Get your gun

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ひとひらの命



ひとひらの命




トントントン…

リズム良く動く包丁、板切りにされていくニンジン。何を考えるでもなく、ややぼーっとしながら、私は手を動かしていた。やがてこの単調な作業が終わり、切り終えたニンジンを眺めていると、一枚だけ、虫に食われた箇所のあるものを見つけた。小さく丸い穴が開いていて、その周りは茶色く変色していた。

これはダメだなぁ…

そう思い、流し台の三角コーナーに捨てようとしたところ、水に浸してあったお鍋の中に、そのニンジンはぽちゃんと落ち、ぷかぷかと浮かびあがった。

そんなことは気にも留めずに、続いてピーマンを切り始める。4つほどのピーマンを真ん中あたりで縦に切り、中にある種を取り除く。また種を三角コーナーに捨てようとしたその時、浮かんでいるニンジンにふと目が行った。

と、その瞬間、びくっと体が小さく震えた。ニンジンの上に、小さな虫が乗っていたのである。オケラを小さく小さくしたようなその虫は、前の二本の足でせわしなく触角や顔を撫で回す。何回も何回も…。

そっか、ニンジンの中にいて、濡れちゃったのか。

今度は、狭いニンジンの上をあちこち歩き回り始めた。どこに行き着いても、周りは水。それでも、絶えずその虫は歩くのを止めない。
ニンジンを拾い上げるのもなんだか怖くて、とりあえずは料理を続けてみることにした。ニンジンの上にいる限りは、この虫も安全だろうし、水の中に自ずから飛び込むようなことはしないだろう。終わってから、外に逃がせばいいか…。

やがて野菜を切り終えると、それらをフライパンで炒め出だす。焦がさないように、丁寧に…。ジューっという軽い音が、耳に心地よく響く。



トゥルルルル、トゥルルルル…

電話が鳴っているのに気づき、火を消してバタバタと受話器へ向かう。

もしもし、どちら様でしょうか?…もしもし?もしもし?…

眉間にしわを寄せながら受話器を一旦睨むと、がちゃんと置き、溜息を一つつく。
料理の続きをするために台所へ向かうと、祖母とすれ違った。

「何の電話だったの?」
「ん~何でもないよ、無言電話だった。」

やれやれ、という表情をお互い見せながら、肩で笑って見せる。

「よしっ、じゃあご飯作るね。」



台所に入り、手を洗うために蛇口をひねろうとした瞬間、目に入ったのは…
お鍋の底に沈んだニンジンだった。そのニンジンからやや離れたところに、その虫は動かず沈んでいた。
流し台に手を着き呆然と眺めていた私は、母が台所にやってくるまで、料理を作ることを忘れていた。


END





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