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1 モスクワ-民族料理店にて-

ヨーロッパにて    (昭和53年秋 記)

  モスクワ -民族料理店にて-


 日本からモスクワまでのパック旅行の中に、2時間半にわたる民族料理店での昼食会が組まれてあった。それはモスクワ市役所前の広場に面した、ビルの地下にあって、ひんやりとした大理石づくりのムードのよいレストランであった。インツーリスト(現地のガイド)によれば、モスクワ屈指の有名なレストランだそうだ。

 見たことのない料理が次々と並べられた。それらは、おいしいというより珍しいという感じのするものだった。材料は、かしわ、豆類、チーズが主であまり高級とは思えない。また、それまで食べてきたロシア料理と同じように、生野菜が全くなく、そのとき出た野菜といえば、キャベツの酢漬けだけだった。

 出されたウォッカがそろそろまわってくる頃、隣のテーブルにいた女性客が、ワインとわれわれのテーブルの上にあるバナナとを交換して欲しいと言うので、日本では珍しくないものだけに交換してやると喜んでいた。

 そういえば、われわれのインツーリストである女性も立て続けにバナナを5本食べ、残りの何本かをハンドバックに入れたのを見ると、ここではよほどバナナが貴重品とみえる。

 しばらくすると、その客がわれわれと同行の女性の帽子が気に入り、売って欲しいと言い出した。それは思い出深い大切なものらしく、手放したくない様子であったが、強引にねだるのだった。すったもんだの末、その客は帽子をかぶったまま、財布から日本円にして3,4万円のお金をテーブルに置いて帰ってしまった。

 生活必需品はともかく、ソ連では買いたくても物が少ないようだ。赤の広場に面した、大きさではモスクワ一番というデパートに行ってみたが、売り場の数としては、さすがに多いが、置いてある品物の数も種類も少ないという印象が強い。訪れた客の数のほうが、商品の数よりも多いのではないか、と思われたくらいである。

 このレストランで会った客は、欲しいものを得るためには、いくらでも出せる財力の持ち主であった。こういうチャンスさえあれば、いつでも手に入れられるのだ。しかし、夕暮れ時、買い込んだ食糧を粗末な麻袋に詰めて家路に向かう人々にとっては、まだまだ遠い話のように思える。ちなみにソ連人の平均月収は5,6万円という。


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