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セイシェル旅行記 その4
21時40分、出国審査場。
出国管理官の前でいつもはドキドキ汗、汗なのに。
「あれ?」
ワンストップ窓口化からか、すごく簡素になっていて意外に汗かかず。
無事通過。
出国時、いつも思うんだけど、「水際作戦」とよく言われるけど、あんまり関係ないわたしらにとってはただの「注文の多い料理店」by宮沢賢治なのだよね。
深夜便なので、免税店もすべて閉まっている。
人の気配が全然ないエリアだ。
国際線ゲートエリア北ウイング・ゲート40。
ロビーにはドバイへ向かう成金風な日本人観光客・ビジネスマンらで一杯だ。
『23時15分 EK317 DUBAI』の表示にワクワク。
いよいよ、出発だ、出国だ。
旅だ旅だ旅だ、ワクワク、ワクワク。
やがて、エミレーツ航空のキャビアアテンダントが機内乗り込む様を眺めニマニマ。
が、いきなり搭乗口方面から名前の呼び出しにドキドキ。
呼ばれた地上乗務員さんはなかなかの美人であったが、このときばかりは妄想は働かなかった。
「私です。あの、なんでしょうか?」
エミレーツ航空と共同運航者であるJALの地上職員のひとりが私に微笑みながらささやく。
「あちらはお客様のスーツケースでございますね?」
「ええ、ええ、そうです」
爆弾でもしかけられていたのだろうか?
否、スーツケースにライターが入っているらしい。
「ひゃ~~すみません!すぐに取り出します~!」
スーツケースの鍵を取りに慌てて戻る。
そのスーツケースの鍵が・・・・・・・ない?!
「おい!鍵ないぞ」
「知らんよ。自分のでしょ」
「そりゃそうだけど」
機内持ち込み鞄のなかをひっくり返すように探しだし、ようやく見つかる。
汗ビッショリだ。
「やれやれ」
いや、見つけるのはこれからだ。
ライターである。
カメルーン旅行時のライターが残っているままだった。
不覚である。
チェックインカウンターでお姐さんに聞かれたときは、「タバコは吸いませんから♪」だったのに(涙)。
スーツケースの中味を、これまたすべてをひっくり返す勢いで探すのだが、どうしても見当たらない。
側にいた太った税関職員に「そのリュックのなかをよかったらよろしいでしょうか?」
デブ男さん、あなたもすごい汗ね?
スーツケースのなかに丸めていたリュックにあった。
一件落着、安堵です。
「お客様、でも、どうやらもう一個あるようです」
「え?・・・・・・・・・・・・・・・」
涙と汗だわん~~~~~。
22時45分、搭乗。
23時40分、離陸。
いよいよドバイへ向けて。
機内では約11時間、苦労して持参したウィスキーをやるくらいしかすることがない。
ウィスキーが切れると、液晶パネルのテレビゲームやビデオを楽しもうと、色々いじってはみたもののまったく使い方がわからず、いろいろいじくりながら格闘しつつ夜更けまで、だった。
隣で、映画「カンフーパンダ」を口あけてずっと観ているハニーに聞けよ!アタシ、である。
損な性格にも汗。
翌日、日本時間9時5分、現地時間4時5分、ドバイ国際空港到着。
「あ~やっと着いた。ほんまにつまらんかったわ、カンフーパンダ」
「あのなぁ?ずっとそればっかり観よったくせに」
「ほかに観るもんなかったのに。そっちこそなんでなんも観んかったん?」
「知らん!」
ドバイ空港でも大汗だ。
関西空港のカウンターで航空チケットなどと一緒に渡された「乗り継ぎ―ドバイ空港の見取り図」である。
この見取り図がとても簡素で怪しかった。
まず、スタッフミーティングポイントに行く、ことになっているのだが、そのスタッフミーティングポイントなる場所が見当たらない。
「だいたいスタッフミーティングポイントってなによ?」
「乗り継ぎの案内人が説明する場所、でないん?」
「だって、乗り継ぎは『各自でお願いします』になっとるぞ」
「まぁ、ほんでもひとの流れについて行けばわかるんでないん?」
「そりゃそうだわ」
で、結局、ドバイ空港ビルの端から端まで歩いてしまった。
おまけに進入禁止の場所まで行こうとしていて、警備員にすごく叱られる。
汗。
ミィーティングポイントを諦め、エミレーツ航空「セイシェル/マヘ」の表示があるカウンターに並ぶ列に続くことにした。
14ゲートマークポイント。
ここでチケットに変えてもらうのだろうか?
