しあわせになろうよ♪

しあわせになろうよ♪

小説:クロスタワー



渋谷のクロスタワー。
目の前には素朴な記念碑。
尾崎豊というロックンローラーのために建てられたものだという。

人ごみのスクランブル交差点。
行き交う人達に情とういものはない。これが今の時代のモラルなのだ。
そんな中を一人の青年が歩いていた。黒い瞳、頑なな表情。
彼はしばらく行き交う人を見てこうつぶやいた。
「何も変わっちゃいない。むしろ・・・あの頃よりも寂しい街だ」



@1日目@
「ありがとうございます」
愛想笑いで今日も元気にいらっしゃいませ。
自給750?冗談じゃねぇよ。
心の中を雄一の愚痴り場の女子高生。
佐々木しえりは今日もファーストフードでバイトしていた。
ここのファーストフードは渋谷駅の近くにあり、ただでさえ混む。
混むくせにこの自給・・・ありえない。
けれど、高校生の3年間はここでがんばると決めたからには、早々自分の意思を曲げられない。
そんなしえりは今日も接客でストレスを溜めていた。

周りの席にはしえりと同年代の女子高生が楽しそうにおしゃべりをしている。
バイト・・・週5も入れるんじゃなかった。今さらながらの後悔はため息を増やすばかり。
しえりはそれでもお客が来ると笑顔を絶やさなかった。けれど、心の中に鳥は、はやく籠から出て
大空へ飛び立ちたいと羽をばたばたさせていた。しえりは、自由になりたかった。
そもそもしえりは溜めたお金を自分のケイタイ代意外では自分のためには使わない。
全て貯金なのだ。大学の費用のための・・・・。
威厳な父の元、大学受験は必須。尚且つ、家の経済状況を察して、国立が条件なのだ。
それが嫌なら働け・・・・・父はいつも説教の最後にこう言った。
しえりは、自分のやりたい事を否定されているようでいつも窮屈だった。
お父さん、あたし・・・・本当は・・・・
何度も言いかけたその言葉。けれど、しえりはいつも自制心と共に心の奥底に飲み込んだ。
高校3年生になってまだ日も浅い。今は4月・・・。
本来ならば、4月から受験生としてバイトはやめるはずだが、夏休みまではやろうとしえりは決めた。
なんとなく、家にいたくなかったのだ。どうせ勉強もはかどらないし、父のうるさい説教で悩まされそうだったからだ。
真新しい制服を着た女子高生が3人入ってきた。新1年生だろうか?しえりは思った。
「いらっしゃいませ~」
そう言った次の瞬間、しえりは奇妙なものを見た。
レジは入り口と向かい合っている。
入り口から入ってきたお客さんがそのままストレートにレジにいけるようになっているのだ。
ということは、レジからもどんな人が入ってくるのかも見える。そして自動ドアが開けば、ドアの向こうの道の様子も見える。
170はあるだろうか・・・・背が高く、スタイルの良い青年が道を歩いていた。
そして・・・・前方から来た人をすり抜けたのだ・・・。
とても奇妙な光景だが、しえりはすぐ理解した。
あの人・・・すけてる。
そして、しえりは反射的に走りだした。レジから出て、店も出た。青年は左から右へと歩いて行った。
しえりは店を出て右に行った。
青年の後姿が見えた。GパンにYシャツ。シンプルな恰好であるが、背が高く、姿勢が良いためとてもよく目立つ。
某ファーストフード店の制服を着てたしえりも十分目立っていた。
もう少しで追いつく。もう少し・・・・
「待って!」
思わず出た右手・・・・・すけてしまうと思ったが、触れられた。
青年もびっくりしたように振り向いた。
はぁはぁはぁはぁ・・・短い息切れはすぐに直った。
青年はとてもびっくりした様子でしえりに言った。
「俺の事が・・・・見えるの?」


