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御由緒 古来より此の地にお祀りされていたが、淳和二年(一八〇二)日本橋本町三峰講中に
より社殿が造営されお祀りされた。建御名方命は、神田神社の一の宮御祭神大己貴命の
御子で、大己貴命とともに葦原中津国を治めた武勇の神様である。
江戸時代に勧請された、右の神々は、関東大震災・戦災により社殿を消失し、以来神田神社の
本殿を仮御座として奉斎されていたが、平成二十四年十一月二十四日に七社の御神霊をまいりました。「平成の御造替事業」の締め括りに、七社の御神霊をほう奉鎮する「合祀殿」を建立し、お祀り
している。
令和三年五月吉日」






「小唄塚」碑と「小唄作詞塚」碑。
建立されました。吉田草紙庵は1946年(昭和21年)にこの世を去っているため、亡くなってから
10年後に小唄塚が建立されたことになります。
吉田草紙庵は当時の小唄人に広く関りを持ち、芝居小唄というの新たな小唄のジャンルを確立
したり、100曲以上の小唄を創作するなど小唄史に大きな影響を残しました。
神田明神の神田祭は、江戸っ子の「粋」と「いなせ」と「勢い肌」の象徴でありました。
江戸小唄の中には神田際は随所に取り入れられています。この憧憬もあって、大正・昭和の小唄
作曲に大きな足跡を残された吉田草紙庵(本名 吉田金太郎)を、縁りあるこの地に顕彰し、
昭和31年(1956)3月に小唄作詞家の市川三升・英十三・宮川曼魚の三長老(小唄作詞家
グループ火星会の前身閑吟会を結成し後輩の指導に当った)により小唄塚は建立された。
その後昭和62年(1987)6月に、小唄火星会をはじめ小唄作詞家協会の人々の発起により、
小唄塚建立30周年を記念して、作詞家を讃え、顕彰すべく小唄作詞塚が建立された。
茲に、小唄の両輪である、作詞・作曲双方の塚を揃え顕彰する事ができました。































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