また始まった。いつものミネバのわがままである。
「だめです」
 当然のごとくハマーンは言う。しばらくは毎日ずっとこうやって同じことを言い続けるが、こうやって軽く流せば、すぐ忘れてしまう。いつものことだ。今回も、それで終わるはずだった。

「サオリ、サオリ、ちょっと来てくれないか」
 自室に戻ったミネバは、侍女のサオリを呼び寄せた。
サオリは、侍女の中ではミネバともっとも親しく、よくミネバの相談にも乗ってくれたり、ハマーンが居ず寂しい時にも、話し相手になってくれたりと、いろいろ頼れる人物である。
「どうなされたのですか、ミネバ様?」
 美しい金髪を頭の後ろできっちりとまとめたサオリが、白い花が一輪挿してある細身の花瓶を持って、部屋に入ってきた。
 ミネバはサオリを椅子に座らせ、向かい合い、話をきりだした。
「私は学校という物へ行ってみたい。手続きをしてくれ」
「は・・学校、ですか?ハマーン様の許可は取っていらっしゃるのですか?」
「取れるわけないだろう。私の独断だ」
「だめです!!」
 また、ミネバ様のわがままね・・・・サオリはもう、慣れっこである。
「3日間だけでいいんだ。頼む。責任は私が持つから」
「そんなことを言ったって、怒られるのは私なんです!」
「お願いだ。学校がどのようなものか知りたいだけだ。3日間だけ。いいだろ?昼間はハマーンもいろいろ忙しいし、絶対ばれないから」
 ミネバは頭を下げた。
 さすがに侍女として、主人に頭まで下げられると、どうしようもない。それにサオリは、ミネバを可愛い妹のように思っていて、なかなかミネバには弱く、こう頼まれては、つい
「しょうがないですねぇ・・・・」
と、許しを出してしまった。
「本当か?本当にいいのかサオリ!?」
 ミネバがうれしそうに目を輝かせた。そんな喜ぶミネバを見ると、自然とサオリも嬉しくなってくるのだった。
 ・・・まあ、危険ではないんだし、ミネバ様が庶民の生活を知るのもいい勉強ね・・・
 確かに安易な決断だったかもしれないが、このような経験は、きっと将来のミネバの役に立つはずであろう。
「ええ、そのかわり、誰にも悟られないようにしてくださいね。さっきも言いましたが、怒られるのは私なんですから」
「ああ、わかってる!!」
 ミネバはもう、ほとんど何も聞いていないようだった。
「明日から行けるのか?」
「ええ・・・・なんとか大丈夫だと思いますけど・・・」
「そうか、では、私はもう寝るぞ!」
「まだ7時ですよ」
「いいんだ!!」
ミネバは浮かれ足で立ち上がり、さっさとシャワールームへ向かっていった。
「おやすみ、サオリ!」
「おやすみなさいませ」
 シャワールームのドアが閉められた。
 ミネバ様、本当に嬉しそうだわ・・・・・と、電話しなくっちゃ!!
 サオリはあわてて電話機に向かった。

「ミネバ様、準備はできましたか?」
「ああ、これでいいのだろう」
 ミネバはリュックの口をあけてサオリに中身を見せた。本と、弁当と、なぜかナイフが。
「・・なんですか・・このナイフは・・・・」
「護身用だ。ハマーンがいつも持ってろって言ってた」
 ・・・・まあ、護身用なら・・・・一応皇女だし・・・
「ミネバ様と最寄りの海まで行ってまいります。夕方までには戻ります」
 いつものように外出先を報告して、脱出完了。あとは学校まで行くだけである。内緒で出てきたので、もちろん乗り物などは使えず、徒歩で行くしかなかった。
 ミネバは、初めて見る街というものに、驚きを隠せないでいた。本でしか見たことのない建物がたくさんあった。店というものもはじめて見るものだった。今まではほしいものは何でも勝手に届けられていたので、ミネバは金すら本物を見たことがない。こんな世間知らずで、大丈夫なのだろうか。サオリは少し心配になってきた。

 そして、とうとう学校へ着いた。
 まるで前世紀のような、木造の古い校舎であった。登校時間のため、子供たちがつぎつぎと校門の中に駆け込んでいく。
「いいですか、ミネバ様。ここではあなたの身分を知っているのは、学園長のみです。絶対、誰にも身分を明かしてはいけませんよ」
「わかった・・じゃあ、行ってくる」
「最初は学園長室へ行って下さいね。では、いってらっしゃいませ」
 校門に消えていくミネバを見送りながら、今日は一日何をしていようか考えるサオリであった。

 本でしか見たことのない学校。今、ミネバはそこに来ていた。
 たくさんの同年代の子供たち。時には厳しく、時には優しい先生。友達とわいわいしゃべりながら食べる昼食。すべてが、憧れだった。

 ミネバが学園長について入った教室は、本で見たそのままのような感じだった。
 子供たちは教室に入ってきた見知らぬ女の子に興味津々であった。立場上人に見られるのは慣れていたが、なんだか少し恥ずかしかった。先生がミネバの紹介を始めた。
「みなさん、こちらはミネバさんです。お家の都合であちこちのコロニーを旅して回っているそうです。この学校では3日間だけしか一緒にいることができませんが、皆さん、仲良くしましょう」
 そういえばそういう設定になってたんだっけ。
 ミネバはわりといろいろなコロニーへ行ったことがあるから、もしそのことについて質問されても答えることができるだろう。
 ミネバは
「よろしくおねがいします」
と一言言って、先生に指定された席に着いた。一番後ろの席だった。
 先生が話している最中も、ミネバには絶えず好奇心の視線が集中していた。その中でも、ミネバのすぐ前の席の薄緑色の髪をした女の子は、ホームルームの時間中ずっとミネバに視線を送っていた。
ミネバはその視線に気づくと、そっと、その子に微笑んだ。女の子は少し驚いたような顔をして、すぐに前を向いた。

ホームルームが終わると、やはり恒例の女の子による質問攻め&世話焼きが始まった。
「ねえ、サイド2って行ったことある?」
「トイレわかる?私が教えてあげる」
「何でこのアクシズに来たの?」
「いろんな所行けていいなぁ」
 ミネバは一つ一つの質問に丁寧に答えていた。しかし、いままでこんなたくさんの人と、しかもこんなに馴れ馴れしい人達と話したことがなかったため、しばらくすると軽い頭痛がしてきた。
 ミネバはちょっと一人で学校を探検してみたい、と言って、女の子たちから離れた。
 教室を出て、校庭へ出た。校庭に植えられた桜の木に沿ってしばらく歩くと、先ほどミネバに視線を送りまくっていた、前の席の女の子がベンチに一人で座って本を読んでいるのを見つけた。
 ミネバが歩み寄ると、その子は本から顔を上げて、ミネバの顔をじっと見た。
「どうして、こんなところに一人でいるんだ?」
「あんたこそ」
 その女の子はミネバをじっと見つめながら、ぶっきらぼうに言った。
 ミネバは馴れ馴れしいのはまだよいとして、この無礼な物言いに腹が立った。
「あたしはイアナ・ヒューロマンっていうんだ。あんた、ファミリーネームは何?」
 唐突に訊かれ、ミネバは戸惑った。まったく考えていなかったのだ。
先ほど先生はあえてミネバのファミリーネームを言わなかった。学園長から、ミネバの事を聞かされていたらしい。クラスの女の子たちは、誰もファミリーネームのことなど気づかなかったようであった。だから、ミネバも安心していた。
突然黙ってしまったミネバを、イアナはじっと見つめていた。
「ええと・・・・」
「何で言わないのさ?」
 その時、授業開始のチャイムが鳴り、ミネバはかろうじて危機を逃れた。
 ほっとしているミネバの背中をイアナはどん、と押して走り出した。いきなり背中を押されて驚いているミネバに、イアナは叫んだ。
「早くしなよ。1時間目MSのシミュレーション授業なんだよ。訓練室知らないだろ?あたしについてきなよ」
「あ、うん」
 ミネバはイアナについて走り出した。