しえりは、青年と人のあまり来ない公園に来た。
人ごみでは、しえりはとても目立ってしまい、いてもたってもいられなくなったからだ。
それに、バイト先の人がいつ自分を見つけにくるか心配でもあった。
飛び出して来た以上・・・・もう・・・・戻れない。
自分はなんて馬鹿な事をしたのだろうと、今更ながら後悔した。そして後悔した。
けれど、そんな後悔は青年の一言で消失した。
「本当に、俺の事が見えるの?」
何を言っているのだろう?しえりは不思議に思いながら質問した。
「見えます。あの、あなたは一体・・・?」
「俺?俺は・・・・まぁちょっとな。」
「すけてますよね?それに・・・・見える見えるって?」
「あぁ・・・俺の姿は誰にも見えないはずだから・・その・・・びっくりして。」
「どうして見えないんですか?」
「それは・・・・言えないんだ。すまない」
この青年は一体何歳だろう?まだまだ少年のような表情だったり、とても苦労してる大人のような表情だったり・・・。
「あなたの名前は?」
しえりは自分の方からたくさん質問していた。自分でも驚いていた。男の人と話すなんてしえりにとってはとても珍しいからだ。
「俺は・・・ヒロヤ。」
「あたしは佐々木しえり。17歳。」
「しえり・・・?17歳か。」
「何か?」
「いや・・・・」
ヒロヤはなぜか微笑んでいた。まるで懐かしいものを見るかのように・・・。
その時、しえりのケイタイがバイブ音を奏でた。ぶぶぶ・・・・ぶぶぶ・・・・・
「何の音?」
「ケイタイです。ごめんなさい。」
バイト先からの電話だった。どうしよう・・・・。しえりが困った顔でケイタイを見つめていると
ヒロヤはケイタイをしえりから奪うと、勝手に電話に出た。
あ・・・・・・しえりは一瞬のことで何が起こったのかわからずただ焦った。
「もう2度とかけてくんじゃねー!」
通話終了・・・・・・・。
やばいな・・・しえりはそう思った。
そんなしえりに向かってヒロヤは笑顔でこう言った。
「もうこれで困ることもないだろう?」
何・・・この人・・・。
「あはははははははは」
しえりは心から笑った。久しぶりに心から笑った。
ヒロヤは声を出さないでそっと微笑んだ。
「お前、この街にお似合いな寂しい笑顔してる。俺が変えてやるよ。」
しえりは何の事を言っているのか全くわからなかった。
けれど、ヒロヤには何かすごい力がある、そう確信していた。
そして、もう1度、質問した。
「あなたは・・・一体何者なの?」
ヒロヤは頑ななまなざしでしえりを見つめた。そして、口を開く。
「俺は、もうすでに死んでいる。でも、1週間だけ生き返らせてもらったんだ。」
奇想天外な事をヒロヤは真顔で言った。
「どうして・・・生き返らせてもらったの?」


「遣り残したことをする為に・・・・・・・」



@2日目@
昨日みっちり親に説教されたしえりは朝8時に家を出た。
高校までは徒歩で15分。その間は音楽を聴いていた。
昨日、あの後ヒロヤとは別れた。
ヒロヤは行きたい所があると言っていた。
しえりも一緒に行こうとしたが、親がしえりを見つけて連れ戻されたのだ。
後で親に「公園で一人・・・何してたの?!」
信じられない。そんな表情で説教してきた。しえりは少し変な気持ちになった。
「しえりーー」
振り返るとヒロヤがいた。ヒロヤはギターを持っていた。
「ヒロヤさん。ギターですか?」
「うん。学校?」
「はい。」
「どこの高校?・・・その制服、まさか・・・・」
「?青山学院ですけど?」
「やっぱり!!俺も青学だったんだよ。」
「本当に?!?!先輩じゃないですか」
「そうだな。じゃぁ俺も久しぶりに母校に行くか。」
「はい!」
歩きながらヒロヤは高校の頃の思い出話をしえりにたくさんした。
高1の時、文化祭で全校生徒の前でギターを弾き語りしたら変に有名になった話。
朝いつも礼拝堂でお祈りをするのが馬鹿らしかったなどなど。
学校に着くと、ヒロヤは姿を消した。しえりの友達がしえりに話しかけたのと同時だった。
「しえり、おはよう!」
「美奈ちゃん。おはよう!」
「独り言言っちゃって・・・どうしたの??」
「え・・・なんでもないよ」
ヒロヤはやっぱり他の人には見えなかった。
放課後、しえりはヒロヤを探した。というか、ある教室へ向かった。
朝、登校中に聞いた話に、ヒロヤが居そうな教室のヒントが隠されていたからだ。
ガラっー・・・・・・・・
「いた!」
「しえり。」
そこは元ギター部の部室だった。今は部員がいないため、誰かが入部するまで美術部の倉庫になっていた。
ギターは10本くらいで、アンプなども少々あった。けれど、かなりのホコリで少ししえりは引いた。
「ずっとここでギター弾いてたの?」
「ああ。思い出の場所だから・・・・」
遠くを見つめるまなざし・・・・ヒロヤは、かつて生きていたのだ。
「何か、弾いてくれますか??」
そばにあったイスにしえりは座った。
「いいよ。リクエストは?」
「う~ん・・・。ヒロヤさんの好きなもので」
ちょっと苦笑いしてヒロヤはギターを弾き始めた。
かなり上手い。しえりはヒロヤの指の動きを見てそう思った。
ギターに関しては全くに無知だが、しえりの父は趣味でギターを弾いている。
父のような素人とはまったく違う動きをヒロヤはしていた。
左手が生きてる・・・・・。
そして、とてもキレイな歌声・・・・・地声も高いが、歌声だともっときれいなソプラノが出た。
1曲終わると、しえりは拍手をした。
「すごい・・・・すごいです!!!今の歌はなんていう?」
「尾崎豊の15の夜」
「へぇ~・・・・すごいなぁ。もっと弾いてください!」
ヒロヤはいっぱいいっぱい歌った。何十曲という数を歌った。
しかし、ヒロヤの声は枯れることがなかった。まるで何十曲も歌うことに慣れているかのように・・・・。
そして、しえりは気になってたことを聞いた。
「遣り残したことって??」
ヒロヤは笑顔で答えた。歌うのが大好きなのだろう



「日本武道館で歌うこと」


@3日目@
バイトをクビになったしえりは放課後ヒロヤと二人で渋谷を歩いていた。
「相変わらずの人だなー」
ぶつぶつ独り言をいうヒロヤ。しえりはそんなヒロヤが微笑ましかった。
そして、昨日の話の詳細をヒロヤに尋ねる。
「あの、昨日言ってた、武道館の話ですけど・・・・。?」
「うん・・・実は、ずっと武道館で歌うのを目標にしてたんだ。高校の時、剣道の大会で武道会に行ってさ、友達とふざけて
 最上階のどっかの客席に”絶対ここでライブやる”って書いたんだ。まだ残ってるかなー・・・」
「へぇ~!!!!なんかドラマみたい」
「それなりに熱い青春は送ってたからね(笑」
「なにそれ(笑」
昨日、ギター部の部室から一緒にしえりの家までヒロヤは帰った。しかし、家の前で姿を消した。
丁度、しえりの母親が玄関に出てきた時だった。しえりと接することのできる人間をまるで避けているようだ・・・。
家に帰るまでの帰路でしえりはずっとヒロヤの歌声を思い出していた。そしてそのつど「すごい上手ですね」と言った。
ヒロヤは照れ笑いをうかべながら自慢気に目を細めて笑った。
「しえりは、進路とかどうするの?」
いきなり現実的な質問で少し戸惑ったしえり。けれど、シナリオが用意されていたかのように答えた。
「大学進学。」
「ふ~ん。大学で何やりたいの?」
「・・・・・まだ決めてないの。」
「そう。じゃ、将来の夢とかは?」
「・・・わかんない。」
「それでどうして大学行きたいの?」
「父に行けって言われたから・・・大学に行けば就職とかも無難だし。」
「は?それで本当に良いのかよ?親の言いなりじゃねぇか!」
「そうだけど・・・でも・・・仕方ないよ。」
しえりは寂しく笑った。もう、全部諦めてるよ、そんな感じだった。
ヒロヤは虫の居所が悪いのか、少し機嫌が悪かった。
重たい空気・・・そんな時しえりがヒロヤに言った。
「あ。ねぇ!カラオケ行きませんか?」
「カラオケ?」
「はい!あたし安いとこ知ってますから!!」
はたから見ればしえりは一人でカラオケに来ている女子高生だった。
カラオケの店員は少し奇妙な眼差しでしえりを見る。
しえりは苦笑いを浮かべながらマイクと伝票を受け取り指定の部屋へと足を運ぶ。
その間ずっとヒロヤは「すげーなんかホテルみてー!」とか「俺らの時はもっと狭かった」などと
いろんなどよめきをもらしていた。
一人で来たということで、もちろんマイクも1本。必然的なソロカラオケ・・・。
「ヒロヤさん先に歌ってください!」
「良いよ~」
とても楽しそうにカラオケの検索本を手に取る。
「あ、こっちの方が早いですよ。」
しえりはリモコンを渡した。
「何これ?」
「デンモク・・・」
「どうやって使うの?」
なぜか使い方を説明するのに10分もかかった。説明が下手なしえりと機会慣れしていないヒロヤが揃うとこういう
結果になるものだ。
「便利な世の中になったなー」
そんなヒロヤの一言に「いつの時代の人間なんですか」としえりは心の中でつっこんだ。
1曲め・・・
「あ。この前歌ってくれた?」
「うん。尾崎豊の15の夜」
この前と同様、とても素敵な歌声でヒロヤは歌った。カラオケだと歌詞もでるということで、この歌の歌詞も
とても共感できるものである事に気づいた。”誰にも縛られたくないと逃げ込んだこの夜に自由になれた気がした15の夜”
しえりはこの歌詞がとても気に入った。
「しえりも何か1曲歌ってよ」
マイクを差し出され、しえりはあわててうけとった。ヒロヤの歌声に魅了されてしまって自分の予約曲を入れるのを忘れてしまって
いたのだ。
「知らない曲だけど・・・?」
「良いよ!今はやってるのとか聞いてみたいし」
「じゃぁ・・・・あたしが好きなゆずの桜木町を」
男の人の前で歌を歌うのが初めてなしえりは言葉では言い表せられないくらい緊張した。
手に汗を握る。声が震える。一番怖かったのはヒロヤの視線だった。なぜそんなに頑ななな瞳なの?
歌い終わるとしえりはなぜか安心した。定期テストが終わった後のような安堵感があった。
ヒロヤはしばらく考えた後、目を輝かしてこう言った!
「すっげーーーーーよ!しえり、お前歌うまいよ!!!」
自分の歌を褒められたのは初めてでしえりはとても恥ずかしくなった。顔もトマトのように真っ赤だ。
「え・・・そんな事ないっす・・・」
「いや、良い声してる!とっても気持ち良さそうに歌ってたし。」
「実は・・・・小さい頃から歌手になるのが夢だったんです。歌、歌うの好きだから」
「そっか~・・・今は?」
「今は・・・なれたら良いなって思うけど、でも、無理な話だから。」
「まだ挑戦もしてないのにどうして無理ってわかるんだよ!」
「え・・・・わからない。でも、歌手になる人っていうのは一握りしかいないし」
「だから、お前はその一握りの才能を持ってるんだよ!俺が保障する。」
「・・・・・・」
「挑戦、してみないか?しえり・・・・?」
うつむいたまましえりは泪をこぼした。
「私、本当は歌手になりたい。でも、でも、そんなの無理な話だって私なりにわかる。すごく難しいことだって、わかる。
でも、なりたい。ずっと、将来の夢に関する作文とかで歌手って書きたかった。でも、お父さんはそういう事言うとすぐ
否定するから怖くて書けなくて・・・いつも偽ってた。歌ってる時が一番幸せ。私は音楽に生きたい・・・」
泪ながらの言葉で多少乱れたが、しえりは一生懸命に話した。うなずくヒロヤの瞳の黒さは可能性を秘めている。
「やっと、本心を話してくれたな。もう1回聞く。お前、歌手っていう夢に挑戦してみないか?」
泪を右手でぬぐってしえりは答えた。泪を拭われた瞳には希望と呼べる光が満ち溢れていた。
「挑戦したい。あたし、歌手になりたい」
ヒロヤは大きく頷くとしえりの背中をポンと叩いた。大丈夫、お前ならなれる。俺が認める。そう気持ちを込めて・・・。
「あと・・・ヒロヤさん」
「何?」
「実は・・・・あたし、中3の頃から詩を書いてて・・・読んでもらっても良いですか?」
「おぉ!是非読みたい!」
しえりは黒革の学生バックからノートを一冊取り出した。白色でシンプルなノートだった。はたから見たら、中に数学の
公式が書いてあるような普通のノート。しかし、しえりの心の破片と泪の軌跡を綴った大切なノートだった。
ヒロヤは食い入るように読んだ。しえりは隣でどきどきしていた。自分の詩を他人に見せるなんて初めてだったからだ。
「お前・・・詩の才能あるよ。」
「え!」
突然のお褒めの言葉にしえりは戸惑うばかり。
「これ、いつ書いたの?」
「この詩は・・・中3の初めくらい」
「中3??すげーよ。」
ぱらぱらめくっていうくちにヒロヤは顔に笑みを浮かべながらこう言った。
「お前をただの歌手にするのはもったいない。ギターを弾いてみる気はないか?」
「ギター・・・・やってみたいなって思いますね。」
「よし、俺が教えてやるよ。」
「本当ですか?!」
「ああ、俺はお前に俺の全てを教える。お前ならなれる。歌手になれる。いや、ロックンローラーになれる」
「ロックンローラー・・・・?」
少し、古いイメージのある言葉。しえりには抵抗があった。今はアーティストというのだろう。



「いいか?自分の信じた道をまっすぐ進め!それが夢を求める者の全てだ!」



@4日目@
次の日、しえりは学校をさぼってヒロヤと御茶ノ水の楽器屋に行った。
「俺が昔行ってた楽器屋、まだあるかな・・・」
ヒロヤは微妙に変化してしまった町並みと自分の頭の中の地図を照らし合わせていた。
「あ、あったあった!」
中に入るとぎっしりとギター・・・・・・・・・。
「すごくたくさんのギター・・・」
「楽器屋は始めて?」
「うん・・・・。」
「よっし。俺が教えてやるよ。」
そう言うとヒロヤはかたっぱしから説明してくれた。これがアコギでこれがエレキ、そしてエレアコとアコギの違いなど
詳しく教えてくれた。ヒロヤはとってもギターに詳しかった。
「自分のギター買うのか?」
「うん。欲しい。がんばってヒロヤさんみたいに上手になりたいから!」
「俺がお勧めするのはオベーションだな」
「何?オベーション?」
「ああ。ギターの有名なメーカーなんだ。音がすごく良い。古風な響きがあってね。」
「じゃぁ、それ買います!」
「でも・・・・・」
「でも?」
「高いぞ?」
「大丈夫!今日は今まで大学のために貯めた貯金の半分下ろしてきたんで。」
「え。じゃぁ・・・大学は?」
「私、音楽の事、もっと勉強したいから専門学校に行こうって昨日一晩考えて決めたんです。」
「自分の意思で決めたのか!よし、その意気だ!!」
そしてオベーションのギターがずらーっと展示してあるフロアに二人は行った。
「俺的にお勧めなのがアダマスかな・・・」
「アダマス・・・?」
「ほら、あんな感じの・・・・あ・・・・・!」
「?どうしたんですか??」
ヒロヤは何かに魅入っていた。その視線の先には・・・?
オベーションのアダマスによる尾崎豊モデルというエレアコがあった。深いブルーがとても神秘的さをかもちだす・・・。
尾崎豊・・・・あの15の夜の作者かぁ・・・しえりはそう思った。
「あんなの出たのか・・・・」
「知らなかったの?」
「あぁ。俺が死んだ後だから。」
「・・・そっか。」
ヒロヤは死んでいる。その事を時々忘れてしまいそうになる。この気持ちは一体何だろう?しえりの胸はざわついた。
「でも、バカみたいに高いなー・・・」
ヒロヤは苦笑いをした。本当にそのギターは高かった。30万円・・・・・!!!
「ヒロヤさん、欲しい?」
「俺はあれと同じの持ってるんだよ」
「そうなんですか?お金持ちさんだったんですね!!」
「まぁ・・・ね」
そんな時しえりがふっと見た方向になんとなく目に入ったギターがあった。
しえりは引き寄せられるようにそのギターに駆け寄る。ヒロヤも後を追った。
そのギターは、キレイで渋みのあるオレンジ色のエレアコだった。
「素敵・・・・私、これ欲しい・・・」
しえりは一瞬で決めた。これと決めたらとことんなのがしえりの特徴である。
「おどろいた。」
「私、こういうの悩まないで一瞬で決められる性格なんです。」
「そうじゃなくて、」
「え?」
「そのギター・・・・・俺持ってる。」
「え?!これも??」
「うん・・・。俺が自分の金で初めて買ったギターがそれなんだよ。俺もしえりみたいに一目ぼれして・・。」
「そうなんだー!!!」
「びっくした。まさか・・・あーびっくりした。やっぱりお前には何かあるな」
しえりはうれしくなった。少し、顔を赤らめながら笑顔で
「このギター、買います!」
そう言った。

楽器屋を出ると、しえりとヒロヤは青学に向かった。授業には出ないでギター部の部室に行く事にしたのだった。
行く途中、ヒロヤはしえりに言った。
「俺はあと3日だ。かなりハードに教えるぞ!」
しえりは3日という時間の短さに驚いた。そして・・しばらく漠然と考えたあと、ある事を決心した。
ヒロヤに伝えようとしたが、まだその時じゃないと悟って言うのをやめた。
青学のギター部の部室に入ると、ヒロヤはそこらへんにあったギターを手に取った。
しえりも、持ちなれない新品のギターをハードケースから取り出した。新品の独特な香り・・・。
まずは持ち方。しえりはとてもぎこちない。
「変な感じ・・・・」
「最初はな。でも、なかなか様になってる。」
次にピックの持ち方。
「こう?」
「おう!自分の持ちやすいように持つのがベストだよ。弾いてるうちに自分の型ってもんが見つかるさ」
そして・・・・コード。
「最初はCから」
「C?コード?って?」
「ピアノでいうと・・・ドの和音かな。コードは和音なんだよ」
「そうなんだぁ!!!!」
「だから、コードさえ覚えらば作曲だって簡単にできる」
「へぇ~・・・」
Cのコードに続いてGコード。指が切れるかと思うくらいの難しさだなとしえりは痛感した。
けれど、諦めてはいけない。ヒロヤと約束したのだから・・・・。
ピアノでそこそこ音楽知識があったしえりはすぐにチューニングやコードをマスターした。
「お前、やっぱ才能あるよ」
「本当?!」
「ああ・・・こんな短時間でそんなに弾けるようになったやつ、見たことない」
「がんばります。」
今までしえりにはこうして熱中できるものがなかった。いや、見つけなかった。
だから、今しえりはとても生きがいを感じている。はりのある時間を過ごせているような気がした。
「しえり・・そういえば、さっき楽器屋で専門学校に行くって言ってただろ?」
「うん。」
「親父にはいつ言うんだ?」
「今日の夜。帰ったら言う!」
「大丈夫なのか?」
「うん。早い方がお互いのために良いと思って。確かに、お父さんの期待に背いてしまう事になるけど、
 あたしが自分で決めた事であって、自分の人生だから・・・・」
しえりは笑顔でそう言った。
「お前・・・・良い笑顔になってきたな。もう一息って感じだ。」
「そうですか?」
しえりはうれしくてもう1度笑った。そしていつかヒロヤに言われた一言を思いだした。
”俺が変えてやるよ・・・”
本当に、しえりはヒロヤと出会ってから変わった。夢も目標も見いだせられるようになって、とても
生きてるって思えるようになった。ヒロヤは・・・・しえりにとってもとてもかけがえのない存在になろうとしつるある。
けれど、あと3日でヒロヤはいなくなってしまう。
”急がないと・・・”
しえりは自分を鼓舞した。そしてギターをひたすら練習した。

帰り道、しえりはヒロヤに言った。
「あたしがお父さんに専門の事を話す時、そばに居てほしいです。」
「わかった。俺が見届けるからな」
「ありがとう!!」
「お前今日1日でギターの基礎を完璧に見に着けたな。明日もがんばろうな」
「はい!!」
青学からの帰り道の渋谷・・・・心を閉ざした人間達が自分のために自分を傷つけ群がる悲しい街・・・。
「しえり、クロスタワーって知ってるか?」
「え?知らないです」
「俺、よく学生の頃そこから夕日を眺めたんだよ。大人の矛盾とか、うまくゆかない自分自身に対しての
 不安と抱えてどうしようもない時、その夕日を見ると、なんか救われた・・・・」
「へぇ~・・・クロスタワーですか?今度行ってみます!」
「是非行って欲しい。そこには・・・・」
「そこには・・・・?」
「ある人物の記念碑があるからさ。」
「誰のですか?」
「それは行ってからのお楽しみだよ」
「そうですか笑)」
たまに見せるお茶目なヒロヤにはまだまだ少年のような純粋さを感じた。
とても苦労して生きてきたような切ない顔と、まだまだこれからというような期待を背負った少年のような眼差し、
そして、何もかもを愛せるような素敵な笑顔。ヒロヤは不思議な魅力でいっぱいだった。

しえりは家に入ると父親のいる居間にすぐ向かった。
母親にギターの事を尋ねられると少しうつむいて「ちょっとね」と軽く促した。
「お父さん・・。」
「おかえり。どうしたんだ?そのギターは?」
「自分で買ったの。それより、お父さん、話があるの」
「どうしたんだあらたまって?」
しえりは父と向かい合って座った。しえりの隣にはもちろんヒロヤがいる。
「お前、ギターなんか急に買って、一体どうした?」
「私・・・大学には行きません」
「な・・・!どうしてだ?」
「自分の夢に向かってがんばりたいからです。自分で決めました。」
「夢?」
「はい・・・・歌手です。」
「歌手だと・・・・・?そんな無謀な事。お前は人生を棒に振る気か?!」
「無謀じゃないです!可能性は0ではないです!!挑戦したいんです。」
「失敗するのが関の山だ!それで後悔したって遅いんだぞ?」
「失敗を恐れてたら何もできない・・・私は歌手になります。」
「大学行かないで、どうするんだ?」
「専門学校に行かせてください・・・」
「専門学校だと?そんなチャラけたとこに行くのか?」
「そんな事ないです。自分の極めたい道に進みたいんです。」
「しえり、もう1度よく考えるんだ!音楽は趣味でやるもの。決して音楽で喰おうなんて思うな」
「私は、歌手になります。諦めないです。」
「親として、心配して言っているんだ!お前には無難な道を歩んでもらいたいんだ」
「けれど、あたしの人生です・・・」
「一人で育ったような口を利くんじゃない」
「ごめんなさい・・・でも、あたしの人生の主人公は他でもない私です」
「しえり・・・・・」
「お父さん。ごめんなさい。専門学校に行かせてください」
しえりは頭を下げた。父に頭を下げたのはこれが最初で最後だと思った。
今まで頭を下げるような逆らう真似はしなかった。しえりは生まれて初めて親に逆らったのだ。

