10月のバラ 【14】

10月の薔薇






みえ




 再び、私たちは蟻の巣の断面のようなギザの旧市街地区=ナズラット・サマーン村の路地をモーセスの子分に続く。(ここは、モーセスの息がかかった村なのだろ
うか?)突然だが、子分2号がエディーマーフィーというか彼が役者として売れる前のチンピラ小僧であると思い至った。ギザのマーフィー、覚えておこう。モーセス、忘れたい。  
もう彷徨うこともないこの路地から見上げると、密集した家に阻まれ夜空が見えない。 
しかし気にはすまい、今夜は月はでていない。宴の喧騒とは無縁の何もない村だ。
角を何度曲がるか数えることは、もうしなかった。マーフィーについて歩けばよいのだ。 
ようやく道が開けた向こうにはすみかす街灯と、街路樹が見えてきた。     
大通りにでた。どこか遠い異星に着陸したような感覚だった。         
なおも一緒に歩こうとするマーフィーに、                  
「もうここでいいから私たちだけで大丈夫」と、握手を求めた。        
彼はモーセス以上に英語が通じない。ニタニタしながら付いて来る。      
「ショクラン(ありがとう)」にやっと反応して、ニタニタしながら大通りから村の中へ消えて行った。
ついに最後の一人も消えた。「そして誰もいなくなった」。     
全てが幻だった気がする。二人だけになった。いったい、なにを話せばよいのだろう?柔らかい街灯の光に包まれた二人の陰は朧げだった。           
「どこにいるんやろ?」                          
妻の反応はなかった-------。  


空萌える

 ここが、シャーリア・アハラム通りであればこの道を左にとれば良いはずだ。 
ジャングルのような村へ入った所と出た所が全く別だったので、方角がわからなかったが、「持ち前の勘」は、左へ行けばホテルに行き着く、と発信していた。  
けれども、私は「土地勘」が全くなかった。                  


 -------- 旅の最後の一日、エーゲ海に面した人工の湾であるミクロリマーノへ向かった時もそうだった-----。                
ホテルからオモニア広場まで歩き、ピレウス港が終着の地下鉄に乗って、いつのまにか地上に出た電車をミクロリマーノに一番近い駅で下車したまでは良かった。 
そこは、潮風すらとどかない準工業地帯のような殺伐とした風景が広がり、 私たちの存在を無視するかのような趣だった。どっちへ行けば良いのか全然見当もつかなかった。 
「ちょっと、聞いてみようか?」駅で働くバイキングの末裔のような大男に聞くと、駅の地下通路をあっちに抜けて、丘を越えた向こうだ」と言う。      
「えー全然違ってた。もう役立たずのガイドブック持ってきて」と妻を攻めたが、「このガイドブックは君が私のバッグに入れたんでしょ」と訂正してくれる。  通路を抜けて地上に出たものの、まだ判らない。太陽をみて方角はわかるが進むべき方向がまったくわからなかったのだ。                   
 さてさて-----                           
「さてさて、ちょっと聞いてみようね」と、たまたま通りかかった、赤のポロシャツとジーンズに黒のサングラスをかけた、ちょっと見はトム・クルーズといった感じのお兄さんに(よくもまあ、外人さんを例えるのに映画俳優はなんて都合が良いいもんだろ)、  
「カリメーラ。ミクロリマーノウンボ・ポテ?」わけのわからないギリシア語で尋ねた。 
すると予期せぬことに、彼は待ってましたとベラベラ英語でまくしたててきたの
だ。  

完全に動揺した私は耳障りな音楽でも聞いてるかのように上の空だった。自分が蒔いた種とはいえ、台風がはやく過ぎるのを手を合わして祈っている善良な農夫の気ごこちでいたのだ。しかし、嵐は一向に止む気配はなく、男の説明を一方的に遮断し、      
「エフハリースト(どうも)」と知っている数少ないギリシア語を、ここだけは力強く言い切って、男と無理矢理別れた。                   
「さあ、行こうか」と恰好つけて妻を振り返る。-質問するなよ、するなよ-  
「なんて言いよったん?」                         
「・・・・・・・・・・」                         
「だからどう行けばいいかって聞きよんよ?」                
「さあ、あっちの方行けば、まあなんとかなるんやないん?」         
「なにしよったんよ!モー聞いた意味ないじゃない信じられん」        
攻める、攻める。彼女はいつもお気軽な役まわりのくせにいつもこうなのだった。
「あんたビデオまわしよったやろ?演技するのに必死だった」         
「演技って何よ?」そして急に顔をすまして、                
「あっちの丘の4つめのバスッストップからバスが出てるって言いよらんかっ
た?」 
-知っとるやないか!!-                         
結局、私たちは男が言うところの4つめのバスストップで、そこに佇んでいた漁師の男に何度も何度も「ミクロリマーノに行くの?」と念を押して、ようやく来たバスに乗り込んだ。キップは先に購入することを知らずに、臨時ストップしてもらっ
たあげくに、漁師さんの世話になった。男は売店へ飛び込み、私たちの切符を買ってくれた。    
男は運転手や他の4、5人いた乗客に私たちを指差し「彼らをミクロリマーノで降ろしてやってくれ」と、告げて降車していった。それから、降りる客は必ず「彼らはミクロリマーノだよ」と、残った客に言い残し、乗り込んできた客には先客が
口々に「彼らはミクロリマーノだからね」と、確認しあう奇妙なバスの中の伝達ゲームが繰り広げられるのだった。                      
「まるで、はじめてのお使いの保育園児やなー」とモジモジ恥ずかしがる私に、 
「だって、似たりよったりでしょ」と、妻は瀕死の兵士にとどめをさすのだった。バスは郊外を行き、やがて皆この瞬間を息を飲んで待っていたかのように一斉に、「ここだ、ここだ。ここがミクロリマーノだよ」と促されて下車した。     
下車して、意気揚揚と私が歩き始めた坂の反対側が海だった・・・。      









 一時が万事そうであった。観光初日のカイロでもそうだった。        
ゲジラ島では、眼前に聳え建つカイロタワーでさえ、周辺をぐるぐるまわって「注文の多い料理店」の主人公のごとくなかなか辿り着けないのだった--------。   

「まっ、たぶんこっちだろ」といつもの口上を吐き、村から出た大通りを左へ進んだ。 
彼女を不安がらせないように、というか自分が不安一杯で口を開いた。     
「ねっ、来てよかったでしょ。ダンスパーティー」              
「不安がってたくせにー。来てよかたでしょ」とやり返され藪蛇だった。    
「そんなん、最初からわかっとったよ」                   
「嘘ばっかりー。どうしようかってオロオロしとった癖に」          
「反応みよっただけよ。ラクダ使いなんかちょろいもんよ」と、なお喰い下がっ
た。  
「フーン・・幸せなひとだね・・・何か良いことありました?」        
「そりゃそうでしょう。だって、ねえ?」戻った指輪を見、高らかにカラカラ笑っ
た。  
「そうとったか」                             
「だってねえ?」と、スキップしたりした。人は何かに癒されなければ救われない。  
「ほんと幸せなやっちゃ」                         
私は鼻唄を吹いていたりした。今にも舞い上がっていきそうだった。ホントにホント。                                   
そう、魅惑的な天使が現れてきそうなフワフワした居心地だった。       
通りには車の往来が全くなく、人っこ一人みかけない。看板のネオンも消燈していた。 
ここも、広場の祝宴とは無縁で深い眠りについている。










© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: