極めて個人的な外界との繋がり

PR

Profile

雪村抱月

雪村抱月

October 15, 2004
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 飛行機が徐々に高度を下げ始め、ナビゲーションに示されたルートが終ろうとしているころに、時計の竜頭を引っ張って、時差を調整した。

 北京は数年前までは、酷い大気汚染に冒されていた。車の排気ガスが工場から噴出される煙などで、晴れていても遠くまで見通すのが難しいくらいであった。最近ようやく「昔の北京」を取り戻しつつある。
 10月は、北京ではもっともよい季節である。旅行もハイシーズンとなる。高い高い青い空がどこまでも広がって、空気はひんやりとしていて乾いている。その時期に偶然にも北京を訪れる事が出来たのは、ラッキーだったとも言える。
 随分と綺麗に整備された空港ターミナルを出ると、事務所の運転手の宋さんが待っていてくれた。無口だがいつもニコニコと笑っている彼と再会に握手をして、「車を廻してくるから」と言って、駐車場のほうへ歩いていった。
 辺りは、いつものように喧騒に包まれていた。盛んに行き交う人々は、あちこちで一塊になって車を待っていたり、荷物を下ろしていたりする人たちの間を縫うようにして歩いていく。ロータリーには市内に向かうバスやタクシーが緩やかな秩序を保ちつつ、お客さんを待っている。次々に「タクシー乗らないか?」と声を掛けられる。「結構です」ときっぱり断ると、あっさり別の所へ行ってくれたので、助かった。
 なかなか戻ってこない宋さんを待っていると、「今降りてきた飛行機はJALだった?」とおじさんに声を掛けられた。何の疑いもなく、中国語で(もっと言えば綺麗な北京語で)言うので、思わずそのまま調子を合わせて応えてしまったけれども、私の隣に立っていた日本人のサラリーマンではなく、私に声をかけてきたのは、彼の勘だろうか?それとも私の佇まいのせいだろうか?と思ったが、よく解らない。

 車が滑り出して、まだ太陽の光が強い中を市内に向かってエアポートハイウェイを行く。10年前まで、北京で渋滞する事など考えられなかったが、今ではメインストリートは、常に車で埋まっている。「象徴」であった自転車の大群は、もはや何処でも見る事が出来ないようになった。高速道路の両サイドは、暢気な遊休地だったのに、今では高層マンションが立ち並んでいた。

 上下左右に複雑に絡み合った、まさにスパゲッティジャンクションのような道は、思っていたよりも空いていた。環状線のそばにある事務所まで難なくたどりつく事が出来た。
 降り立った地面のかすかにざらついた感触が、北京に着いた事を実感させてくれる。日差し受けて、ビルの構内に植えられた潅木の葉が、風が吹くたびに揺れてプリズムを作り出す。あまりのんびり風景を眺めている事も出来ずに、事務所に顔を出した。
 仕事の打ち合せを済ませて、再び外に出た時は、ひんやりした空気が一斉に身体にまとわりついた。宵の口の街は薄墨の羅紗を掛けられたかのように色を落す。私は、この時間が好きである。見事な夕焼けが茜色・橙色・白乳色・薄い紺色の色彩を放って、空を飾っていた。もう少し夜が更けると、電飾が目立ってきて、北京にいるのか東京に居るのかわからなくなってしまう。
 堅い感触の北京独特の空気は、到着した瞬間最も強く感じられるけれど、ホテルに着いた頃には、それがごく自然なものであるように思われた。そうして私もその風景に溶け込む事が許されたように感じる。
 ホテル近くの食堂では、呼び込みの甲高く張りのある声が聞こえてくる。どの店も狭くて、お皿を下さいというと、洗ったばかりで水気たっぷりのものを渡してくれるようなお店なのだが、安くて美味しくてにぎやかこの上ない。「うちのお店にはいんな!」熟年のおばさんが、ニコニコしながら声をかけてくる。食欲が余りなかった私は、曖昧な笑顔をつくってそれを断るしかなかったが、ちょっと心が痛む。
 夜が訪れて、街はいっそう活気付く。高級料理店のネオンが規則的に点滅する。見上げると、しかし漆黒の空がそこにあった。
 ホテルの部屋に入って、荷物を置いて椅子に腰がけた時に、やっと静寂が訪れた。カチッと鳴らしたライターの音がやけに大きく聞こえた。北京の秋の一日は、そうして静かに幕を閉じた。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  October 16, 2004 01:43:58 AM
コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

よもだ 悠游さん
思考遊戯@レッドビ… 紅蜂海老愛好会さん
Welcome to in style instyle01さん

Comments

ゆう@ とうとう出ちゃったね うわさは本当だったよ。 http://himitsu.…
雪村抱月 @ Re[1]:帰還せり(06/12) 髭ヒロさん >総ては自分がきめたことだ…
雪村抱月 @ Re:これからが、そしてこれまでが(06/12) instyle01さん 回り道は、結果としてその…
髭ヒロ @ Re:帰還せり(06/12) お久しぶりです。今生きている時間を大切…
instyle01 @ これからが、そしてこれまでが 何もむだなことがひとつもない。 そん…

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: