10月のバラ 【3】

10月の薔薇




メナハウスオベロイ まる&ハニー


今晩のことを思いつめながら、一人気だるく憂鬱な午後3時のプールサイドにいる。  
妻は朝食に続いて昼食にもほとんど手を付けずに部屋へ帰った。        
「胃の調子が悪い」のだそうだ。



昨日、妻は朝食のパンを全て平らげ、オプション手配のアレキサンドリアへの道中はガイドのカイロ大学の女学生オーラと仲良くお菓子を頬張りながら楽しいバスの遠足で、地中海が見える海辺のレストランでエビのピラフとシシカバブを全てお腹wに仕舞い込みギザへの帰路2時間眠った後、有名なカイロの本店より数倍ゆったりしていておまけにピラミッドの頂点がみえる「フェルフェラ」で豆のコロッケのターメイヤと鳩のグリルと挽き肉、トマト、タマゴをあえたシャクシューカを賞味
し、続いて10時にオベロイにある北インド料理をだす「ムガール」で、マトンの超激辛カレーと顔より大きなナンをほとんど一人で胃に詰め込んでいたのだった。                  
私はその凄まじい食欲に圧倒され、食欲をなくし、ほとんど酒を飲んでいた。  
そうそう、デザートにアイスクリームもペロリと平らげたし、付け加ると寸胴鍋テンコ盛りライスと私が注文したチキンと野菜のケチャップ炒めのようなカレー(ワけわかんないままメニュウを指した)とニンジンと砂糖をまぶした変てこなデザート(ワケワカンナイままメニュウを指した)まで食指を伸ばし、憑かれたように次から次へと吸い尽くす姿はクリストファー・リー扮する「ドラキュラ」も真っ青である。
ああ、恐ろしや。
これをわが国では「悪魔の自堕落」と言うのであーる。





――――さて、プールサイドである。  
メナハウス・オベロイホテルのプールサイドからは二つ並びのピラミッドの頂点にあたる三角のシルエットが覗ける。
今朝はあっという間に通過してしまい、もうあれを間近に見ることもないのか・・・・・・・。

yuuyake 2



 エジプト最後の日を感傷的に、陽炎のようにゆらいでいるピラミッドを眺め続けていた。
そのうち、忌々しいラクダ屋の顔が浮かびやめた。 
プールサイドに目を移すと、シーズンはずれのバカンスを楽しむ人たちが、水遊びをしたり、本を読み耽ったり。
何をするでもなく(まるで、日中の町角でいつもみかけるア ラブの男たちのように)チェアでくつろいだり、彼、彼女らに流れる時間は(我が同胞の君のごと
く)、優雅に、緩やかに、たおやかに流れているのだった。
それに比べて私の陰惨な未来を待つ身のつらい時間のことよ。
つくづく損な役周りだ。  
砂漠でも10月は秋にあたるのだろうか。
太陽が西へ傾くにつれ、少しずつ肌が冷えていく。
焼けた肌が西日に照り赤くなるまでカンパリを何杯お替わりしただろうか?   
プールサイドのレストカフェ「オアシス」で注文したカンパリ・ソーダは甘さのなかにスパイシーな苦み走った好物の飲み物である。そのカンパリはいつもよりほろ苦さが増しているような気がするのは、あくまでも、あくまでも気のせいかもしれない。    
憂鬱さから、やがて私たちを取り巻く不吉な予感・・それは現実となって・・・。




――――意識が蜘蛛の糸にひかれるように回復しだしたころ、視力より聴力が先に回復した。目隠しされていた。
耳にしたのは3人の男の会話だ。         
「飛んで火にいる夏の虫とはこいつらのためにあるようなもんだな」      
さっき、こいつが40$払った財布の中には100$札がぎっしり詰まってましたぜボス。まちがいありやせん」-嘘つけ・・-                
「さあ、お楽しみはこれからだ。こいつとこいつを別々の部屋へ案内してやれ、お嬢さんは、あっちのスペシャル・ゲストルームの方へご案内しろ」       
妻もすぐそばにいるらしかったが、結局最後に交わした言葉も彼女が最後に微笑んでいたかも記憶の彼方へ過ぎ去っていた。もう、会えないのか。       
「こっちの方はどうします?」                       
「こいつか?こいつに私は用はない。こいつの元所持品を除いてな。それともアブドーラかモーセス。おまえらどうにかするってか?」
「めっそうもねぇ、ボス。おいらたちにも用なしでさあ」           
「わかってるなら、とっとと始末しな」―――――。



めっそうもねえ・・・ノン・カタギの方々は映画ではいつもこんな調子の話言葉になるのが定番だなー。などと一人空想に耽って、まどろみのなかでニヤニヤしていた。   
まわりに気に留めた人がいたら、さぞかし不気味がられたことだろう。     
奇妙な東洋人のイメージをさらに植えつけるのに協力したに違いない。     
どんどん芝居じみた悪い想像は増長していくのだったが、それを振り払おうと、この楽しくもやがて悲しきそれでもやっぱり愉快で滑稽な一週間を振り返った。