「よく言った。俺は傍で見ててとてもすっきりした。」
「うん・・・お父さんと、もめたの生まれて初めてで・・・すごく悪い気がしてしまって」
「俺も、高校中退の時、母親にすごく迷惑をかけた。でも、今ではそんな事もあったなって笑える過去だよ。
 大丈夫だ。お父さんにしえりの意思は伝わったはず。だから、最後”全てを決めるのはお前だ。好きにしろ”って
 言ってくれたんだよ。あれはとても愛情のある突き放し方だと思う。」
「そうかな・・・?言ってよかった。私にも、意思っていうものが存在してるって再確認できたもの。」
「宣言した以上、がんばらくちゃいけないな」
「望むところです」
「明日も、学校さぼるか?」
「え?そのつもりです」
「じゃぁ。まっすぐギター部の部室集合な」
「はい」
「がんばって練習するぞ。俺に残された時間も、少ない・・・・」
「どうしてもいなくなってしまうの?」
「ああ。1週間っていうのが約束だったから」
「嫌です。私、ヒロヤさんがいなくなるの嫌!」
しえりは夜の公園で声を荒げた。周りには静寂。響いた声は反響もしないでただただ夜の空気へと混じっていった。
そして、ヒロヤは静かに泣き出したしえりを見た。
次の瞬間、そっと微笑んでこう言った。


「俺の死は消滅ではない。永遠という形で生き続けることだ。しえりの心にな」



@5日目@
昨日の一件で、父とはきまづい朝食になってしまったが、それも時間が解決してくれるだろう思いながら
しえりは登校した。といっても、欠席の報告だけしてすぐギター部の部室に向かった。
「おはようございます!」
ヒロヤは寝ていた。床にそのまま寝ていた。
「ヒロヤさん?朝ですよー!」
一瞬しかめっ面になってすっとヒロヤが目を覚ました。
「俺・・・寝てた?」
「はい。昨日、何してたんですか?」
「あー・・・実家に行ってた」
「実家?」
しえりはヒロヤの事を何一つ知らない。そういえば、ヒロヤは何歳なのかどこに住んでいたのかどうして死んだのか
しえりは何にも知らなかった。
「ヒロヤさんの実家ってどこにあるんですか?」
「埼玉の朝霞・・・」
「どんなとこですか?」
「埼玉の上の方だからまだ自然があるんだよ。目黒川が家の近くにあってね、よくそこらへんでジョギングした。
 あと・・・一人暮らしをする時にいつも下った坂道を登った思い出がある坂道とか・・・・」
ヒロヤの思い出話はつきなかった。それから、お兄さんがいた事もヒロヤはしえりに話した。
子供の頃、庭で兄と一緒に空手を父に教えてもらった話。
実は小学校の時、いじめられた事があるという話。
そして・・・14歳の時家出をしてすぐに見つかったという話。
しえりにはとても考えられない次元の話がたくさんあった。
ヒロヤの体当たりな生き様をしえりはダイレクトに受け止め、尊敬した。
「実家に何しに行ったんですか?」
「お袋はもう死んだけど、親父がまだ生きてるんだ・・・」
「え!!」
ヒロヤがそんなに昔の人ではないという事を直感的にはしえりは悟った。
「だから、会ってきた。っつっても、親父には俺は見えないけどさ。でも、ずっと傍にいたんだよ。
そしたら親父独り言言い始めたのさ。”今日は誰かいるような気がするな・・母さんか?それとも俺か?”って・・」
「やっぱり、伝わるんですね・・・空気で。」
「ああ。俺、うれしくてさ・・・・あと自分の部屋に行ったんだよ。そしたら、俺が使ってた時のまんま。
 あれはうれしかったね。俺が飾ってた親父の俳句とか、使ってたラジカセとか、書きっぱなしの机の落書きとか」
「へぇ~・・・」
「あと、実は俺・・・結婚して子供もいるんだ」
「え?!そうなんですか?!?!?」
「はい(笑)でも、奥さんも子供もアメリカに住んでて。あ、息子ね。しえりと同級生だよ」
「びっくりです。奥さんと息子さんに会ったんですか?」
「うん。会った。息子も見てきたよ・・・。びっくりした。自分の若い時にそっくりで。
 俺みたいにやんちゃなんだろうなって思ったよ。息子が2歳の時に俺死んだから・・・。
 もう、時間は取り返しのつかないくらい流れたんだなって思った。俺の知ってる息子はさ、まだ歩いて小言を言って
 笑う事しかできなかったの。でも、今じゃもう俺と同じようにギター握っちゃって、母親よりも背も高くなって・・・・。
 傍で成長を見守ってやれなかったことに申し訳ないなって思ったよ。」
そして、ヒロヤはギターを手にとり、歌い始めた。その歌は、自分の過去を全て暴露したような歌詞であり、尚且つ
これからも終わらない疾走を続けていくという魂もこもっていた。力強さを感じた。
「すごい・・・存在の大きな歌ですね。聞いてて、偉大だなって感じました」
「これ・・・息子の為に書いた歌なんだよ。」
「ヒロヤさんの歌なんですか?!?!」
「そう・・・誕生っていう歌」
「すごい!すごい!あたしもヒロヤさんみたいな偉大な歌を書きたい!」
「よし・・・じゃぁギターの練習するか」
「はい!」
今日も青学のギター部の部室ではギターの音が響きわたった。部員はいないはずなのに・・・。
「ミュートがなぁ・・・難しい!」
しえりはミュートに苦戦していた。なれない動作に指がついていかない。昨日1日で基礎を見に着けただけあって
両手の指は悲鳴をあげていた。けれど弱音を吐かない。しえりは諦めなかった。
しばらくして、突然部室のドアが空いた。
「こらっ。何しているんだ!!授業中だぞ!!!」
しえりとヒロヤはびっくりしてドアの入り口を見た。やばい・・・・二人はそう思った。

