館が置かれ、7年(1874)には東京女子師範学校が設置され、両校はそれぞれ明治19年
(1886)、23年(1890)高等師範学校に昇格したのち、現在の筑波大学、お茶の水女子大学へと
発展してまいりました。このように、湯島聖堂は維新の一大変革に当たっても学問所としての伝統を
受け継ぎ、近代教育発祥の地としての栄誉を担いました。

大正11年(1922)湯島聖堂は国の史跡に指定されましたが、翌12年(1923)関東大震災が起こり、
わずかに入徳門と水屋を残し、すべてを焼失いたしました。この復興は斯文会が中心となり、
昭和10年(1935)工学博士東京帝国大学伊東忠太教授の設計と㈱大林組の施工により、寛政時代の
旧制を模し、鉄筋コンクリート造りで再建を果たしました。この建物が現在の湯島聖堂で、
昭和61年度(1986)から文化庁による保存修理工事が、奇しくも再び(株)大林組の施工で行われ、
平成5年(1993)三月竣工いたしました。




湯島聖堂と斯文会
斯文会は、明治13年〈1880〉、東洋の学術文化の交流を意図した岩倉具視が、谷干城らと
はかって創設した「斯文学会」を母体とし、これが発展して大正7年(1918)公益財団法人
斯文会となったもので、孔子祭の挙行、公開講座の開講、学術誌『斯文』の発行などを中心に
活動を行ってまいりました。関東大震災で消失した湯島聖堂についても斯文会が中心となって
聖堂復興斯成会を組織し、全国に募金を展開して昭和10年〈1935〉再建を果し、その建物を国に
献納、国はその管理を斯文会に委託いたしました。昭和31年〈1956〉、新たに制定された
文化財保護法に基づき、改めて本会は史跡湯島聖堂の管理団体に指定されております。
会の名の「斯文(しぶん)」は、『論語』子罕(しかん)篇の中の孔子のことば「斯の文
(このぶん)」(周の文王の時より伝えられた文化の意)から取ったものですが、この文章には
周の文化の継承者として、また、儒学を大成した思想家・教育者としての孔子の烈々たる気概が
述べられています。「斯文」という名にはこの孔子の気概を心とし、伝えられた学問、文化を
継承し現代に創造していこうとする本会の基本理念が託されています。

このような次第で斯文会の事業活動の第一は、史跡湯島聖堂の歴史環境をいっそう整備し維持
管理に万全を期するとともに、これを公開活用して江戸時代以降聖堂が果たしてきた役割を
社会一般に認識していただくことにあります。




財団創立100年事業
斯文会は大正7年(1918年) 9月に創立されて、平成30年(2018年)には100年を迎えます。
財団法人として100年続き、公益事業を継続している団体は貴重であリます。
この創立100年を契機にさらに東洋の文化学術振興に寄与するとともに、来会者の利便性を
高めるために、環境整備を行います。また、100年記念事業を実施すべく、委員会を立上げて
おります。」



1.聖堂・昌平坂学問所の前身
尾張中納言徳川義直は、徳川幕府の儒臣林羅山のために、羅山の上野忍ヶ同の邸内に孔子廟を
建てた。
その際、孔子の聖像と顔子・曽子・子思・孟子の四賢像や祭器等を寄附し、「先聖堂」の扁額を
書いて与えた。
ここに見えるのは、林氏住宅、先聖殿、書庫のみで、まだ、家塾が林田主宅内にあったことが判る。
先聖殿も、西向きに建てられており、諸門は不忍湖方面よリーの門、ニの門と続いている。」



元禄辛未改作昌年廟學圖 」。



2 .宝永甲甲
前年の江戸大火により大成殿ほか焼失し、この年再建。大成殿・杏壇門・入徳門・仰高門、齋室・
学舎・廟幹舎など規模拡大、整備された聖堂となった。
また、仰高門の東側・西側に、それぞれ舎が建てられ東舎・西舎と名付けられた。この東舎が
事保年聞に日講が行われた場所。」



3.元昌平坂ニ於テ博覧会図
昇斉ー景は、初代歌川廣重(1797ー1858 )の弟子。滑稽味を帯びた明治の風俗画・風物画を
得意とする浮世絵師。
ここに描かれている博覧会は日本で最初(明治5年〔1872〕)に湯島聖堂で催された時のもので
ある。
大成殿を中央に東・西両廡(回廊部分)に展示品を配し、中庭中央には名古屋城の金の鯱が置かれ、
人々の賑わいを写している。」