―――――カイロ国立博物館の見学をほぼ終えて階段を降りるときふと眺めた薬指にしているはずの指輪がないことを踊り場で気づきこの先の悪い予兆とばかりに奈落の底へ付き落とされたような思いをしてルクソールへ向かうためにラムセス中央駅のプラットホームにいたがさわやかな風に包まれながら住所を「コム・オンボ神殿」とメモに書いた若きアラブの服飾商人と一期一会の友情を交わしなごりおしく別れて乗り込んだワゴン・リーのコパートメントで愛用する黒鞄を開けると光る物があり手にとるとしばらく別れただけの指輪だったことに「カイロの奇跡」と歓喜していた。               





―――――ルクソールの東岸から西岸へは私が観光用フェリーではなく安くあがる地元の人たちが利用する渡し船に乗ろうという思惑は宿泊していたアガサクリスティーの小説ナイル殺人事件の映画化にあたり舞台ともなったウインターパレスホテル前にたむろしていたテーイップという男にまんまと乗せられ乗ってしまった妻のせいでもろくも崩れたが行きも帰りも風が吹かず帆がたなびくナイル渡しどころか二人の少年の形相がくずれんばかりに力がいりそうな手漕ぎボートに早がわりするもいけどもいけども川の流れに逆らえずわずか5分のはずの川渡りは1時間も要しナイル時間というたおやかな体験をしたあげく往復料金だと結局得したことにひそやかな悦に浸っていた。           




――――――アスワンでは空港からこれまたアガサ原作の映画の舞台となったカタラクトホテルへ送迎する手配会社のワゴンタクシーの3人組のツアーコンダクターたちに何で英語が喋れないのかと嘲笑されつついやがる私にしつこくユネスコが新アスワンハイダムで沈没するのを救ったことで有名な遺跡のあるフィラエ島へのオプションツアーを勧め無理矢 理妻を通して交渉してしまい渋々ついていったがフィラエ島への渡し舟がでる桟橋から世界が焼かれて溶けるような夕焼けを目の当たりにし劇的な感動をあたえらたおまけに帰りのバスで先程の3人組がかけてくれたミュージックテープはどこかで聞いたことのあるメロディーだと苦心してたら浪速音頭そっくりなことにあらためて心の琴線に触れたので今度は私の番だとばかりにそのテープをしつこく幾ら?とねばる私に折れた一人がカイロのハンハリー市場で購入した3倍の値をふっかけてきたが何故かそのテープはホテルに着いた時はただになっており「プレゼントだ」と渡され翌朝の空港への送迎中もずっと音楽をかけてくれ一人手拍子したりしドンチャン騒いでいた。 



―――――アスワンからアブシンベル行きはカイロにある手配会社のミスからか国情なのかたんなる気まぐれかただただ運が悪かったのか定かではないがホテルのロビーで突然の変更を告げられ慌ただしい早朝のフライトになったが空港に着いたはいいが飛び立つはずの飛行機の姿はなく乗り遅れたのかとカウンターへ詰め寄ったがまだ飛行機は出ないと言われ挙句に手に握りしめているチケットとは別の飛行機を何機も見送り年季の入った南アフリカからの団体さんたちと何度も舌打ちとため息をついてようやく案内されて乗りこんだ飛行機はエジプトエアーではなく何故かシナイエアーで搭乗者が私たちと南アフリカの団体のみでこれだからアラブの旅はやめれんと唸らすくらいに美しいスチュワーデスに何処でもお好きな席へどうぞと私たち二人はコックピットすぐ後ろのファーストクラスに案内され心踊っていた。                          



――――――さてアブシンベル神殿の見学を終えた私たち二人と南アフリカからの老人クラブ風な観光客たちは今度はカイロへ行くのだがその飛行機がもうないことを知らされエジプトエアーが用意した大型バスで一路アスワンへ向いそこからカイロをめざすことになりおもいがけない砂漠ツアーとなり経験しえない360°視界のきく砂漠のど真ん中にある簡易トイレを使ったりし憮然とする南アフリカからのおばちゃん達をよそに唯一男性で参加していた大柄な白人のおじさんに結婚したことを祝ってもらったりヌビア人の添乗員と妻は仲良くなり方や私はバスの運転手と仲良くなり二人は兄弟であることを知りよい親密になり心温まる道中をすごした後に思いもせぬバスマホテルでなごんだ――――――――――――。                                          


かように、いつも私の意思と行動に反するところで愉快な天使の微笑みに出くわしてきたのだ。
それは待っていたのではなく見えざるなにかの力が導いてくれていたのかも知れない。
アラビアンナイの国では魔法のランプはどこにでも落ちているかのように。
毎日が今日でジ・エンドでいいやというくらい二人の世界と対峙する世界は輝きに満ち溢れていた。


ビバ!エジプト。                          


今回もそうなのだろうか・・・・・・・・・?




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