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すべて伽哉のうち迷い道日記
パワーストーンとジンクスと
わたしも何年も前から石について気になっていました。
石、というのはとりあえず宝石なのですが、自分の身を守ってくれる石というのが私自身にもいろいろあって、その時その時石を付けかえたりしています。
不思議とルビーを付けるとそのパワーを感じる。仕事という場では自分を護り自分の力を増幅させてくれる。これまでの体験で感じた何かがわたしにルビーを選ばせるのだと思います。
わたしにとってルビーは仕事の石。
いつからそう思うようになったか、はっきりとは覚えてはいないのですが、細かくてあまりミスが許されないような仕事をしていたときに、ルビーを付けると一番仕事がスムースに行き、ミスも出なかったから、というのが始まりだったような気がします。
アクセサリーなので、ほかの石もつけたりもしていたのですが、いつ頃からか、わたしの中でルビーは仕事をするときに選ぶ石になっていました。
それでも、わたしはもともとルビーの深く沈んだような赤はあまり好きではありません。あまりに赤が濃いような気がするのです。
どちらかというとガーネットのような明快な朱色やピンクサファイアのような可愛いピンク、天上の色のような高貴で神秘的なインペリアルトパーズの光を内包しているようなピンク色のほうが好きなのです。
でも一番つけているのはルビーの指輪。好きとかきらいではなく、ルビーをつけると毅然とするような気がします。
仕事をするときに自分の身を護り、自分の力を増幅してくれる。まるで血のように濃い赤のルビーなのですが、この色にはやはり生命力のある金色が合うような気がします。
そしてやはり深く沈んだ赤のルビーには、装飾的なデザインが似合うと思うのです。
今、わたしが、仕事をするときにつけているルビーの指輪、ついでにルビーといったところでしょうか。
青いサファイアを中央に配しその周りを細かいダイヤで飾り、両サイドを葉っぱの形をした金とルビーが交互に飾る凝ったデザインでしたが、値段も手ごろで、一目見て気に入って買ったものです。
いつもは、買うものには慎重なわたしなのですが、そのときあまり考えずに買ったというのは、ひとつの出会いだったのかもしれません。
ついでにルビーの指輪。ほんとうはサファイアの指輪なのですが、わたしにはなぜかルビーの方が強いような気がします。
ルビーの効果は生命力の強化と不老不死!これを読んだときに「なるほど!」と思いました。不思議です。
<まぼろしのアクアマリン>
光輝くダイヤモンドや、その名のとおり水の結晶のように澄んだ水晶には、あまり興味を感じないのです。
わたしが、まず惹かれるのは、その石の持つ色だからかもしれません。
ほんとうに一番好きな色は、アクアマリンの水の色。でも、気に入ったアクアマリンは、持っていません。
アクアマリンの指輪も持ってはいるのですが、もう何年も指にはめることはないのです。
銀の台に丸い石という、とてもシンプルなデザインはとても気に入っていて、よく付けてもいたのですが。
いつの頃からか、石の持つ何か、それは目には見えないのだけど、身につけると力を与えてくれるような、そんなパワーを感じるような気がして、それからは、もっと強い石を求めるようになりました。
穏やかな水の色のアクアマリンより、もっと強い意思をあらわにできるような、そんな石を求めるようになった今、わたしは、一番好きなアクアマリンの石を探そうとせず、また心惹かれるアクアマリンとの出逢いも、まだ訪れていないのです。
まぼろしのアクアマリン。
もし、ほんとうに心から魅せられるアクアマリンの石との出逢いが、わたしに訪れるとしたら、わたしもまた、あらたなわたしを見い出せることができるかもしれません。
<名もなきオレンジの石>
父が亡くなった年の秋、はじめて父のくれた指輪をつけてみました。
ペルーの砂漠に、銅の精錬工場を建てる仕事で出かけていた父の買ってきてくれたおみやげでした。
ペルーは、金銀細工にすぐれ、その意匠も独特なアンデスのエキゾチックな文様が入った装飾品が有名です。
その指輪のことを思い出したのは、父が亡くなってから、しばらくたった頃でした。
オレンジ色の大ぶりな石のまわりを、すこし厚手の銀の帯で巻きつけたような、大胆でモダンなデザイン。
父からこの指輪をもらったときには、大きな石があまり好きになれず、一度もつけたことはありませんでした。
わがままで困らせてばかりいた娘のわたしを一度も怒ったことのなかった、やさしい父のことを思い出し、その指輪をそっと指にはめてみました。
不思議なことに、その指輪をはめると、いつもよりずっと指が華奢に見えるのです。
父が元気だったころに、どうしてこの指輪をつけなかったのだろう、と思いました。
その指輪はかけがえのない思い出のひとつとなり、指輪をつけると、形ある思い出を残してくれた父への感謝の思いが、わき上がってくるのです。
そのオレンジの石が何の石か知らず、シトリンかとも思い、石を扱う店でたずねたこともあるのですが、天然石ということはわかっても、名前はわかりませんでした。
ただ、かけがえのない父の思い出を残してくれたその石は、わたしにとって、この世でふたつとないものになりました。
<トルコのトルコ石>
みなさんは、トルコのトルコ石をご存知ですか?
わたしの誕生石は、トルコ石なんですが、一昨年まで、トルコのトルコ石があることは、知りませんでした。
ターコイズブルーの鮮やかな色は好きですが、トルコのトルコ石を知るまでは、トルコ石というのは宝石だと思えませんでした。
アメリカインディアンのアクセサリーなどにもよく使われますが、シルバーとよく合うターコイズブルーのトルコ石は、独立したひとつの石でなく、装飾品の一部のようにしか、わたしには、思えませんでした。
そんな先入観が強いせいか、ターコイズブルーのトルコ石とゴールドやプラチナと組み合わせた、アクセサリーとしては本格的な造りの指輪なども、あまり興味がありませんでした。
そんなわたしだったのですが、一昨年、偶然、デパートでトルコのトルコ石を展示しているのを見たのです。
ターコイズブルーのどこまでも鮮やかな青に、ミルクを溶かし込んだような、乳白色にちかい、うすいブルーの、傷ひとつないなめらかな石。
それが、トルコのトルコ石でした。
これは、たしかに磨き上げられた宝石。ターコイズブルーのトルコ石が、原石に近い力に満ちているとしたら、このトルコのトルコ石は、人の手で入念に磨き上げられた洗練された宝石なのでした。
それが、一度だけ、わたしがトルコのトルコ石を見た機会。
美しいその石に、心を吸いとられるような思いをしたのですが、あまりに高くて、そのときは、手に入れることをあきらめたのです。
それ以来、トルコのトルコ石には出会ってはいません。
でも、またいつか、トルコのトルコ石にめぐり合うことがあったら、その石はわたしの唯一の誕生石になるだろうと予感がするのです。
<幸福のエメラルド>
父の亡くなった夏は、ほんとうに暑い夏だったのですが、わたしが覚えているのは、病院に通ったお茶の水の道。
雲ひとつなく、空はどこまでも青く、苛烈なまでにまぶしい夏の陽射しに照らされた街の風景も、そのときのわたしには、どこまでも無彩色の断片と化し、途切れ途切れにしか、見ることができなくなっていたその頃。
日常という当たり前の風景から、自分がすっぽり抜け落ちていき、果てのない悲しみのあることを知ったときでした。
それでも、父が入院していた日々は、わずかな日数でした。
すべてが終わり、父を失い、そのあとに続く長い秋。
―本当に大切な人を失ったときに、その悲しみは癒えることはあるのだろうか。
時の流れも計ることも厭うような日々。心の底の喪失感に、打ちのめされるような日々。
それでも時はゆっくりと流れ、少しずつかなしみを浄化していってくれるような気がした頃。
わたしはひとつの指輪を買いました。
身につけたときに、父との別れの日々を経験した自分を忘れないように。
そんな証しが欲しいと思ったのです。
青くて深いサファイア、もうひとつは明るい緑色のエメラルド。
わたし自身は、サファイアに惹かれたのですが、母の勧めで、エメラルドの指輪を選びました。
その指輪をはめると、父と過ごした最後の日々がよみがえります。
そして父を見送った後の、残された夏の日々と後に続く長い秋の日々も。
だれでもない、わたしの悲しみは、わたし自身が、悲しみと向き合わなくてはならず、わたし自身だけが、悲しみや悲しみから生まれる自分の苦しみを、流れる時間に助けられながら、浄化していかなくてはならないのです。
流れる日々。それは今も続き、わたしは、よくエメラルドの指輪を身につけています。
母の勧めてくれたエメラルド、その効果は「幸せ」
それが、父がわたしに示してくれた最後の言葉であるような気もするのです。
<ただひとつの光輝くトパーズ>
「トパーズ、たくさんありますよ」
ほらっと袋を開けると、たくさんの石が、袋の中から、ビロードを貼った台の上に、こぼれ落ちるように出てくるのです。
いかがですか?と、その男性はトパーズの石をつまんで、わたしに見せてくれました。
シャンパン色の繊細で、きらきらよく光る石。
わたしは、それまでトパーズの石を、こんなに身近に見たことはなかったのです。
トパーズというのは、光の屈折がいいのか、一つ一つの石が、まるで生きているように、誇らしげに輝き、息づいて見えました。
そこは、家の近くの、いつもは通りすぎる宝石屋。店先のショーウィンドに飾られたラピスラズリのブレスレットに引かれて、はじめて、立ち寄ってみたのです。
その店の主人だという男性が出てきて、わたしを招きいれ、石が好きだというわたしのために、いろいろな石を次から次と見せてくれたのです。
真夏の昼間、むせるように熱い外とは別世界の、まるで石造りの神殿のような、ひんやりとした店内でした。
はじめて、間近に見るトパーズの石。
どんな光にも反射して、眩しく光輝く、トパーズの石。
わたしの手のひらのトパーズは、ひとつひとつ、どれも、あでやかにきらめくのです。
その光は、いっそ人工的にも見え、そのきらめきも、どこか無機質にさえ感じてしまう。
どうして、こんなにも、どんな光も反射するように輝くのだろう。
この石のほんとうの光というのは、どんなものなのだろう?
「いかがですか?」
この店の主人のことばに、わたしは、そっと首をふりました。
「どの石もみなきれいで、同じように輝き、どれにするのか、わたしには、わからないのです」
そうなのです。
石の持つ光というのが、ひとつひとつの石で、それぞれちがう個性を持っているとしたら、わたしの目の前のトパーズは、どれもみな、同じ輝きに見えてしまうのです。
大海に落ちた砂粒のように、自分が好きな石を、この中から見つけられるのだろうか。
わたしには、わからないし、見分けがつかないのです。
「そうですね」
この店の主人は、もの柔らかに微笑み、石をそっと袋にしまいました。
店の外は、真夏の夕方。
街の喧騒も、いっとき声をひそめるような、たそがれの時を迎え、わたしもひとり、その風景に溶け込むように、足早に、家路を急いだのでした。
▲掲載文書の無断転載はご遠慮ください。
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