しかし並んだタイミングと場所がまずかった。
とことん、よろしくなかった。
ようやく長い列、前に並んでいるひとが一人だけになって、次の番だ。
ところがどっこい、すぐ前のハゲオヤジがなんだかぐずぐずもめている様子なのだ。
しまいにオヤジ、ポケットからしわくちゃのドル紙幣をカウンターの女性職員に無理やり渡そうとしている。
どうみても、ゴリ押し、の図なのである。
もう、ジリジリ待たされ、他の列に並び替えようとしたらそっちはこのオヤジのせいで並び替えたひとで、これまたすごく長い行列。
そして、ようやくオヤジが去り、なんとか14窓口のお姐さんにたどりつく。
そのお姐さん、薄い笑みを浮かべている。
「で?何かお望み?」
私が無言で差し出した2枚のセイシェル行きチケットを一瞥してピシャリ。
「あそこに行けばいいのよ」
薄笑いの彼女、視線を移さずペンだけで2番ゲートを指した。
そこは、手荷物検査場だった。
「とーちゃん、乗り継ぎに行けばええだけだったやん?」
「あ~~あ・・・・・・・」
汗。
9時30分、ドバイ発マヘ行き離陸。
なんだかんだいってもようやくセイシェルが近づいてきたではないか。
確実に前進、である。
「セイシェル」という語感のなんともよい響き、あらためてうっとりする。
そして、この言葉を口にするたび、自然と「セイシェルの夕陽」が頭のなかでこだまする。
「セイシェルの夕陽が~~♪」から先に進まないのも、いつもと同じこと。
11時30分、CAが何やら乗客に配布はじめる。
たぶん、エミレーツ航空の飛行機の写真が入ったポストカードだろうとたかくくっていたら、渡されたのは入国ビザカードということに、汗。
関西空港のカウンターで指摘されたときのやりとりが蘇る。
「セイシェル到着後、ビザを取得されますか?」
「ええ?ビザはいらないはずですけど?」
「セイシェルはビザがいりますけど?」
「え?ビザはいらないはずですけど・・・・・」
「・・・・・・・・・・はい、ではお気をつけて行ってらっしゃいませ」
機内で渡されたのは、ただの入国カードのようなので一安心、である。
でも、一応書いて埋め尽くしてみたものの、この記載はかなり出鱈目なはずだ。
なにせ、「地球の歩き方」マダガスカル入国カードの記入例を参考にして書いたから(笑)。
自虐汗。
13時30分。
ようやくセイシェル国際空港だ。
関空離陸からここまで所要時間約21時間。
まる一日がかりだ。
タラップを降りると、ピーカンの青空に迎えられた。
空港のビルの横に青、黄、赤、白、緑のセイシェルの国旗がたなびいている。
青はインド洋と空、黄は太陽、赤は友愛と情熱、白は正義と調和、緑は国土を表しているらしい。
5色の国旗は、濃いグランデーションの青空によく映えていた。
入国審査。
出鱈目な入国カードだけが心配だ。
ハニーとふたり並んで審査を受ける。
何にも質問されませんように。
カワイイ、クレオールの審査官。ハロゥ♪
「職業は?」
いきなり質問される。
「え?市民・・・・・」
「も~えぇわ」
審査官は両手でお手上げ。
「宿泊先は?」
「どこ?」
私を横目でハニー。
「ええ?あほか!知らんかったんか?!」
「メリディアンだろ!」
「メリディアン」
「どちらのメリディアン?あなたがたはここからどう行くの?」
「どう行くの?ここからまた飛行機だっけ?」
「あのなぁ・・・・・・・・・・・・」
――― そう、そもそも、どうやって行けばいいん?なのだ ―――。
セイシェルに着いて2日目。
マヘ島にいる。
島の西部、グラン・ダンス(GRAND ANCE)にある「ル・メリディアン・バルバロン(Le Meridian Barbaron)」。
スターウッドホテル&リゾートのホームページの日本語版にはこう紹介されている。
[http://www.starwoodhotels.com/lemeridien/property/overview/index.html?propertyID=1801]
