PR
Keyword Search
Comments
New!
Gママさん
隠居人はせじぃさんCalendar

正面の 唐破風(左下)と千鳥破風
。
唐破風、千鳥破風の破風板には飾り金具がつき、懸魚が下がっていた。
千鳥破風の妻飾りは二重虹梁のような構造になっており、欄間には格子が張られていまる。






























拝殿の正面に向かって左にあった「 鉄製天水桶
」。
1847年(弘化四年)頃の奉納で、区指定文化財とのこと。



















荷田東丸は 京都伏見稲荷社家に生る 通称羽倉斎本名信盛なり 元禄十三年三代将軍家光
五十年祭に勅使として 大炊御門前右大臣経光公中仏道経由日光及び江戸に下向の砌り随行して
江戸に出で 享保七年まで在府せり その間各所に講説し歌会を催し且つ多くの門人を養へり
その講席は当社神主芝崎邸にて後に東丸養子在満及び高弟浜松の人岡部三四真渕もこの邸を
借用せり 当時神主は芝崎宮内少輔好高 その男宮内大輔好寛その舎弟豊後守好全の三代約百年に
亘れり 然も好全妻女は東丸の女直子なり されば芝崎神主は歴代自ら学ぶと共に能く師東丸の
ために尽瘁し学園の場を供して国学振興に寄与せり 師東丸は門弟を訓ふる頗る懇切なりき
殊に元禄十五年門弟の宗偏流茶人中島五郎作宗吾等と密かに赤穂浪士のために計りて義挙を
扶けしはその忠直の性を知るに足る この東丸出でて吾が国学は加茂真渕 本居宣長と伝統して
今日に至る 今その遺跡に記して後学の為に伝ふ
(裏面) 題字 伏見稲荷大社宮司 守屋光春 書
協賛 國學院大學
伏見稲荷大社
靖國神社
湯島神社
龜戸天神社
神田神社
羽倉 信也
発起 羽倉 敬尚
池田 良八
莵田 俊彦
大鳥居 吾朗
今永 利男
昭和五十三年十二月吉日」

鵠沼探訪:相模準四国八十八箇所はじまりの… 2025.11.29
鵠沼探訪:相模準四国八十八箇所はじまりの… 2025.11.28
鵠沼探訪:相模準四国八十八箇所はじまりの… 2025.11.27