「一体お前は何を考えているんだ?!?!?!」
私立高校のめんどくさいところは、生徒が何か問題を起こすとすぐに親を呼び出すことだ。
もちろん、両親が駆けつけた。
担任の先生も優等生のしえりがまさかこんな事するなんてとびっくりしている様子だ。
もっとびっくりしているのはしえりの両親だった。
父親は完璧に興奮していた。
「授業にも出ないでギターか?」
「・・・ごめんさない」
「お前、自分が何してるかわかってるのか?お前は何だ?学生だろう?
 学生が勉強を放棄してどうするんだ?」
父は生徒指導室で怒鳴った。母はとても心配そうな顔でしえりを見つめている。
「お前には・・・・・失望した。裏切られた気分だ。」
「・・・・ごめんなさい」
「もういい!お前は学校に行くな。どこにも行くな。家でおとなしくしてろ。」
ヒロヤはその現場をただ立ち尽くして見るしか術がなかった。
”自分で乗り越えるしかない”そうヒロヤは心から思った。

家に着くと、しえりは部屋にこもった。
これからどうしよう?親を裏切りってしまっ・・・・しえりにとって人生で最大の岐路だった。
そして外出禁止令・・・・・しえりの中で着実に進行していたある計画が台無しになってしまう。
そして・・・・ヒロヤはあと2日・・・・・・。
「うう・・・う・・・」
しえりはベットに潜り込んで声を殺して泣いた。
あたしを救ってくれたヒロヤに何一つしてあげられないなんて、なんて自分は無力なのだろう?
そして・・・なんて自分は弱虫なのだろう?
「しえり」
誰かの声に反応してしえりは起き上がった。
「ヒロヤさん・・・ごめんなさい。」
「いや、俺が悪かったんだ。学校さぼらせちまったのは俺だ。」
「そんな事ない。あたしが自分で決めたことだもの。でも・・・浅はかだった。」
「すまない」
「ギター・・・教えてください!!!」
「でも、さっき言われただろう?ギターも禁止だって。」
「構いません。夜、家を出ます」
「え?」
「あたし・・・・家出します」
そしてしえりは家出の準備を時々様子を見にくる母親にばれないようにした。
「もう・・学校や家には帰りたくない」
ヒロヤはそんなしえりの姿を14歳の自分と重ねた。ただ未来をまっすぐ信じて大人という壁に立ち向かう姿・・・。
人はみな年齢を重ねる事に「諦め」と「我慢」を見につけてゆく。けれど、そんな悲しい大人にならないためにも
夢と愛が必要なのだ。そして常に自由への放熱により人は人らしく生きられる。
ヒロヤは、しえりにどうか自分のような失敗はしないようにと心から望んだ。

夜。静寂の空気はどことなく肌寒さをかもちだしている。
しえりはGパンにブラウスといったラフな私服に私物でかさばったリュックサックを背負い、ギターを持った。
そして・・・そーっと、そーっと・・・自分の存在を殺して家を出た。両親の寝息を背にして・・・・・
行く場所は決まっていた。青学だ。夜の学校は昔よく侵入してたものさ、ヒロヤは昼間得意げに話していた。
二人は早歩きをした。はたから見たらしえりは一人で歩いている。
「ほんとに・・・・15の夜みたい」
しえりはくすっと笑った。”自由になれた気がした”というフレーズが頭をよぎる。
「しえり、お前は今自由になれた気がしてるだけだ。本当の自由を掴むのはこれからのお前次第だよ」
「うん!」
力強く踏みしめる足取り。ヒロヤの軌跡はもう増えることはないが、決して消えるものでもない、しえりはそう思った。
とても力強く、意思のこもっている足取りがそう物語っていたからだ。
そして、自分もそんな風にまっすぐに生きてゆこうと、しえりなりに決意した。

二人は夜の帳へと身をなじませて行った・・。
ヒロヤは少し不安気なしえりにこう言った。

「いつか、今日の事は心の財産として素敵な思い出に変わるさ」



*小説:クロスタワー2に続く*

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