「―――マヘ島の西海岸に建つル・メリディアン・バルバロンは、トロピカルガーデン、インディゴブルーのラグーン、純白の砂浜に囲まれています。
セイシェルは、広々としたビーチと光輝くサンゴ礁で知られる神秘的な諸島。
ほぼ赤道直下に位置し、豊かな伝統文化と素晴らしい自然美をあわせ持っています。
ル・メリディアン・バルバロンの120室のゲストルームと4室のスイートからは見事なパノラマの景色が見晴らせます―――」
そのル・メリディアン・バルバロンのゲストルームにいる。
スターウッドのホームページの文章に一体どこから突っ込みを入れたらよいのか謎だ。
少なくとも私たちが宿泊する513号室からの景色は、断じてパノラマとは言わない。
ゲストルームの玄関向こうは「前面に建つ」ゲストルームの建物だし、ベランダからの眺めは「裏庭」だ。
ベランダでまず眼に飛び込んでくるのは従業員たちの洗濯物の干し物である。
無理やり寛ごうとベランダのチェアに座る。
すぐに、従業員がひっきりなしに行き来する光景にでくわす。
「ハァーイ」
山のようにシーツを抱え込んだ、山のように大きなメイドが通りがかり声をかけてくる。
「ア・・・・・・ハ、ハイハイ」
「ハィ、ボンジュール」
背丈のある箒を肩にかけた背の高い男性が通りがかり声をかけてくる。
「ア・・・・・・・・・・・・・・ハィ・・・・・ネ」
「ハイハィ、グッイーブニング。ハゥワァ~ユ~ウ?」
「もう、ええわ(苦笑)」
そそくさと部屋に引っ込み、窓を閉め、よけいなことにカーテンまで閉じたものだ。
「バカンスに来たお客か?ワタシ(苦笑)」
早朝、海岸を散歩した。
朝日を見るためだ。
しかし、「マヘ島の西海岸に建つル・メリディアン・バルバロンは、トロピカルガーデン、インディゴブルーのラグーン、純白の砂浜」から、朝日は拝めなかったのだ。
セイシェルは8月は乾季であるが、一日のうち断続的に強いスコールが降る。
明け方もかなり強いスコールがあったことを私は知っている。
彼女は絶対、知らないだろうが。
月が赤々としている頭上はともかく、山側や海岸線側にはまだ連なる灰色の雲が残っている。
マヘ島到着時も青空が広がっていたのに、30分ほどかけて島の南東部ヴィクトリア空港から山を横断し、西南のグラン・ダンス湾に出たときはすでに雲がどんよりと空を覆っていた。
セイシェルでは足跡もたてず雲が忍び寄る。
あろうことか、そもそもこのビーチは、朝日が昇るのを見られる位置になかったことに気づく。
太陽が顔をだしたのは水平線ではなく、ビーチの裏山、北東の方角からだった。
季節により太陽の軌道が異なるのだからその影響があったのだろうか。
しかし、南国のリゾートで水平線から昇る朝日が拝められないというのは慙愧に耐えないが、このうえもっと悲惨な状況に置かれていることを私はやがて自覚することになる。
セイシェルである。
どうもセイシェルの朝日は見られそうにないのだ。
でも、セイシェルの夕陽がある。
世界一の夕陽である。
これを見るためにやってきた、今回の旅行のメインである。
絶えず「あの歌」を口ずさみながら、日本から21時間もかけて来たのである。
それなのに。
ああ、それなのに。
「この浜辺、肝心なセイシェルの夕陽が見ることができんやん!?」
そのことを今になってはじめて気づいたのだ。
―――セイシェル2日目の夕刻。
ついに、待ちに待った比較的晴れ渡った夕刻。
この瞬間を待ちわびていた。
ああ、それなのに。
今日は雲がない水平線。
それなのに、太陽はバルバロン湾の入り江の向こう。
北西の山のなかへ駆け足で消えていってしまったのだ――――。
ホテルの部屋といい、朝日といい、そしてついに肝心な夕陽にまで。
「あ~~あ、がっかりやないか!松田聖子が泣くわ」
「松田聖子って嘘泣きの達人だったやん」
「だから、そういう問題ではないっ!」
「怒るなよ、とーちゃん」
つくづくついてなかった、でいいのだろうか?