 二人はなんとか先生が来る直前に訓練室に入ることができた。
 ミネバは一人一台振り分けられている機械の自分の席に座り、走ったことでひどくなった動悸を抑えた。
 イアナの席はミネバのちょうど隣だった。
「今日は一人2機墜とせればノルマ達成です。今回はザクⅡの性能で行います」
 ザクが使われるようなシミュレーションはもうかなり古い機種なのだが、この学園にはこれしかないらしい。ミネバはニュータイプの素質を認められるほどなのだから、このようなシミュレーションは、いともたやすくこなせるはずだ。
 スイッチを押すと、ヴン・・と音がして、画面が付いた。何種類もある機体の中からザクⅡを選ぶ。敵のレベルは・・一番強いものでよいだろう。
 イアナが画面を覗き込んできた。
「へえ、それ最強レベルじゃん。できるのかよ」
「たぶん。・・・前の・・学校でやったことがあるから・・・」
 嘘をつくのが、なぜか少しひけた。
イアナはふうん、と短く言うと、また自分の画面に目を戻した。ミネバも画面を見た。スタートを選択する。すると、画面に数機のGMが現れた。GM程度なら、簡単に倒せる。ミネバはあっという間にGMをすべて倒し、クリアしてしまった。
『被弾数0。撃墜数20。発射弾命中率90%。所要時間6分23秒』
 音声が成績を伝えた。それを聞いた先生が驚いたと言った顔で、ミネバの画面を覗き込んだ。他の生徒も画面を覗き込んできた。皆、この見たこともない成績にかなり驚いているようだ。
「お前、ニュータイプじゃないのかぁ?」
「ミネバちゃんすごぉい!」
「そうだよ!ミネバちゃんニュータイプじゃないの!?」
 皆ニュータイプに憧れを抱いているらしい。先の一年戦争で活躍したニュータイプ、シャア・アズナブルは、ここアクシズでもかなりの人気を誇っている。おそらく彼の影響だろう。もっともミネバはそのシャアとつい数年前まで一緒に生活していたわけなのだが。
「ミネバちゃん、私に教えて!」
「私にも!」
「うん、いいよ」
 ミネバはどうせ簡単すぎてあまり面白くなかったので、そのほうがいいと思った。
 子供たちに楽しそうに教えているミネバを、イアナは面白くなさそうに見ていた。

 シミュレーションの後、歴史、生活指導、国語と続いて昼食の時間になった。
「ミネバちゃん、いっしょに食べよう!」
 女子に誘われ、ミネバは六人用の席の、一番左端に座った。弁当の包みを広げ、皆、いっせいに食べ始めた。
 サオリの作ってくれたおにぎりを頬張りながら、ミネバはイアナの姿を探した。先ほどから姿が見えなかったのだ。食堂を一通り見渡しても、どの席にもイアナは居なかった。
「ねえ、イアナという子は、どこに居るのか知ってる?」
 ミネバは隣に座っている女の子に尋ねてみた。すると、女の子は顔をしかめて、ミネバに耳打ちした。
「イアナにはかまっちゃだめよ。あいつ、いっつも一人で居て誰とも話そうとしないし、ずっと前なんか親切に話しかけた子を殴って怪我させちゃったんだから」
「イアナが?」
「そう、だからもう誰も相手にしてないの。今頃どこかで一人でお弁当食べてるんじゃない?」
「・・・・・・」
 ミネバは食べかけのおにぎりを弁当箱に戻すと、再び包みなおし、席を立った。
「ミネバちゃんどこ行くの?」
「・・・・・・イアナのところ・・・一人とは、寂しいものだから・・・・」
「?ミネバちゃん・・・・?」
 女の子が止めようとしたが、すでにミネバは食堂から出て行った後だった。

 講堂の裏で、イアナは一人サンドイッチをかじっていた。今日も、空は澄んだように青い。
「イアナ」
 唐突に声をかけられ、イアナの体がびくっと震えた。振り向くと、ミネバが居た。
「・・・・・・なんだよ、ニュータイプ」
「その言い方は好きじゃない」
「あっそ・・・・・」
 イアナは二個目のサンドイッチに手を伸ばした。
 ミネバはその隣に腰を下ろし、弁当の包みを開いた。
「なあ、何でこんな所に来てんだよ・・・」
「一人は寂しいから。イアナも同じだと思う」
「・・・・あいつらからあたしのこと聞かなかったのかよ」
 イアナがぶっきらぼうに訊いた。その声に寂しさがこもっているのが、ミネバにはすぐ分かった。
「聞いた。だから来た」
「・・・・・・・・・・・・皇女様がわざわざか・・・・・?」
 そのイアナの言葉に、ミネバは驚き眼を見開いた。何故、知っているのだ・・・何故、分かったのだ・・・・

               続く

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