福井県民国~for maniac people~

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最終話 聖夜


 はぁー、まさか電車ジャックに遭って死ぬことになるとはな。
 死ぬ前に凛にも会いたかった。あんなに心配かけたのに。でも凛はしっかりした子だ。きっとしっかり生きてくれるだろう。父さんや母さんもいる。

 あれ、何で涙が出てきたんだろ。大嫌いだったのに。2人とも。父さんは出張から随分の間帰ってこないし。母さんは親バカすぎてあきれてたのに。
 その為に家出したのに。


 そういや小さい頃は楽しかったっけ。4人で遊園地行ったりしたよなあ。


 もしかしたら俺がバカだったのかな。自分で「大嫌い」って決め付けてさ。


 あーなんか死んだこと後悔してきた。
 もう一回生きたいな。本当に。
 あんな考えはもう起こさないからさ。
 家出しないからさ。
 だってさ、やり残した事たくさんあるもん。
 綾香の晴れ姿も見てない。
 腐った世界を変えてもいない。 
 そして綾香にも―――

 ・・・タツ?

 綾香の声が聞こえる。もうすぐ天に召されるときが来たのか。もし生き返るのなら、凛みたいな妹、ヤブみたいな悪友と会いたいな。綾香みたいな子に―――

 ・・・タツ、タツ!タツっ!!!!




 パシン!!!



 病室内に物凄いビンタの音が響き渡った。
「もぉーやっと起きたー!」
 目を開けるとそこにはどアップで綾香がいた。
「うわっ!」
 予想外の出来事に後ずさりする。
「そんなに驚くことないでしょー」
「でも、俺は天国に行ったんじゃ――」
「そんな訳ないじゃん。ここは長崎の病院。でも助かってよかったぁー」
 周りの景色を見ると、確かに病院だ。いかにも病院って匂いが充満してるし、壁は申し分なく白い。窓からは冬とは思えないほど澄み切った青空だ。でもこれは夢だろ。
 しかし頬をつねってみても、痛みが走る。

 俺、生きている。

 そう思った瞬間、病院ならではの大きなドアがガラッと開いた。
「ヤ、ヤブ!」
 ヤブは照れくさそうに頭をかいている。部屋に入ると、後ろから何人が警官が付いてきた。やっぱり逮捕はされたのか。
「久しぶりだな、1日ぶりだし」
「1日ぶり?」
「あれ、綾香から聞いてないの?」
そこに綾香が話に入る。
「だっていま眼ぇ覚めたとこやもん」
「じゃあタツ、あの後どうなったか知らんの?」
「だってみんな天国行ったと思ってたし」
「はは、そんな冗談よしてくれや。あの後タツがブレーキかけてくれたから助かったんだよ?間一髪のところで電車が止まって。まあ、そのせいで警官がなだれ込んできて俺が犯人扱いされて。俺一応犯人だけどさ。電車ジャックして、1人殺めたけどさ。でも電車止めたとか人質助けたとかで何とか罪は軽くなりそう」
「それは良かったな」
 だけどヤブの言葉であの場面が蘇る。確か、ブレーキしようとしたとき後ろ振り返って・・・あっ!
「そういえば綾香、あの男の弾に当たったんじゃ!?」
「ああ、あれ。大丈夫だった」
綾香は意外に冷静だった。
「あの後、腹見たら全然傷無くて。うちベルトに携帯掛けてたじゃん。あれについてる人形に偶然当たってて。あれ、鉄板に毛糸巻いたものなんだ。なんかその頃『もしかしたら弾が当たって命救うかなー』とか思って冗談で入れたんだけどさ。本当に救っちゃった」
 綾香はこんな感じに言っているが本当は凄い事なんじゃないのか。と言おうとしたが、先にヤブが口を開いた。
「じゃ、もうそろそろ時間だ。まだ裁判はやらないからいつでも面会に来てや。じゃっ」
あっけなかった。ヤブはその一言だけ残して警官と共に出て行った。

 入れ替わるように凛が入ってきた。後ろには母さんと・・・父さんだ。
「お兄ちゃん、もう、心配したんだからねっ!」
 凛はベットの上の私を力いっぱい抱きしめた。顔が近くにきたので分かったが、うっすら涙がにじんでいる。
「もう、泣くなよ。凛なんだからさ。いつも凛としてなくちゃ」
「だ、だってさぁ、ほんっっとに心配したんだもんっっ」
凛はより一層力強く抱きしめる。痛い。
「こ、こらっ、俺病人だぞ!そんなに強くするなよ!」
ここでいつの間にか窓から外を見ていた綾香が話に割り込むように言った。
「別に頭打って気失ってただけだから大丈夫よ」
綾香の存在に気付いた凛は何故か不敵な笑みを浮かべる。
「あれ~?あの人誰なのかな~?まさか彼女とか?」
「そ、そんなんじゃないって!」
「まあいいや、また後で来るから。ちょっとお昼食べてくる。バイバーイ!」
凛はもう外に出て行った。父さんと母さんは後を追うように出て行く。目は合ったが話はしなかった。おそらく凛からいろんな事を聞いたのだろう。

 そして、綾香との3回目の2人きりになった。
 これから、告白されるかもしれない。
 はたまた、こっちが告白するのかもしれない。
 しかし、私はもう答えはどうでもいい。
 私の気持ちは決まっている。
 今回の出来事で気が付いた。
 世界が悪いのではない。政府が悪いのではない。両親が悪いのでもない。
 自分の心が弱かっただけだ。
 これから何が起きるかわからない。
 でもちゃんと生きていく自信はある。
 だからこれだけは言える。
 綾香が好きだ。
 そしてこんなクリスマスもいいな。
 心の整理が付いたところで私は綾香に話を切り出した。



「綾香、あのさ―――」



-fin- 



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