スターウッドのホームページを眺めて、嬉々としてこのリゾートを選択したのはほかならぬ私自身だ。
この自覚はまだ芽生えていない2日目の朝。
朝日を見るためだけに、早朝4時にはもう起きている。
起きて、ほぼ満月の月光の下散歩して、海岸でボーッとして、部屋に戻って、明け方雲に覆われた海岸に出て、しばらく歩いて、部屋に戻り、日の出の時間に「いよいよ」とまた出かける。
日の出時間がくるまでそれぐらいしかやることがない。
ああ、そういえば、これらの合間に日本から苦労して持参してきた安物の国産ウィスキーをちょっとばかしひっかけたのでしたっけ?(笑)。
旅先ではいつものことだが色々なことに張り切る私。
カメラ&ビデオ撮影に旅のメモに砂岩石の採取にお土産買い物に食事の段取りに会計に常に持参金の確認に旅のテーマ音楽選択に今日着る風土に合う服装選びに飲酒に、おまけにハニーの世話に。
旅先だろうとなかろうといつもどおりマイペースのハニー。
結局、朝日が見られずがっかりして部屋に戻る。
待てども暮らせども起きてこないハニーに痺れを切らし、八つ当たり気味に叩き起こす。
無理やり眠りの呪縛から開放された白雪姫。
のらりくらりと身支度し、ようやく身支度済ませた瞬間、桃太郎に早変わりだ。
「おななかがすいた」
「あほか!おなかすいとんはこっちのほうじゃ!何時から起きとるおもとんぞ!?」
「そんなに怒らんの。はよ、行こ行こぅ」
怒り散らす私におかまいなしにで、私を従え7時30分、レストランへ。
「―――ル・メリディアン・バルバロンでは、斬新なコンセプトが魅力のレストランを2軒とバラエティに富んだカクテルとお食事をお届けするバーを2軒ご用意しました。
ホテル本館にある「ル・マングロビア」では、洗練されたカジュアルダイニングをお楽しみいただけます。世界各国のお料理やテーマナイトをお届けする最先端のショークッキング、 ブッフェもお見逃しなく。
海辺の高級レストラン「ラ・ココテレ」では、獲れたてのお魚、サラダ、パスタ、サンドイッチやアラカルトのランチメニューをお召し上がりいただけます。
上質のお食事と心のこもったサービスをご堪能ください。
ホテル内にある「ル・パチュリー・バー」では、爽やかなドリンク、カクテル、食後のお酒や葉巻タバコなどを揃えております―――」by、スターウッド。
ずいぶん、華やいだ気分にさせられる。
でも、ここでも突っ込みだ。
トロピカル気分満載のレストラン紹介であるが、実際は「ル・マングロビア」も「ラ・ココテレ」も「ル・パチュリー・バー」ともにロビー・フロントがある本館建物内、船を模した同じ屋根の下にある。
また建物全体が開放的な造りなので、そもそも区別がつかない。
それに、食事する客は、「ル・マンゴロビア」でしか見かけなかったし。
レストランの雰囲気はさしずめ、海岸にある早くて便利な「デニーズ」だ。
サラダ各種、前菜各種、スープ各種、メイン各種、パン各種、フルーツ各種が大皿に並ぶ。
味付けは可もなく不可もなく大衆向け。
私は、旅にでられない間、料理には食にはとくにうるさくなった。
カメルーンへ大冒険旅行(捻挫した状態で出かけただけ)以来、旅行していない――。
「人生は旅だ!」とハニー♪に訴えたところで、「じゃあ、私仕事やめてもいい?」と恐ろしい切り返しに閉口させらる。
仕事も身が入らず(普段からですが)悶々とした日々を送るなか、一瞬の至福は「料理し食べること」。
数年前、母が長期外出したのをきっかけに、今では和洋中なんでも、創作アイデアも溢れんばかり。
毎日の自分の弁当と子どもたちの幼稚園に持たせる弁当では物足らない。
愛する人たちに、もっとたくさんの人に「おいしい!」と食べて欲しい。
私のささやかな夢は、誰かが投資してくれた白い洋館で可愛らしいウエイトレスさんたちに囲まれて地中海料理の店を開くこと。
でも、最近読んだ本にこんなことが書いてあった。
「――料理の味は、最後はそのひとの人柄がでる――」
私はちょっとショックを受け、さらに母が追い打ちをかける一言。
「片付けをしてこそ料理人!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私の料理道もまだまだ旅の半空。
「ル・マンゴロビア」の味はともかく、料金だけは東京の三ツ星レストランも驚くほど超一流である。
チェックアウト時、フロントで渡されたレシートを見て目が飛び出しそうになった。
それより今、あるものを目ざとく発見した。
黄金色に輝く泡立つ液体だ。
「シャンパンがあるぞ、ほい♪」ラッキー。
マグナムクラスのシャンパンの瓶がクーラーボックスの氷に浮かんでいた。
が、ハニーの寝坊のおかげか、あいにく瓶のなかの泡立つ液体残りわずかなのであった。
「おい、あそこの横に開封してないもう一本シャンパンのボトルあろわい?」
「うんうん、あるね」
「あれ、飲みたくないか?
