そういえば 母は若い頃こう言っていました。
「 私は、人生の大道の、ど真ん中を歩いていきたい。 」
・・・片や娘の私はできるだけ道の端っこを
でも端っこ過ぎて溝に落ちぬよう、道を行く車や自転車にぶつからぬよう、細心の注意を払いつつ歩いていく…おそらくはそんなタイプかと思われます。
母は3人姉妹の次女、幼い頃は、自分の姉をいじめる近所の男の子たちを
大枝を振り回しながら追い駆けていたそうで Σ(・◇・ノ)ノ!
そういうところを考えますに・・やはり親子と言えど
母と私は正反対の性格だと思うわけです。
昭和47年4月、小学校の入学式にてクラス写真に納まった時のこと。
実は撮影の時に、左側のお友達がぐいぐい肩をせり出してきていたのですね。
せりだしてくるごとにこちらは大変狭苦しく
どうしよう・・・と困り果ててしまったのです。
写真屋さんが「 はーい、右端のお友達、もうちょっと詰めてね。 」
「 えーと、真ん中の人はちゃんとこっちを向いてね。 」などと呼び掛け撮影もいつ終わるか分からない。 長い。非常に長い。
その間にも、左側のお友達がぐいぐい押し迫ってくる。
押さえつけられている左肩が椅子の背に当たり、ものすごく痛い。
隣の人に「 もう少し離れてくれる? 」と言いたいけれど
どう伝えていいのかわからない。
前の方では写真屋さんが「 はい、静かにして!こっち向いて! 」と声を涸らしている。
そんな時に、たとえ我が身を守るためとはいえ隣の人に話しかけたらいけないよね・・困ったな・・などと思っていました。
そうだ、私は今、もの凄く大事な写真を撮っているところなのだから
しっかりしなきゃ!頑張らなきゃ!
痛いのも我慢するんだ!と自分を励ましながらの撮影ではありました。
…確かその時のアルバムが本棚の奥にあったはずだ と探してみましたら…ありました。
え、まるで森のドングリを思わせる風貌ではあります。

表情だけを見てみましたら、 この森のドング…
いえ当時の私
非常に平和な顔をしてはおりますけれども
心の中では「 どうしよう、困ったな。 」の嵐。
今にして思えば その数日前にようやっと6歳になったばかり、
周りのどのお友達を見ても自分より体も大きく、声も大きかった。
そういうお友達に圧倒されつつ 膝の上の小さな手にぎゅっと力を籠め
「 頑張れ、頑張れ 」と、必死になっていたあの時の自分。
まさに「 三つ子の魂百まで 」ならぬ「 六つ子の魂五十三まで 」。
おそらく多くの皆様方もそうだとは思うのですが
「 どうしよう‥ 」と困り果てながらも 表面的には「 いえ、なんでもありません。 」という顔で頑張り通してしまう。
「 何でもない風 」を装ってしまうその淵源は
実はこの入学式にもあったのではないか、と思うのです。
( 続きます )