福井県民国~for maniac people~

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ホワイトプロジェクト



 今日も私は寝袋の中で目を覚ました。公園のベンチの上は寒いから、顔も寝袋に入れないと寝れないのだ。そう、私はホームレスだ。35歳で勤めていた会社が倒産し、それから公園で生活をしている。ここに来て2ヶ月目、他のホームレスが最近少なくなってきたのでスペースが空き結構ここにも慣れてきた。
 でも、いったい何時間寝ていたのだろう。昨日寝るのは遅かったのに、かなり体中がすっきりしている。しかもいつもは臭いはずの寝袋からいいにおいがする。たぶん『らべんだー』というヤツだろう。それでもって寝袋の中が暑い。今は11月だから明け方は寒いはずなのに、何故だ?
 今日は何かおかしい。とりあえず起きよう。そう思い、頭と腕を出して背伸びしてあくびをした。そして目を開いた。

「何だここは・・・」

 私は目を疑った。見たことも無い部屋の真ん中にいた。部屋が真っ白だっだ。本当に何も無く、きれいな白が壁にも床にも天井にも塗ってあり、まぶしいくらいだった。
「とりあえずここを出よう」
寝袋から足を出したとき、ふとあることに気がついた。いや、『ふと』どころではない。かなり重要な問題だ。

「俺は誰なんだ?」 

 分からない。ホームレスってことだけ覚えているのに名前とかが思い出せない。とにかくここから脱出して記憶を取り戻そう。
 ということで私はドアを探した。しかし見つからない。ここにいるということは、どこかから入ったはずだ。私は床にはいつくばり、仰向けになって天井を見上げ、壁に顔をすりよせて必死に何か無いか探した。
 どれくらい時間がたっただろうか。探しているうちに時計と2つの穴を見つけた。時計はデジタルで壁に埋め込んであり、『11月15日9時45分』と映っていた。2つの穴は、時計が埋め込んである壁の隣の壁に1つずつついていて、片方の目でやっと見える位だった。ずっと探していて疲れたし、だんだん暇になってきたから、その穴をのぞくことにした。 
 何分か経つといきなりどこかの景色がパッと現れた。どこかのビルだろうか。柵の向こうに青い空が広がっている。そしてそこには後ろ姿の一人の男がいて、かすかに声が聞こえてきた。

「はぁ~。会社も倒産したし、俺の人生ってなんだったんだろう・・・」

 待てよ。これって私の声じゃないのか?何で私が映ってるのだ?記憶がないからかもしれないが、こんなところには行ったことは無いはずだ。

 穴の中の私は腕をまくって時計を見つめ、こうつぶやいた。
「11月15日12時ぴったり。私、堀内一郎、死亡。ご臨終でした」

 あぁ、私の名は堀内一郎っていうのか・・・って死亡ってどういうこと?
そう思った瞬間、私は言葉を失った。
 穴の中の私が柵を乗り越えて シュッ と姿を消したのだ。その時は何が起きたのか分からなかったが、救急車とパトカーの音が聞こえてきて全てを悟った。飛び降り自殺をしたのだ。
 恐怖で私は壁から目を離し、しりもちをついた。もし、この部屋の時計が正しいとしたら、あの映像は1日後、つまり明日のことなのだ。つまりどうやって外に出たのかは知らないが、明日私は死ぬのだ。
 いや、そんなことは無い。私は明日死ぬはずなんて無い。死のうとなんて思ってないのだから。
 気分転換にもう1つの穴でも見ておこう。そう思って逆側の穴に目を近づけた。そこには誰かのお葬式が映っていた。花の真ん中にある写真には自分が映っていた。自分のお葬式か・・・と落胆していた時、そこに年配のおばあちゃんがやってきた。そして、かすかに、か細い声が聞こえてきた。

「なぁ、一郎、なんで死んだんやぁ?」

 涙でうるんだ顔を見た瞬間、すべての記憶を取り戻した。あれは私の母さんだ。きっとさっきの飛び降り自殺映像のつづきなんだ。
 そして私の母は言葉を続けた。

「まさか会社が倒産してたなんて、知らなかった。一回実家に帰ってくれば良かったのに、なんで一言も話してくれなかったの?また別の職場を探せばいいのに、死んだってどうにもならないじゃないの!」

 私はいつの間にか涙を流していた。母には倒産したということは伝えてなかったが、こういうとは思わなかったのだ。

「そんなに辛いのなら、私と父さんと3人で暮らせばよかったのに」
「そうだ、あの馬鹿息子」
 隣には私の父さんがいた。めったに泣かないのに目には涙を浮かべていた。
「あの馬鹿息子が、あの馬鹿息子っ・・・コノヤロォォッ・・・」

 私は申し訳ない気持ちで一杯だった。同時にホームレスをしていたことが馬鹿らしく思えた。そしてひざをつき、大粒の涙を流し、つぶやいた。

「母さん・・・父さん・・・ゴメンッ・・・俺・・・ちゃんとした大人になる・・・よ」

 そのとたん、周りの景色が、一瞬にして流れ去っていった。



 いつの間にか眠っていたようだ。私はいつの間にか、いつもの臭い寝袋の中にいた。目にはうっすらと涙がにじんでいた。急いで起きて顔を出すと、そこはいつもの公園だった。涙をこらえて私は急いで荷物をまとめて、全てかばんにつめこみ、駅へ全速力で走っていった。
 もうホームレスをしてようなんて気持ちはなかった。今すぐ母さんに抱きついて、お袋のゴハンが食べたくなった。そして、人生をリスタートしようと思った。
 一人のホームレスが消えた瞬間だった。

 一人のホームレスが消えた瞬間とほぼ同じ時、首相官邸のある一室で一人の男がノートパソコンのキーボードを打ち込んでいた。そこに白衣姿の総理大臣が入ってきた。そしてこんな会話が交わされた。
「君、実験の方はどうだね」
「はい。ただ今1人成功して、これで200人目です」
「よろしい。このまま、1000人になったらまた呼んでくれ」
「かしこまりました」
 そして総理は持っていた紙の束を机に置き、出て行った。そしてこうつぶやきながら去っていった。
「しかしバーチャル世界を使うというのはすごいなぁ。感動した!」

 置かれた紙束の一番上には
『【極秘】ホワイトプロジェクト ホームレス正常化計画』
と書いてあった。

 常に過ぎてゆく時の流れ、
 今日も静かに地球は動く。

~END~



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