「うんうん、飲んでみたいね」
「あれ、あんた空けてもらってきて、1杯」
「え~~?自分で行ってきてよ。空けるの難しかったらどうするん」
「あほいえ、あんたが起きるのが遅いけん、残り少ないにゃろ?原因者負担や!」
「なにそれ?」
「それにワシが行ったら飲ん兵衛に見られて怪しまれるやろ?」
「もぉ~(怒)。しょうがないわね~」
「あ、やっぱ2杯ね」
「もぉ~(怒)」
「あ、あんた、空けたらグラス2杯分持ってきて。そしたら自分も2杯もらってくるわ、な?」
「知らんわ!」
昨日から飲んでばかりだ。
やることがほかになにもないし、飲むだけという幸せ、というのもある。
結局、相変わらず高い波を眺めながら4杯飲んでちょっといい気分になった。
「波に酔ったかしら?(爆)」
「ねぇ、トットコ、ここのホテルに泊まっているひと、綺麗なひと多いよね~」
「ほう!そうだろ!さっき、あんた撮るふりして、向こうの綺麗なひと撮りまくったけど、なにか?」
「やっぱり!そーだろ、そーだろ、あほか!」
私たちは昨晩食事したテーブルと全く同じテーブルに居る。
そして、被写体として定めていた彼女も、こらまた同じテーブルにいた。
―――――昨晩、「ル・マングロビア」は砂浜沿いの外のテラスの空席に座ろうとしたら、肩掛け荷物を置いてあるのに気づかなかった。
飲む前にまた汗、である。
「ごめんね、そこ私の席なのよ」
慌てて席を立ち譲る。
明らかに英語ではない外国語で彼女に微笑まれた。
デレ~ッ、である。
彼女はたまたま料理を取りにビュッフェに行っており席をはずしていたらしい。
どうやら彼女はひとり客のようだ。
テーブルには赤ワインの入ったグラスがひとつしか置かれていない。
オープンテラスから建物のなかに移動し、テラスからすぐのテーブルに着いた。
彼女を正面に見据えるためだ。
浜辺を眺めるふりして、もちろん本当は彼女の観察をじっくり決め込むのだ。
新大阪駅で別れたエキゾチックとは全然系統が違うキュートなタイプなのに自分でもあきれえる。
なにでもご馳走に見える。
ワニでも大コウモリでも喜んで食うのか?ワタシ。
妄想モードのスイッチはもう入っているのですがね。
料理の皿をテーブルに置き、グラスの赤ワインが薄暗い照明のテーブル。
華奢ながらもノースリーブから筋肉質な肩と肩甲骨が張り、セイシェルで日焼けしたのであろう眩しく黒光りしている。
ブロンドの長い髪を後ろに束ね、うなじが可愛らしい。
彼女は言葉からも容姿からして南欧系らしいのだが、オープンな南欧系らしくなく、しおらしい仕草がなおさら可愛く感じる。
ぐんぐん高感度上昇中なのですね。
私は勝手に高感度な彼女のことを「セイシェルのセシル」と命名している。
セシルは料理に手をつけようとせず、手持ち蓋さで肘をつき憂いのある顔で、海を眺めていた。
「一人旅の女性」独特の憂いある瞳に濡れた唇。
彼女に胸キュンした。
まったくわからなかったあの外国語はポルトガルだろうか?
