・・方形の謎


その右側に「漢委奴國王金印発光處」の石柱が立つ。
ちょっと見ると神社のようでもある。
四,五十段ほどの石段を上り詰めると、
印影のレリーフが置かれてあった。

天明4年(1748)2月、
金印は灌漑(かんがい)用の溝の修理中に出土したと言われているが、
その出土した場所をはっきりとは特定できていない。
発見者といわれている百姓 甚兵衛の存在も定かではないのである。
甚兵衛が百姓か否か、技師か役人かは知らないが、
そんなことよりも、
金印がなぜこの島に埋められていたのか、興味は残る。

『後漢書倭伝』によれば、
「建武中元二年倭國奉貢朝賀使人自稱大夫倭國之極南界也光武賜以印綬」とあり、
倭の使者が後漢の光武帝から印を賜ったことが判る。
建武中元2年とは、西暦57年のことであり、使節団が印を受けた正月は、
なんと光武帝が崩御する僅か2ヶ月前のことである。

金印は、「漢」の尺度で方1寸、約2,35センチ平方、
純度は22,3グラムと純金に近い。
その方形の中に「漢委奴國王」と彫られている印は、
押印した時に印泥(一般に使われる朱肉に当たるもの)の朱色の中に
印の周囲にそった縁と文字が、白く浮き出る陰刻である。

印には、陰陽すなわち白文と朱文があり、
一顆(一つ)だけ印す時もあれば、二顆同時に押すときもある。
二顆の時は陰陽をセットで、つまり、白文と朱文を用いる。
いうまでもなく、文字が白く浮き出るのを白文、
朱で印字されるものを朱文といい、白文を上に朱文を下に配する。
「陰」の沈む性質と、「陽」の昇る性質で両者は一体化つる、と考える。
従って上下を逆に押印することは殆どないといっていい。
その逆を見る場合もなくはないが、いたって稀なことである。

金印の書体は繆篆(びゅうてん)、篆書と隷書の間くらいといえようか。
篆書は美しいが非常に複雑な書体である。
書くのも刻するのも容易ではない。
古くから実印に用いられている所以なのである。

春秋戦国時代を経て、秦の始皇帝が全国統一を成し遂げた秦代、
政策の一環として皇帝は通行書体を篆書に定めた。
それまでは、それぞれの国が各々の文字を使っていたのである。

その後の漢代に至っては、木簡などに見られるように、よりシンプルで、
より速く書ける簡便な書体が日常多く使われるようになり、
篆書に代わって隷書が主流となっていった。
印影の篆書に隷意が加わるのも当然のことといえよう。

出土した金印の印文に「印」あるいは「章」の文字がないとか、
印の上部についている飾りの印鈕が、
亀ではなくて蛇なのはおかしい、という人もいる。

更には、印文に「國」字があるのもおかしい、
異民族の王には既に授けた「南越王」「鮮卑王」などの印に見られるように
印文には「國」ではなく「王」を用い、語の卑弥呼に対しても
「親魏倭王」として金印紫綬を与えているではないか、
と偽印説が上がっているものの、やはり真印説の要素の方が強く、
金印は国宝にも指定されているのである。

1千年もの眠りから覚めて出土したこの時の印が、
王仁(わに)の伝えたという『論語』にも先駆けて、
中国から日本への、初めての漢字伝来を物語るものとして
今なお存在することを思えば、古へのロマンは尽きない。

いったいこの島の何処で眠っていたのか。
どんな行程を経てこの島に辿り着いたのか。
そしてまた、この印影は、正しくはどう読めばいいのか。

「カンノワノナノコクオウ」でいいのか、「ワノコクオウ」なのか、
印文中の「委奴」はヰナ、ワタ、イワ、ワナ、イヌ、イネなのか、
「委」はヰ・イ・ワなのか、素人にはもう判らなくなってしまう。
「奴」をナ・ノ・ヌなど、どう読むかによっても変ってくるだろう。
「委」も本当に日本のことなのか、
日本の他にも「倭」の国はあったようだし・・
副葬品も何もなく、ただ金印だけが出てくるなんて・・
全く謎は深まるばかりである。

天明4年、当時の学問所の館長で町医者出身の儒学者 亀井南冥は、
その就任わずか4日後であったにもかかわらず、
金印が発見された時には、いちはやく後漢の光武帝が授与されたものだ、と
「金印弁」に発表したらしい。

「祖先が漢の属国になるはずがない」とか、
「鋳つぶして武具の飾りにでも」という過激な声が周囲から出たとき、
南冥は、百両出して買い取ってでも金印を守ろうとしたそうである。

黒田家からの委託を受けて、
金印が、今日なお博物館に無事保管され続けているのは、
彼の功績ともいえるだろう。

しかしその彼は、8年の館長在任後70歳で没するまでの間、
ちょっとしたことがもとで大宰府に蟄居(ちっきょ)する羽目となり、
恵まれない晩年を過ごしたようである。
金印の輝きとは余りにも対照的で気の毒な思いがする。


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