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エコジャパンカップ2010受賞商品!小浜温泉「塩の宝石...
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上の写真の六角井戸の屋根部分は、元々は無く、最近になって作られたものだそうです。
この井戸ですが、下の写真の説明によると、弘法大師が水源の発見者に成っていますが、「六角井戸」と言えば、長崎県指定史跡の五島列島福江島にある「六角井戸」、県指定文化財 「平戸の六角井戸」など、いずれも明(中国)の海商であった王直(倭寇の頭目)に関係した物の様に伝わっています。
王直と言えば、あのフランシスコ・ザビエルを、日本に連れてきた人(異説あり)としても有名な人です。
ここで、六角井戸が倭寇の関係地にある事を考えると、この井戸のある雲仙市小浜町も、やはり倭寇との関係の深い、天草、島原の中に位置します。
しかも、ここには海と山しかありませんし、農業で生活するには不向きな土地柄ですから、当然、昔は倭寇に関係した地域であったろうと考えられます。
キリシタン伝来や鉄砲伝来に深い関係を持つ倭寇と、キリシタンが持つ西洋文明の東洋への伝来には、深い関係がありそうです。
そこで私の勝手な想像の出番ですが、この六角井戸を作ったのも、キリシタン宣教師達ではなかったかと考えてしまうのです。
それは何故か、井戸の形は六角形、六角形はキリシタンの象徴でもある事を考えると、どうしてもこの井戸は、キリシタン宣教師の指導によって、造られたのではないかと思ってしまうのです。
弘法大師伝説の中には、かなりのキリシタン宣教師の功績が、埋め込まれているように感じます。
これまで島原半島の神社や、お寺等を調べて見て感じる事は、神社の内外にも弘法大使像が祀られていたり、檀那寺の宗旨に関係無く、僧や神官の介在しない、大師(弘法)講や八天講などの、さまざまな観音信仰の組織が存在しているからです。
しかし、戦後の経済発展と共に、その様な組織が徐々に衰退している事も、歴史の証人が消えて行くことに成ってしまうようです。
キリシタン殉教記念碑・パート2 2011年12月04日
長崎大司教区が建立した十字架 2011年12月03日
西有家町須川にある、キリシタン墓碑。 2011年11月11日