リスボンの港からここまで旅客船で一人旅。
センチメンタルジャーニーにいたってしまった彼女の過去に未来に、想像力を膨らませる一方(しかも一方的に)であった。
が、その後すぐに夫らしきパートナーがグラスと料理を持って彼女の隣に座った。
グラスで乾杯をして赤ワインで唇をぬらし、こんがり焼けた頬を薄桃色に染めていた。
「なんだ、チェッ」
「あんた、ほんまにアホでないん?」
ハニー間髪入れないつっこみはどこかで聞いたことがあるような台詞だった。
―――2004年8月中旬、アテネオリンピック真っ最中、あの夏のできごと―――
私「アテネオリンピックかぁぁ~~~~~(遠い目)」
ハニー「はじまってから、どんどん金メダルラッシュ。やっぱり若さよね。昨日ついつい観てしまったわ、水泳と柔道(笑)眠っ・・・・・」
私「これまではなんだかんだ重圧だの悲願だの、まわりがクチやかましく本人とは無縁のところで我がことみたく狂乱じみて、また手のひら返す世間体だったけど、いい傾向になりつつある。本人のためだけのものやけん」
ハニー「またまた、ゴチャゴチャ言わんと、素直に喜べばええのに」
私「あんたそれがアタシの忌み嫌うセケン様、なんよ、わかっちゃぁねぇ~~なぁ~~」
ハニー「嘘ばっかり!テレビの再放送のダイジェスト、あちこちチャンネル変えては、いちいち涙ポポロポポロの癖に?」
私「・・・・・・・・・・」
ハニー「あれ?素直ね。認めましたわね・・・・・」
私「心情と信条は別のものだよ、アッ、またまたうまいこと言うなぁ~~~。ん??と、いうことはだ!」
ハニー「と、言うことは?だ??」
私「こりゃ、本腰入れて応援しなくちゃならんゆ~ことよな?」
ハニー「で・・・・・・・・・?」
私「で?って?」
ハニー「『ギリシアに行こうかな♪』なんて、くだらないこと言うのはやめとってよ」
私「え?・・・・・・・・・なんで、わかったん?」
ハニー「あのね、たとえ、アテネに行けても泊まるとこは全然ないよ!ホテルとかは満杯やし、通常の10倍の料金だってよ、どこも」
私「テント担いで行こうかな?」
ハニー「あのね、ここ最近、アルプス登山すら山小屋泊まりの癖によくいうわ」
私「・・・・・・・・。あっ、これみてみぃ~~。体操なんか観客席ガラガラやん。これやったら飛び入りで行っても楽勝で入れるやん♪」
ハニー「あのね、たとえ会場の外まで行くまではいいとして、セキュリティとかの問題あるからそうそう簡単には入れてくれませんっ。わかんないかなぁ~~(ため息が聞ける)」
私「う~~~~~んっ!そうやっ!それやったら沿道でマラソンを応援しようかな♪さすがにマラソンなら観るも観ないもタダやし、楽勝やん!マラソン発生の地、マラトンからアテネへ向けてスタートするんでぇ~~」
ハニー「あのね、それで・・・・・・・・・?」
私「選手はアテネへ向かう、アタシは逆コースを意気洋々と!汽車でコリントスへ向かう♪」
ハニー「だから、あのね?しゃべってムナシクない?」
私「(じゃあ、ちょっと黙っとってみよっと)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ハニー「・・・・・・で?そのコリントスとやらに行って、その元!!少女たちとやらに、簡単に逢えるとでもお思い?たとえ奇跡的にバッタリ逢ったとしても全然覚えててくんないわ(笑)。で、逢えたとしても、ボクちゃん喋れないもんね~~?(笑)ずっと『カリメーラ♪』で通しますか?おじさん(笑)」
私「いちいちいちいちコウルサイやっちゃ。ひとの淡いコイゴコロを傷つけて、夢まで壊すな。権利と自由を奪うなっ!」
ハニー「コイゴコロ?なに、それ??よくもまぁ~~一方的に、妄想的に誇大して、それって人権侵害(笑)。こっちのほうがよっぽど正しい使い方♪」
私「とぉぉもかくっ!ロウドウシャのとぉぉぜんっの権利としてアタシは断固ギリシア行きを主張いたします!なんなら建白書をA4版に20ページでも30ページも書きますが?」
ハニー「はいはい。労働者の権利ね。洗濯物、干すのよ♪残しといてあげる♪」
私「もぉ、電話切るぞっ」
ハニー「災害対策時で夜間出勤しといて電話で、あんたほんまにアホでないん?」―――
――あんたほんまにアホでないん?――
瞬間芸ともいえる得意(得意ぶることか?)の逞しい想像力。
そして神業ともいえる、癒される(癒されるか?)妄想術(術かこれ?)。
これは、しっかり相方ハニーの記憶媒体にもインプットされていたらしい。
結婚生活15年の成果がこれだ。
そんなひとり劇場を楽しんだ余韻の記念のつもり。
生憎、彼女の画像は全部後姿。
しかも、おまけにダミーにしていたため、真っ黒でベタなハニーだけが写っていた。
冬の日本海のような荒波だけが強調されるショットになった。
いつでも私は「想像メタボ体質」だ。
「妄想便秘症」ともいう。
★戻るくん★
★進むくん★
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