4.高等女子・高等師範・湯島聖堂
この写真は建設中の二コライ堂よリ撮影された東京全市で、360度のパノラマ写真の部分図である。
撮影は、ニコライ堂建設期間中(明治17年(1884)~ 24年(1891))に仮設された足場を利用して
行われたという。
撮影者は未詳、一説にW. K.バルトン。
この写真には、右より、森の中に湯島聖堂の大成殿の屋根が見え、左隣に東京高等師範学校、
東京女子師範学校の校舎が見える。神田川を挟んで駿河台の元武家屋数群がある」



5.現在の湯島聖堂
緑青のふいた鋼板屋根の美しい大成殿と樹木が整備された聖堂」



6 .大成殿
[孟子』万章下「孔子聖之時者也、孔子之謂集大成、集大成也者、金聲玉振之也。」に基づく。
殿内、中央の神龕(扉子)に孔子像。左右には四配として孟子・顔子・曽子・子思の四賢人を祀る」



7.仰高門
仰高門ー仰高とは、「論語」子罕第九「顔淵喟然歎日、仰之彌高、鑽之彌堅。」による。
曲阜の孔子廟では、西方にある。一般見学者用の入り口になる門。
上野林家の先聖殿創建時には無い。元禄3年、湯島移築の際には見える。」



8.杏壇門
杏壇門一杏壇とは、山東省極阜
(大成殿)を後方に移し、教授堂(講堂)の跡地を瓦敷きにして壇(高台)とし、周囲に杏を植え、
金の党懐英が、「杏壇ニ字碑」を建立、のちそこに門扉か設けられ、杳壇門の名称が付けられた。」



9 .入徳門
入徳門ー入徳とは、朱熹の『大学章句序』「子程子日、大学、孔子之遺書而初学入徳之門也。」
による。
上野忍ケ岡の林家の先聖殿創建時にも入徳門有リ。曲阜の孔子廟には無い。江戸宮学・朱子学の
影響か。 聖堂内、唯一の木造建造物。



10.楷の由来

楷は曲阜にある孔子の墓所に植えられている名木で、初め子貢が(孔子の墓所に)植えたと
伝えられ、今日まで植えつがれてきている。枝や葉が整然としているので、書道でいう楷書の
語源ともなったといわれている。

わが国に渡来したのは、大正四年、林学博士白澤保美氏が曲阜から種子を持ち帰り、東京目黒の
農商務省林業試験場で苗に仕立てたのが最初である。これらの苗は当聖廟をはじめ儒学に関係深い
所に頒ち植えられた。

その後も数氏が持ち帰って苗を作ったが、性来雌雄異株であるうえ、花が咲くまでに三十年位も
かかるため、わが国で種子を得ることはできなかったが、幸いにして数年前から二三個所で結実を
見るに至ったので、今後は次第に孫苗がふえてゆくと思われる。

中国では殆んど全土に生育し、黄連木・黄連茶その他(黄棟樹、黄連、蓮連木など)の別名も多く、
秋の黄葉が美しいという。台湾では爛心木と呼ばれている。牧野富太郎博士は、これに孔子木と
命名された。

孔子と楷とは離すことができないものとなっているが、特に当廟にあるものは曲阜の樹の正子に
当る聖木であることをここに記して世に伝える。




11.孔子銅像
昭和50年(1975)中華民国台北市 ライオンズ・クラブからの寄贈。
11月3日除幕式を挙行した。



12.神農廟
元禄11年(1698)4月、聖堂構内東北の隅に祠堂を建て、神農像を祀った。
この神農像は、寛永17年(1640)徳川家光の命により、山下宗琢が建立。
作者は、明石清左衛門、藤原真信。雑司谷薬園に祀る。
明治16年(1883)浅田宗伯が医生の養成のため温知黌を開き、その労により浅田家に神農像が
下賜された。のち、木村博昭が浅田家を継ぎ、像は本郷曙町の木村家に移る。
昭和18年(1943)神農像が木村家より斯文会に寄贈され、6月末、敷地内東角に神農廟を移築。
これより毎年、11月23日に神農祭を挙行。」



13.明神門
鉄筋コンクリート造。平家建。切妻造り。延面積7.05m 2
昭和10年(1935)4月竣工。
寛政11年聖堂・学舎の規模拡大時に創建され、現在も旧中山道沿いに建ち、神田神社
(神田明神)へ通ずることから明神門の名がある。




「​ 湯島聖堂略志 👈️リンク。



杏壇門の扉の上部に刻されている紋章。黒漆に映えていたのであった。



「杏壇門」前から「入徳門」を見る




                                  ・・・もどる・・・



                  ・・・つづく・・・








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Last updated  2025.03.13 19:59:02
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